六番星 心、足、爪、夜の音③

 交信はナノマシンでするなら、エィラは必要ないんじゃ。

 でもイルのナノマシンに不具合が出たからって言ってたっけ。

 わたしの考えを見て取ったのか、それもイルは説明してくれる。


「基本、交信はナノマシンで行い、エィラはもちいぬ。まあエィラの交信は星間での通信を目的としたものなので、ある程度の距離がないと使えずアルズ=アルム内では使用出来んのだが。ともかくエィラはの、非常電源のようなものだ。地球でも普段は電気を動力としてるが、停電時にはガスやエンジンとやらで代用するものがあるのだろう? それをイメージすれば良い。エネルギーという意味では、エィラは確かにそうなのだ」


「エィラが……エネルギー……」

 祈りの力で空を飛んだり、重力を操ったり、色んなことが出来るエィラ。

 エネルギーと言うのなら、電気で灯りを点けたり、ガソリンで車を動かすようなものなのかな。


「わたし、エィラは魔法みたいものだと思ってた」

「そこまで万能ではないな。例えば死者を蘇生そせいさせるなどの、神の摂理せつりに逆らうようなことは出来ぬよ。ただ……ああ、こんな言葉があるらしいの。作家の言葉だが」

 イルはわたしの左足を持っていた手を外し、その手で、頭の左側を軽く叩いた。

「──十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。知っておるか?」


「……知っている、ような。何かで読んだか、パパかママから聞いたかは忘れたけど」

「ナノマシンにも、詳細な出典までは記載きさいされておらぬな。だが、実に核心を突いた言葉ではある。アルズ=アルムには魔法は存在せぬ。だがエィラ……つまりヴァリマのエネルギーは、完全に解明されておらなんだ。それを魔法的といえば、そうなのかの」

「そう……なんだ」

 多分、すごくわかりやすく言ってくれているんだろう。

 何となくだけど、理解出来た。

 でももう一つ、……気になることがある。


「……何でわたしは、エィラを使えたんだろ」

 ぽつりと呟くと、イルはわたしの足を抱え直し、言葉を選ぶかのように言った。

「それは……なれが眠っている間、当も考えておったのだ。色々と仮定はしてみたが……結局のところ、よくわからぬ」

 

 わからないというのは、イルにしては珍しい言い方だと思う。

 さっきも思ったけど、イルは頭が良い。カァもだけど。それは王族だからなのかな。

 アルズ=アルムは地球より科学も文明も進んでるみたいだし、教育も進んでいるのかも。

 とにかく、そのイルがわからないなんて。


「だが、無理に理由づけるとしたら……たまさか、であろうか」

「たまさか?」

「たまたまとか偶然ぐうぜん、という意味だ。地球人とアルズ=アルム人は体の構造はほぼ変わらん。だから、地球人でもエィラを使える者がおっても不思議はないのではないか。地球人が使えぬというのも、地球の全人口を調べて言ってるわけではないのだし。一個人としての見解だが」

「……不思議じゃないんだ」

「いや。不思議ではある」

 わたしの顔をのぞき込み、イルが言う。


「出立する前は地球の……しかも年下の娘に助けられ、その娘をおぶって家まで送るとは考えすらしなかったぞ。……ああ。もちろん、コハクのことも、な」

 声をかけられた琥珀が、わぅ、と嬉しそうに小さく鳴いた。

「不思議なものだの。様々な事態を予測し事に当たるつもりであった。だがそんな考えなど、何一つ通用せんのだな。この広い宇宙では。生まれ育った星から飛び出し、降り立った地球というところは。全く。不思議で驚きに満ちておる。これこそが」

 イルは嬉しそうに、楽しそうに笑った。


「解明出来ぬもの。未知なるもの。それを魔法と呼ぶのではないのか? ツキハ」 

「──魔法……」

 その言葉に、イルと会ったばかりのとき、考えたことを思い出す。星を捕らえられる金色の王子様は、まるで魔法使いみたいだった。

 だけど本当は、意地っ張りで照れ屋な王子様で……そして、普通の男の子だった。  


 でもやっぱり、イルは魔法を使えるんだと思う。

 だってイルのことは解明出来ないし、未知なる遠い星の人だから。

 だからもっと、あなたのことを知りたいって。

 そう、思ってしまうんだ。


「うん。それは魔法だよね。イル」

 わたしも笑って、イルの肩に顔をうずめた。

 そして……ちょっと考え、口を開く。


「……わたしね。ヴァリマの光を見たとき、魔法みたいだって思った。他の人は気づかない、わたしだけにかかった魔法。その正体を確かめられたら、何の取り柄もないわたしでも、特別になれるんじゃないかって。……パパもママも、めてくれるかなって思った」

 イルは何も言わない。黙って、話を聞いてくれている。


「でもね。ヴァリマのことを知って、全部終わった今。こう、思うの。確かにヴァリマは特別だったけど、わたしは特別じゃなかった。たまたま上手くいっただけで、イルやカァがいなかったら死んじゃってたかも知れない。琥珀も守れなかったかも知れない。……そしたら、パパとママはどうしたんだろうって」

 

 そう考えると、涙がこみ上げて来そうになった。

 イルのローブに顔を押しつけ、こらえる。

「きっと……きっと、すごく悲しませていたよね。わたし」

「……ああ。そうであろうな」

 うなずいて、歩き続けるイル。そして少しの沈黙のあと、こう言った。


「汝がいたから助かったのは確かであるし、それは感謝しておる。だがツキハ。御両親を悲しませるようなことはもう、するでないぞ」 

「……うん」

「うむ。それでよい。だが、汝は自分を過小評価しすぎであるな」

「……カショウ?」


「自分を下に見すぎということだ。汝は度胸もなく機転も利かず、何の取り柄もないといったな。ただ必死だったと。だが人間というものは、土壇場どたんばでこそ本性が出るものだ。王子という立場上、当は様々な者と接してきた。……色々な者がおった。普段は耳障みみざわりの良い言葉を並べるのに、いざというときは逃げ出す者。いつもは気弱であるのにここぞというときは戦う者。そして汝は後者であろう? ツキハ」 

「そう……かな」

「そうだ。だからこそ当らは、こうしてみな五体満足であるのだ。自信を持て。本当のツキハは誰より強く、優しい娘である。当が保証しよう」

 

 ……そう見えたとしたら、それは多分、イルのせいだ。

 さっき言ったように、イルがわたしを助けてくれたから、わたしもそうしたかっただけで。

 相手がイルじゃなかったら、どうだったかわからない。

 でもイルが言うわたしは、何だか悪くないわたしの気がする。

 本当にそうなれたら……ううん。そうなりたい。なれるよう、頑張りたい。


「そう……出来た、ら……わたしも魔法を使える……か、な……」

 心にずっと抱えてきたことを吐き出すと、何だか重たい物を下ろした気になって、安心して……また眠気がやって来た。

 もっと、話していたいのに。


 イルが歩くたび、通り過ぎてゆく外灯の鈍い灯り。

 それじゃ、眠気覚ましにならない。

 エィラはもう、指輪もブレスレットも、光ってない。

 琥珀も、黙ってついてきてる。

 響く足音に爪音。そしてかすかに聞こえる、イルの心音。

 それらが合わさって、子守歌みたいに聞こえる。

 それに、イルの声も重なった。


「また少し眠ると良い。だが、その前に」

 優しい声が、耳に届く。

「当からも、感謝を。汝のおかげで助かった。礼を言う」

「……うん」

「ツキハ」

「うん……?」

「──ありがとう。ツキハ」

「うん……イル」

 意識が落ちる直前、わたしはもう一度だけ頷いた。

「──うん……」

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