七番星 もう一つの目的
七番星 もう一つの目的①
「……三十八度三分か」
ベッドに横になっているわたしのおでこに、冷たいものが貼られた。熱さまし用のジェルのシートだ。
ひんやりした感触が気持ち良くて、熱い息がふう、と
「今日は学校は休みだな、月花。学校には連絡しておくから」
わたしの頭を
「……うん」
「とにかく、今は寝てなさい。もうすぐ冬休みなんだし、ちゃんと治しておかないとね。少しお腹に入れて、薬は飲んでおこうか。起きられるかい?」
パパが体温計と一緒に持ってきてくれたゼリー飲料を受け取り、一口飲む。りんご味だ。
「……月花が登校する前に、帰って来られて良かったよ。熱があるのに、普通に登校しようとしてたんだものな」
夜通しの撮影だから、もう少し帰りは遅くなると思ってたんだけど、ママがいないから早めに切り上げて帰って来たらしい。
玄関先で
……
ベッドの上から、琥珀の様子を
琥珀もすごく疲れているのか、ずっと自分のベッドで丸まって眠っている。
ときどき、小さな寝言を言いながら。
そんな琥珀を見てから、ベッド横に
「……パパ」
心配かけてごめんね、と言おうとしたとき。
「ありがとう」
そんな言葉が、自然に出た。パパの目がちょっと丸くなる。
「どうかした? パパ」
「あ、いや。珍しいなって思ってね。いつもの月花なら、ごめんなさいって言う気がしてさ。君は何だか、いつも僕たちに
ぽんぽん、と頭を軽く撫でられる。
「だからそうじゃなく、ありがとうってだけ言われるのは……嬉しいもんだなって」
「……うん」
確かにいつものわたしなら謝っていた気がする。
なのに何故か、口から出たのは違う言葉。何でだろう。
そう考えたとき、ふっと、イルの姿が頭に浮かんだ。
……ああ。そっか。あの王子様なら、こんなときはこう言うんじゃないかって思ったんだ。
だから、自然とそんな言葉が出た。
わたしはイルみたいに……強くて優しい、そんな子になりたいから。
「何かあったのかい? 何て言うか……たった一晩で、月花が違う感じに見える」
「ううん。何も」
ちゅっと、ゼリーを吸い込みながら、嘘をつく。
パパに嘘をつくなんて初めてだ。
だけど、あまり胸は痛まない。イルのことを話すわけにはいかない。
そのための嘘なら、許される気がした。
……許される? 誰に。パパに? ママに?
──ううん。きっと、わたし自身。
ごくりと飲みこんで、パパにゼリーのパックを渡した。
「半分くらいしか飲めなかったけど」
「少しでも飲めればいいさ。薬は飲めるね?」
頷いてから、パパが持ってきてくれた薬を口にし、コップの水を飲みこんだ。
「よし。じゃあ、ちょっと眠りなさい。学校に連絡したら、またちょくちょく様子を見に来るから。起きたら食べたいものは?」
今は特にない。横になりながら答えると、パパは、じゃあ適当に買ってくるよ、と言った。
そして、コップ類を
「悪かった月花。小学生の女の子を一人きりにするなんて、本当に謝らなきゃいけないのは、パパたちのほうだったよ。だから……ごめん」
「……そんなことないよ。悪いのはお風呂上りに、遅くまで流星群を見てたわたしなんだし」
そうだ。パパたちは悪くない。
二人がわたしのことを思ってくれてるのは、よく知ってる。
「それにわたしは、パパとママのお仕事も好きだし、誇りに思ってる。だから謝らないでよ」
それは本心だ。だから……
パパは、こちらをじっと見ていたかと思うと……ぎゅっと、わたしを抱きしめてくれた。
「ママが帰ってきたら二人で話し合って、これからの仕事の仕方を考えるよ。とにかく今は、ゆっくりおやすみ。月花」
パパが部屋を出て行った。階段を下りていく足音を聞きながら布団に
けどやっぱり、吐く息は熱い。
閉められたカーテンの隙間から、冬の淡い日差しが差し込んでいるのが見える。
その日差しがまぶたに当たり、少しだけまぶしい。
聞こえてくるのは時計の音と、琥珀の規則正しい寝息。
そして外から聞こえてくる、登校中の子たちの声。
今朝はこんなに穏やかで、昨夜のことは嘘みたいだ。
でも。
わたしは、左手首のブレスレットを見た。
そこに付いてるエィラは、もう光ってない。指輪もない。
けれどわかる。昨夜のことは、嘘じゃない。夢じゃない。
今こうして、風邪をひいて寝ているわたしが、何よりの
手を伸ばし、ベッドの棚の目覚ましを取った。朝の八時。時計を戻し、目を閉じる。
時計といえば、ケータイは服のポッケの中だっけ、とぼんやり考える。
へとへとで帰ってきたから、着ていた服は全部クローゼットに突っこんで、寝ちゃったんだ。
折れた傘は多分、置いてきたんだろうな。わたしをおぶって、琥珀のリードを持って。イル一人じゃ、それ以上はムリだったと思うし。
……イルは、どうしてるかな。
今朝は寝坊しちゃって、ゆっくりと考えているヒマなんかなかったし。
……昨夜は家の前でイルに起こされた。
下ろしてもらってからヒビ割れた指輪を返し、これからどうするのか聞いた。
すると
交信さえ回復すればアルズ=アルムの座標を聞き出せる。
そしたら座標を入力出来て、いつでも帰れると言っていた。
カァを通してイルが成人の儀をやりとげたことは伝わっているはずだし、交信の回復のため、手を尽くしてくれているだろうってことも。
「もう……帰っちゃったかな」
思わず呟く。いっぱい話して、いっぱい聞いて。
心残りはない……はずなのに。
「……さよならって言えなかった」
ではの、と言って帰っていくイルの背中を見送ったとき、……何も言えなかった。
ただ頷いて、琥珀と二人でイルを見送ることしか。
ありがとう、とか。元気で、とか。
……さよなら、とか。
そんな言葉は、何一つ言葉にならなかった。
本当はもっと……もっと、言いたいことがあった気がする。
本当はわたしは、イルになんて言いたかったんだろう。
……本当は……わたし、は……。
考えがまとまらない。眠りの
逆らえず、意識を手放そうとしたとき。
イルの笑顔が頭に浮かんで、──遠くなった。
きゅんきゅんという、琥珀の声で目を覚ました。嬉しそうな声。元気になったのかな。
時計に手を伸ばし、時間を確認する。一時だ。もちろん、昼間の。
……結構、寝ちゃったんだ。
ふう、と深く息を吸いこむと、さっきより吐息に熱は感じなかった。
するといつの間にか、琥珀はわたしを覗き込んでいて……それから、ぺろぺろと顔をなめてきた。
「ちょっ、琥珀、くすぐったいよ」
琥珀の頭をぽんぽん、と軽く撫でてたしなめると、嬉しそうにしっぽを振った。
「琥珀も元気になったね。良かった。わたしもだいぶ、熱は下がったみたいだよ」
そう言ってから、眠る前にイルの笑顔が浮かんだことを思い出した。
その相手を思い浮かべながら、小声で呟く。
「……イル……」
「呼んだか? ツキハ」
「え?」
声がしたのはベッドの足側。体を起こして、見てみると。
金色の王子様がそこであぐらをかき、座っていた。
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