六番星 心、足、爪、夜の音②

 とくとく、とくとく。

 こつこつ、こつこつ。

 ちゃか、ちゃっちゃ。

 

 心音。足音。爪音。


 三重の音が耳に心地よく、なんだか眠くなってきた。起きたばかりなのに。

 出かけたあくびをみ殺すと、イルが気づいたらしく、眠いか? と聞いてきた。

「あ、ごめん。おんぶしてもらっておいて」

「構わん。もう、かなり遅いだろうしな。少し眠っておれ。着いたら起こす」

「ううん。まだ聞きたいことも、話したいこともあるし。……そういえば、カァは?」


「交信を試みたが無理だった。今頃、厄介やっかいなことになっておらんと良いのだが」

「厄介?」 

「当が地球に来訪らいほうしたのは、ヴァリマを捕らえるためだ。それは試練というか……成人の儀の一環いっかんで、アルズ=アルムの者は誰も手助けしてはならんルールがある。例え姫であろうとな。それを破れば、何かしらのとががあろう。……大した罰でないといいのだが」


「ば、罰? カァは大丈夫なの!?」

「まあ落ち着け。そうは言うが、罰すべき相手は王族なのだ。命を奪われたり、傷を負わされたりなどはされんはずだ」

 その言葉に、ちょっと、ほっとはしたけど……気づいてしまった。

「……ってことは。……わたしも、罰を?」

 王族じゃないわたしはそれこそ、……命を奪われたり?


「そんなことさせるか」

 そう考えて血の気が引いたわたしに、イルがきっぱり言う。

「ツキハをそんな目にわせてたまるか。いいか。なれはいなかった。手助けを無にするようで悪いが、それで通す。当は決して汝のことは言わぬ。幸い、見届け人もおらんかったし、姫上も汝のことは口にせぬであろう。だから、そういうことにしておけ」


「う、うん。でもいいの? バレたら」

「そうなったとしても、汝に危害は加えさせぬ。アルズ=アルムの第一王子として断言する。恩人を斯様かような目にあわせるルールなど、くそくらえだ。ツキハは当が守る」

「あ、……りがと」

 守るという言葉にはどきりとして、顔が熱くなるけど……恩人という言葉には残念な気持ちがいて、顔の熱が引いてゆく。

 なりたいのは恩人じゃなくて、友達なんだけどな。


 さっき一度はそう言ったことを、イルも忘れたわけじゃないと思うけど……ムリなのかな。

 王子様であるイルが、遠い星の、ただの女の子のわたしと友達になるなんて。 

 ちらりと、イルの横顔をうかがう。


 真剣な顔。きっと、本気でわたしを守ろうと思ってくれてるんだ。

 その顔にまあいいか、という気持ちになる。

 友達になれなかったとしても、その顔とさっきの言葉だけで充分。

 この広い宇宙の中でエンカウント出来ただけで、奇跡きせきのようなものなんだから。

 そういえば、とカァのことを思い返した。


「ねえ、イル。あなたはルールを知った上でわたしを守るって言ってくれたけど、カァも自分が罰を受けるのを知ってて、イルを助けてくれたんだよね?」

「……当然であろう。王族たるもの、儀式におけるタブーなど熟知しておる。なのに姉上は。当などより、己の身を案ずるべきであろうが。全く……」

 そう呟くイルの口調は、怒ってるというより、心配している。

 やっぱりイルはカァを嫌ってなんかないし、大切に思っているんだ。

 それに、今の呼び方は。


「カァのこと、姉上って呼ぶんだね。イル」

 そう言うと、イルはきょとんした顔になって、

「そう……呼んだか?」

と、聞いてきた。

「気づいてなかったの? 呼んだよ。確かに」

「そう……か。気をつけていたつもりだったが……アルズ=アルムの者以外の前では、油断が出たのか。聞かなかったことにしてくれ。ツキハ」


「何で? イルの星でも、普通に姉上って言い方をするんだよね? カァも、そう呼んでって言ってたし。カァのことが嫌いで、わざと呼ばないんわけじゃないんでしょ?」

「嫌っては……おらん。だが当らの仲が良いと都合の悪い者がおるのだ。それが厄介で、険悪な仲に見えるようにしておる。名を呼ばぬのは、汝の言う通り……わざとであるが」

「仲が良いと……都合が?」

 意味がわからない。姉弟の仲が良いのを、誰が困るんだろう。

 考えてると、イルがちょっと困ったような顔で口を開いた。


「……ここだけの話だ。王位継承権おういけいしょうけんをめぐり、当らを争わせたい者がおる。当側につく者と、姉上側につく者だ。どちらについたほうが自分にとって利となるか、それだけを考えている。そんなのが大勢おってな。真っ向から立ち向かうのも馬鹿馬鹿しいではないか。なので彼奴等きゃつらにとって、都合のいい王子の振りをしておるだけだ。姉上を煙たがっているような、な」

「そ……んな、の」

 そんなことで、姉弟が仲の悪いふりをしなきゃいけないなんて。

 王位とか、利とか。そんなの、よくわからないけど。 


「……間違っている気がするよ」

「そうだな。その通りだ。だが今の当にはそれを正すほどの力も、知識も、王室での影響力もないのだ。姉上には悪いと……思っては、いる」

 そう言うイルの横顔を見て、さっきカァに対して、硬い表情をしていたイルを思い出した。

 わたしにはあのときも、イルが悲しそうに見えたけど……多分、その考えは間違ってなかったんだ。

 だって今も、イルは寂しそうに見えるもの。

 本当はカァと仲良くしたいんだって、そう思っているようにしか見えないもの。


「まああれだ。当が王座に就いたのなら、かようなやからは全員、権力の座から叩き落とすがの!」

 わざとのように、大きな声で元気そうに言うイル。

 きっと、わたしを気づかってだ。だからわたしも、同じように明るく返した。

「ん。イルなら出来るよ! でも第一王子と言っても、お姉さんがいても王位につけるの?」

「姉弟とは言っても、同い年であるからな。カァミッカ姉上とは」

「え?」

「なんだ。姉上から聞いておらなんだか。当らは双子なのだ」


「双子……そうだったんだ。じゃあ、似てるの?」

 それならカァも、すごくきれいな子なんだろうな。

「男女の双子だからな。生き写しというわけではないが、似ているとはよく言われる。目の色も同じであるしの。ああ、髪の色は違うが。姉上の髪は腰まであって、美しいぞ」

「何色なの?」


「銀だ。まるで宙に流れる銀河のごとくきらめいておる。ツキハにも一目見せたいものだな!」

 自慢じまんするかのように言うイルは、どう見てもお姉ちゃんが大好きな弟だ。イルが王位に就きたいのはわかるけど、カァはどうなんだろう? 

 カァも同じ気持ちだったら、イルとは争わなきゃいけないんだろうか。

 そうなったら……争えるんだろうか? お互い、大好きなのに。

 考えていると、話を戻すが、というイルの声がした。


「誰も儀式の手助けは出来ぬとは言ったが、例外があってな。当人が選んだ従者を一人は同行させられるのだ。ヴァリマを捕らえるための力を貸してはならんが、その他のことは全てその者に任せて良いことになっておる。まあ、儀式の見届け人としての意味合いが強いがな。だが交信が出来ず、呼べなんだ。よってエィラを使い、交信しようとしていた。互いにエィラを所持している者同士ならば、交信は出来るのでな。それをこころみていたところ、汝に会ったのだ」 

 そういえば最初、イルがナノマシンで誰かに話しかけていたのを思い出した。

 相手はその人だったんだろうか。


「なんでその、従者さんとは交信出来なかったの?」

「アルルミッテレ、つまり当のナノマシンの不具合のせいだ。ワープ自体は白光装置で行うのだが、それには転移先の座標を入力せねばならん。少しでも座標がずれると違う場所、下手すれば宇宙空間にでも転移しかねん。当が打ち込んだ座標は、白光装置がオートで選んだ地球の安全な場所というだけだ。白光装置も地球上の全ての地点を記録してるわけではないからの」


「ナノマシンで交信出来ないと、こっちの位置がわからないってこと?」  

「うむ。当が地球にいるのは知っておるが、正確な位置……さっきから言っておる座標だが。それは、当が伝えるまでは不明だ。ワープが完了すれば転移地点の座標は白光装置に記録されるが、把握はあく出来るのはその白光装置を使った者だけだからな。交信自体は、座標が不明でも出来るのだが。そしてアルズ=アルムに戻るにも、あちらの座標を伝えてもらわぬとならんのだ。自力で地球におもむき、帰還するまでが儀式だからの。あらかじめめ、書き留めておくわけにもいかぬし」



 座標……住所みたいなものなのかな? だったら、覚えてないんだろうか。

 わたしだって、ウチの住所くらいなら覚えてるけど。

 そう考えてると、イルがわたしの疑問に答えてくれた。

「広大な宇宙のたった一地点を指す数値だからの。数万けたはあるのだ。さすがに記憶出来ぬ」

「す、数万? カァと交信出来てたときは切羽詰せっぱつまってたから、そんなの聞いたり、メモしたりするヒマなかったよね。お互いエィラがあったから、カァとは交信出来たのに……あれ?」

 

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