五番星 始まりの合図、そして終わりの
五番星 始まりの合図、そして終わりの①
「じゃあイル、カァ。さっき言った通りにお願いね」
「うむ」
『はい』
二人の返事を聞いて、わたしは傘の上で立ち上がった。不安定な感じはない。
カァが、足場の重力をコントロールしてくれるからだ。
それでもイルは心配なのか、向き合った態勢のままわたしの足首を
わたしの視線を感じたのか、イルが見上げてきた。目が合う。
やっぱり、心配そうな顔をしている。
大丈夫、という風に笑ってみせると、イルは
そうだ。心配なんかいらない。
今夜初めて会った……エンカウントした、遠い星の王子様と王女様。
ましてカァは、顔すら知らない。
けど二人とも、わたしを信じてくれてる。
だったらわたしも、二人を信じて、やれることをしよう。
行こう、とイルに声をかけようとしたとき。
「ツキハ。物事を始めるとき、地球ではなんと言うのだ?」
イルがそう、聞いてきた。
「え? 始めの合図? えっと……よーいどんとか、レディーゴー、とかかな?」
「ふむ。当としては後者のほうが言いやすいかの。ではツキハ、レディ──」
『お待ちください』
「なんだ、姫上。当が話しておる最中なのだが」
イルが不満そうに言う。
『申し訳ありません、イルヴァイタス。ですが私からも、ツキハに聞きたいことがありまして』
「何? カァ」
『始まりの合図があるのならば、終わりの合図も欲しいではありませんか。ナノマシンにも、こういうのは
終わりの合図、と聞かれて少し考える。
始まりは、さっき言った通りだと思うけど……そういえば終わるときって、何て言うんだろう。
「終わりの合図か……ご飯だったらごちそうさまで、スポーツとかだったら試合終了、かな。こういうときは……何だろう。わかんないよ」
「ツキハ。スポーツなどでも、終了時には互いを
イルが助け舟を出してくれ、それで体育でやった色んな試合や終了後の掛け声を思い出す。
「うーん。勝ったときはやったー! とか、イエーイ! とかかな? 他にもあるのかも知れないけど、わたしの頭じゃそれくらいしか思いつかないよ」
『それでいいではありませんか。では後者で。ね? イルヴァイタス』
「うむ。
「後者って……」
どっちかのことか思い返そうとしたとき、イルが掴んでいたわたしの足首に力を入れた。
「ツキハ。後方からヴァリマの力を感じる。今までで一番強い。近いのか?」
イルの言葉にはっとした。
追ってくるヴァリマの姿は、そちら側を向いてるわたしにしか、わからない。
二人はヴァリマの力を感じられるんだろうけど、わたしには無理だ。
さっき何故かわかったのは、エィラのお陰だったんだろうか。でも、今は感じ取れない。
ならわたしは、この目で直接確認したほうがいい。
ずっとつかず離れず、わたしたちを追ってきていたヴァリマ。
今、互いの距離は数メートルくらい。
これ以上近づかれたら、もうアウト。エィラの力もいつまで持つかわからない。
だから、ここで決める!
「じゃあ行くよ、イル。カァ。レディ──」
レディー、で息を合わせ……、
「──ゴー!」
三人で叫んだ!
『場を強化、重力を固定!』
「最大速度にて降下開始!」
二人の声と同時にイルの言葉通り、今までで一番の速さで傘が地上に向かって進んでいく! 降下というより、ほとんど落下。
体はほぼ真横になってるけど、足元はしっかりと固定されている。
それはカァが重力をコントロールしてくれているからだけど、それだけじゃなくて。
「……ありがと。イル」
イルに聞こえないよう、小声で呟いた。話してるヒマはない。
けど言葉を交わさなくても、イルがわたしを守ろうとしてくれているのがわかる。 足首から感じるイルの手の感触が、体温が、わたしに勇気をくれる。
不安はない。怖くもない。ただ、決意だけがある。
ここを切り抜けて、みんなであの言葉を言うんだっていう決意が。
上空のヴァリマとは、だいぶ距離が開いた。
だけどそのヴァリマが急に、ぐん、と
「イル! ヴァリマも速度をあげた!」
「ジグザク飛行しつつ、降下する!」
その言葉通り、傘がかくん、かくん、とジグザクを
つまりあっちも速度が落ちたってことだ。
……ううん、違う。同じ動きでも、向こうのほうが遅い。
距離が何十メートルと離れていく。
「差をつけたな。やはり
『はい。今までの単調な動きからの予測でしたが……やはり、そうですか』
「うん。カァの作戦通りだよ」
そう。わたしが考えたのは上空を飛ぶんじゃなく、地上近くにコースを変更してヴァリマをそこで何とかしようってことだけ。
そのためのアイデアはイルとカァ、二人が出してくれた。
そして最後の決め手。
それは、わたしが。
右手でぎゅっと、左手首と左手中指のエィラ。
それら、二つを握りしめた。
ツキハ、とわたしの足元でイルの声がした。
見下ろすと──と言っても、イルの体のほうが上になって落ちていってるから、見上げる形になるんだけど──とにかくイルと目が合った。
「大丈夫だ。当が必ず、
そう言って、ふっとイルが笑う。
「汝が当を守りたいと言ってくれたように、当とて汝を守りたいのだ。ツキハ」
「……うん!」
「うむ。……さて、秒読みだ。地表まで十メートル、五、四、……三!」
下のほうからごろごろという、イルが転がる音と、小さなうめき声が聞こえてきた。
「イル!」
「大事ない! ツキハはヴァリマに
「わ、わかった!」
ヴァリマから目を離さずに声だけで返事し、イルが走っていく音を聞く。
作戦通り〝あれ〟を探しに行ったんだ。
……間に合いますように。
イルの指輪に触れながら考えたけど、すぐに違うか、と否定する。
ように、じゃない。イルは必ずあれを探してくれる。
だからこの思いは願いじゃない。イルに対する気持ち。これは。
『ツキハ。バリアを
「うん。だって」
とん、と地面に足をついてから、イルへの気持ちを素直に口にする。
「二人を、──イルを信じてるから!」
半分に折れた傘の持ち手側。
それを頭上に掲げ、上空のヴァリマに突きつけた。
「さあ。わたしはここ。エィラはここ。狙うのはここだよ! ヴァリマ!!」
言い放つとわたしの声が聞こえたかのように、ヴァリマは一瞬速度を落とし、そして──。
「来たよ! カァ!」
『はい! エィラの力を、全て強化に!!』
真っ直ぐ、びっくりするくらいの速さで、ヴァリマが真上から降ってきた!
わたしを……わたしだけを、狙っている!
「作戦っ……どお、りぃー!!」
折れた傘を、頭上に掲げてるのは左手。
わたしのブレスレットとイルの指輪、二つのエィラを付けた左手だ。
その手で、わたしを押し
二つのエィラと、カァがアルズ=アルムから送り込んでくれる力。
それら、全てで!
いける! 止めてられる!! ……けど──……。
「お、重い……!」
傘の中棒に当たってるヴァリマは、体重をかけるかのように、ぐいぐいと押してくる。
『ツキハ!』
カァの
わたしの状態は見えないはずなのに、何かあったのか心配してくれているんだ。
……そうだ。わたしはイルだけじゃなく、カァとも友達になりたい。
──だから!
「……負ける……もん、か。──エィラ! わたしに力を!!」
わたしの言葉に応えるように、エィラが強く輝いた!
その瞬間、辺り一面が昼間のような明るさになる。
すると、ヴァリマの押す力が弱くなった。
違う。こっちが強くなってるんだ!
そう確信し、傘に力を込め、ヴァリマを押し出す!
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