六番星 心、足、爪、夜の音
六番星 心、足、爪、夜の音①
「ん……」
ふわふわ、ふわふわ。
体が浮いてるような感覚。足もぷらぷら揺れているような。胸やお腹も、温かい気がする。
わたしはゆっくり、目を開いていく。
……道を歩いていた。薄暗い夜道。鈍く光る外灯だけが、道を照らしている。
そして目の前には、わたしよりちょっとだけ大きい背中。
そっか。おんぶされているんだ。
どうやら寝ちゃっていたみたいで、まだ少し頭がぼうっとしている。
その頭で、ぼんやりと昔のことを思い返す。
もっと小さいころは、よくこうやっておんぶしてもらった。
高学年になった今では、そうしてもらうこともなくなっていたけど。
「……パパ」
背中に顔をくっつけ、呟く。
「
すると、パパとは違う声が答えた。
「え?」
声の主を確認しようと、顔を上げると。
「目が覚めたか。ツキハ」
ローブのフードを浅く
「……イ。イル!?」
「うむ、当だが。父君……いや、パパ君と言うのか。そうではなく、すまぬの」
「いや、パパ君なんて言わないけど……じゃなくて! 何で」
おんぶしてるの、言おうとしたとき左下からきゅうん、という鳴き声が聞こえてきて、音のしたほうへ目線を向けた。すると琥珀が、わたしたちを見ていた。
琥珀、と呼ぶと、しっぽを振る。
琥珀もわたしたちに合わせ、ゆっくり歩いていた。
そしてその体に付けたハーネスから伸びているリードは、イルの左手首に掛けてあった。
「コハクも心配していたのだぞ? 汝は気を失うようにして、眠ってしまったからの。覚えておらぬのか?」
「……あ。ううん」
否定してさっきまでのことを思い返す。
最後のヴァリマを落として、みんなで喜んだあと。
「立てなかったんだっけ」
力が抜けたというか、力が入らないというか。
足はがくがくして、傘に乗せていたおしりも痛くて。
とにかく、へたり込んでしまったんだった。
でも、だからって。
イルの肩に手を置き、ぎゅっとローブを
おんぶされている姿勢だから、わたしの両足はそれぞれ、イルの両手に抱え込まれている。
なのでイルの両腕は、目線のすぐ下にあった。その左腕を見る。
そこには、血がにじんだ赤いリボン? が
「イル。腕、痛いんじゃ」
「ん? ああ、大事ない。汝に手当てしてもらったからの」
ただ巻いただけだ。手だけは何とか動いたから、イルの腰に巻いてあったリボンだか帯だかを借り、傷口を
固くしばったつもりだけど、見た目はぐちゃぐちゃで、止血になっているかどうか、わからない。
「……ごめんね。イル」
「は? 何故謝るのだ」
「だって、包帯なんてほとんど巻いたこともないし、上手く出来ないし。……ケガさせるし。こうして今も、迷惑かけてるし。……わたし、全然イルの役に立ってないよ」
「ツキハ」
イルが低い……まるで、怒っているかのような声を出した。
「当の恩人にそのようなことを言うのは許さぬぞ。例えそれが、ツキハ本人であろうとも」
その顔を、……目を見る。イルは本気で怒っていた。
「当を助けようと頑張ってくれたではないか。その汝を、汝自身が否定するでない。汝の努力も当の思いも、ムダになるであろうが」
あ、と声が
だからわたしもイルを助けたかった。
そのわたしがわたしを否定したら、どっちの頑張りもムダになるんだ。
「……うん。ごめんね。もう、そんなこと言わないから」
言ってから、なんか謝ってばかりだな、とか考えた。
「謝ってばかりだな、汝は」
同じようなことを口にして、イルがちょっと笑った。
「だが反省はしたようだし良かろう。しかし何だな。さっきまでの元気はどこにいったのだ。まあ元気というか、無鉄砲と言うべきであろうか。汝の機転のおかげで助かったのは確かだが……とにかく、大した度胸だったではないか」
「あ、あれは!」
ローブを掴んだ手に思わず力が入れると、引っぱられたイルが少しよろけた。
「これ。急に引っぱるでない。危ないであろうが」
ごめん、とまた謝ってから、さっきまでのことを思い出して言う。
「あれは何ていうか……必死で。普段のわたしはあんな無茶なことしないよ。度胸もないし、機転なんて利かない。なんの取り柄もない女の子だよ。……ただね」
そうだ。わたしは、ただ。
「わたしたちを助けてくれた一生懸命な王子様がケガしたり、死んじゃうかもって思ったら、勝手に口や体が動いてただけ。あなたがわたしを助けてくれたから、わたしもそうしたいって思った。だから、そうさせたのはあなた。あなたなんだよ。……イル」
「そっ、……れは」
フードを深く被り直し、顔を隠してからそうであるか、とイルは呟いた。
「うん。そうだよ」
わたしは笑って答えた。
イルの表情は見えないけど……どんな顔なのかはわかる気がする。
それはきっと、赤い顔。
イルは照れ屋な王子様で。
──そして、普通の男の子だから。
無言でイルと琥珀は歩く。
背中で揺られながら、わたしは周りを見渡した。
この道は琥珀との散歩でよく通る、家に続く帰り道だ。
「道わかるの? イル」
「いや、コハクが行くに任せておる。間違っておるか?」
「ううん、合ってるけど……あの、そろそろ下ろしてくれるかな。家までもう少しだし、自分で歩くよ。イルもケガしてるんだし」
「ダメだ。またへたり込んだらどうする。もう少しというのならもう少しだけ
「また、そんなこと言って」
頑固というか、意地っ張りというか。イルのそんなとこには、ちょっと
──それから。
「仕方なかろう。当はこういう性分である」
イルはちょっとローブを引き下ろし、見えるようになった顔で、少しだけ笑った。
「うん。そうだね。そんなイルだから……わたしは」
続きは、心の中でだけ呟く。
そんなあなただから……誰よりも笑顔の似合う、優しい男の子だから。
──イル。あなたの笑顔を、見たかったんだ。
「わたしは……何だ?」
「……ううん。何でも」
イルと違って、わたしはそういうことは素直に口に出来ない。
恥ずかしいとか、嫌われたらどうしようとか。そんな気持ちばかりが先に来る。
ダメな子だな、と思いかけたけど……自分を否定するなと言った、さっきのイルの言葉が頭をよぎった。
……うん。そうだった。
自分に対して、否定的なことばかり考えてしまうのは、イルのいう性分ってものなのかな。それはなかなか変らないかも知れない。
だけど、いつかは変われるかな。……変わりたいな。
「イル」
そう思いながら、イルの名前を呼ぶ。
何だ? と、歩きながら声だけでイルが答えた。
そうだ。すぐには変われなくても、今、わたしが出来ることがある。
「……言うことがあったの」
「?
「何度もかばってくれて……わたしを、わたしたちを助けてくれて」
「いや、それは当のほうが」
足を止め、イルが振り返った。
その勢いでフードが外れ、あらわになった金の髪が月明りを受け、きらきら光る。
遠い星の、金色の王子様。そんな男の子に、今、一番言いたいことは一つだけ。
「ありがとう」
わたしはその〝一つだけ〟を口にした。
イルは答えない。別にいい。わたしが言いたいだけだから。
だから、もう一度。
「ありがとう。イル」
そう言って、イルの肩に
……かすかに聞こえる、イルの心臓の音。
それはちょっとだけ、早い気がした。
パパ以外におんぶされ、人の心音を聞くなんて初めてだ。
ママ以外の人と、こんなにくっついてるなんて初めてだ。
だけど、その音は悪くない。伝わる体温は嫌いじゃない。
少しだけ黙ったあと、イルはまた歩き出した。
少し見える横顔は、やっぱりちょっとだけ、赤いがする。
耳に届く
わたしも黙ったまま、夜道に響く小さな音だけを耳で拾う。
お礼を言うのが精一杯だな、と思う。
もう一度、友達になって、という言葉は出てこない。でも、いい。イルには一度言ったんだし、本当に言いたいことも言えたもの。
すぐには変われなくても、出来ることからやればいいんだ。
……それに。
目を閉じて、わたしは揺れに体を任せる。
──今、こうしてる状況は、決して悪くないから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます