六番星 心、足、爪、夜の音③
交信はナノマシンでするなら、エィラは必要ないんじゃ。
でもイルのナノマシンに不具合が出たからって言ってたっけ。
わたしの考えを見て取ったのか、それもイルは説明してくれる。
「基本、交信はナノマシンで行い、エィラは
「エィラが……エネルギー……」
祈りの力で空を飛んだり、重力を操ったり、色んなことが出来るエィラ。
エネルギーと言うのなら、電気で灯りを点けたり、ガソリンで車を動かすようなものなのかな。
「わたし、エィラは魔法みたいものだと思ってた」
「そこまで万能ではないな。例えば死者を
イルはわたしの左足を持っていた手を外し、その手で、頭の左側を軽く叩いた。
「──十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。知っておるか?」
「……知っている、ような。何かで読んだか、パパかママから聞いたかは忘れたけど」
「ナノマシンにも、詳細な出典までは
「そう……なんだ」
多分、すごくわかりやすく言ってくれているんだろう。
何となくだけど、理解出来た。
でももう一つ、……気になることがある。
「……何でわたしは、エィラを使えたんだろ」
ぽつりと呟くと、イルはわたしの足を抱え直し、言葉を選ぶかのように言った。
「それは……
わからないというのは、イルにしては珍しい言い方だと思う。
さっきも思ったけど、イルは頭が良い。カァもだけど。それは王族だからなのかな。
アルズ=アルムは地球より科学も文明も進んでるみたいだし、教育も進んでいるのかも。
とにかく、そのイルがわからないなんて。
「だが、無理に理由づけるとしたら……たまさか、であろうか」
「たまさか?」
「たまたまとか
「……不思議じゃないんだ」
「いや。不思議ではある」
わたしの顔を
「出立する前は地球の……しかも年下の娘に助けられ、その娘をおぶって家まで送るとは考えすらしなかったぞ。……ああ。もちろん、コハクのことも、な」
声をかけられた琥珀が、わぅ、と嬉しそうに小さく鳴いた。
「不思議なものだの。様々な事態を予測し事に当たるつもりであった。だがそんな考えなど、何一つ通用せんのだな。この広い宇宙では。生まれ育った星から飛び出し、降り立った地球というところは。全く。不思議で驚きに満ちておる。これこそが」
イルは嬉しそうに、楽しそうに笑った。
「解明出来ぬもの。未知なるもの。それを魔法と呼ぶのではないのか? ツキハ」
「──魔法……」
その言葉に、イルと会ったばかりのとき、考えたことを思い出す。星を捕らえられる金色の王子様は、まるで魔法使いみたいだった。
だけど本当は、意地っ張りで照れ屋な王子様で……そして、普通の男の子だった。
でもやっぱり、イルは魔法を使えるんだと思う。
だってイルのことは解明出来ないし、未知なる遠い星の人だから。
だからもっと、あなたのことを知りたいって。
そう、思ってしまうんだ。
「うん。それは魔法だよね。イル」
わたしも笑って、イルの肩に顔を
そして……ちょっと考え、口を開く。
「……わたしね。ヴァリマの光を見たとき、魔法みたいだって思った。他の人は気づかない、わたしだけにかかった魔法。その正体を確かめられたら、何の取り柄もないわたしでも、特別になれるんじゃないかって。……パパもママも、
イルは何も言わない。黙って、話を聞いてくれている。
「でもね。ヴァリマのことを知って、全部終わった今。こう、思うの。確かにヴァリマは特別だったけど、わたしは特別じゃなかった。たまたま上手くいっただけで、イルやカァがいなかったら死んじゃってたかも知れない。琥珀も守れなかったかも知れない。……そしたら、パパとママはどうしたんだろうって」
そう考えると、涙がこみ上げて来そうになった。
イルのローブに顔を押しつけ、
「きっと……きっと、すごく悲しませていたよね。わたし」
「……ああ。そうであろうな」
「汝がいたから助かったのは確かであるし、それは感謝しておる。だがツキハ。御両親を悲しませるようなことはもう、するでないぞ」
「……うん」
「うむ。それでよい。だが、汝は自分を過小評価しすぎであるな」
「……カショウ?」
「自分を下に見すぎということだ。汝は度胸もなく機転も利かず、何の取り柄もないといったな。ただ必死だったと。だが人間というものは、
「そう……かな」
「そうだ。だからこそ当らは、こうしてみな五体満足であるのだ。自信を持て。本当のツキハは誰より強く、優しい娘である。当が保証しよう」
……そう見えたとしたら、それは多分、イルのせいだ。
さっき言ったように、イルがわたしを助けてくれたから、わたしもそうしたかっただけで。
相手がイルじゃなかったら、どうだったかわからない。
でもイルが言うわたしは、何だか悪くないわたしの気がする。
本当にそうなれたら……ううん。そうなりたい。なれるよう、頑張りたい。
「そう……出来た、ら……わたしも魔法を使える……か、な……」
心にずっと抱えてきたことを吐き出すと、何だか重たい物を下ろした気になって、安心して……また眠気がやって来た。
もっと、話していたいのに。
イルが歩くたび、通り過ぎてゆく外灯の鈍い灯り。
それじゃ、眠気覚ましにならない。
エィラはもう、指輪もブレスレットも、光ってない。
琥珀も、黙ってついてきてる。
響く足音に爪音。そしてかすかに聞こえる、イルの心音。
それらが合わさって、子守歌みたいに聞こえる。
それに、イルの声も重なった。
「また少し眠ると良い。だが、その前に」
優しい声が、耳に届く。
「当からも、感謝を。汝のおかげで助かった。礼を言う」
「……うん」
「ツキハ」
「うん……?」
「──ありがとう。ツキハ」
「うん……イル」
意識が落ちる直前、わたしはもう一度だけ頷いた。
「──うん……」
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