五番星 始まりの合図、そして終わりの②

「見つけたぞ! エィラの光で場所がわかった! 取れ、ツキハ!!」

 イルの声が聞こえ、振り返ると、探して貰っていたものが飛んできた!

 受け取ろうと、右手を伸ばし──、

「あっ……!」

指先をかすめ、イルが投げてくれたものは地面に落ちた。 


「ご、ごめん!」

 屈んで拾おうとして……体勢を変えようとすると、ヴァリマがまた、力を増した。 

 これじゃ拾えない。イルもまだ、何メートルも遠くにいる。


 どうしよう。どうしよう。

 みんな頑張ったのに、わたしがドジったから。

「……ごめ、ん」

 忘れていた涙がこみ上げてきて、思わず呟いたとき。


「大丈夫だツキハ! ──コハク!!」 

 イルの声が響くと同時に、わたしの右手側! 

 茂みの中から、琥珀が飛び出してきた!!

「琥珀!?」


「コハクにも探して貰っておったのだ! コハク! ツキハにそれを!!」

 驚きで涙が引っこんだわたしを目がけ、琥珀が走ってくる。

 そしてそれをくわえ、差し出してきた。

 右手で受け取り、ありがと! と言うと、その琥珀は嬉しそうにわん! と答えた。 

 それを右手で頭上にかかげながら、布の中に手を入れ、開くためのボタンを押す!


「どうだヴァリマ! それは先ほど折れ、落下したツキハの傘の片割れだ!」

 こっちに走ってきながら、得意げに言うイル。

「そちら側には、当が腰を掛けておった! 飛び移るときに握ったのも、そこの布地の部分である! つまり!」


 ──ぽん!


 傘が開いた!

「それには当のエィラ。そのかけらが、たっぷりとこぼれ落ちているというわけよ!」

 きらきら、きらきら。

 開いた傘。そこから滑り落ちてくるエィラのかけら。それに月明り。

 そしてわたしの放つ、エィラの光。

 それら全てが合わさって輝き、揺らめき、交じり……そして──。


「きゃあっ……!」

 弾けた! 

 目を開けてられないくらいの光量。腕先から伝わる熱。熱くて持っていられない!  

 だけど離せない。離すもんか!! だって──。


 きゅうん、という声と、足首から感じる琥珀の体温。

 琥珀はわたしの体で、自分の体を隠そうとしてる。怖いんだ。

 わたしが琥珀を連れてきた。守ってもらおうとして、付き合わせた。

 琥珀は確かにわたしを助けてくれた。

 だけど今、琥珀は怖がっている。

 守られている場合じゃない! わたしが! 琥珀を!!


「……守る、ん、だからぁー!!」

 思い切り、傘をヴァリマに突きつけた! 

 わたしを押しつぶそうと、かかってきていた重量。それがふっと軽くなる!


「その通りだ!」

 右手首を誰かがつかんだ。

 はあはあ、と息を整えながら言う声が、耳に届く。

 まぶしくて見えないけどわかる。誰かなんて聞かなくてもわかる。

 わかるもの。ちょっと偉そうな……だけど優しい、声の持ち主のことは!


「──イル!!」

「待たせたの! ツキハ!!」

 突き出した傘、その、中棒を握りしめたわたしの右手。

 その上からイルが両手を重ねてきて、耳元でツキハ、と呼んだ。

 その手の感触と、耳に感じる息づかいに思わずどきりとするけど。

「な、何? イル」

 そんな場合じゃない、と自分に言い聞かせ、平気な様子で答える。


「うむ。疲れたろう。なれは一度両手を下ろし、一休みするがよい」

「え? そんな場合じゃないでしょ? まぶしくて、今ヴァリマがどうなってるのか見えないけど……確かに、重さは感じなくなった気もするけど」


「ヴァリマなら、傘の布地の上で回っておる。重量を感じなくなったのは、彼奴あやつよりこちらの押し出す力が強いからだろう。なので大丈夫だ。最後の大勝負の前に、一息ついておけ」

「見えるの?」

「一応な。光は感じるが、ヴァリマを視認しにん出来る程度には」


『イルヴァイタスがエィラを使用するとき、目が光っていたでしょう? あれはエィラの力が使用者に宿るからです。その力があなたのエィラやヴァリマの光を相殺そうさいというか……中和しているのでしょう』

「わたしは出来ないの?」

 カァに聞きながら目を開けてみたけどやっぱりまぶしくて、すぐにまたつぶってしまった。


「今見た限り、汝の瞳は普通の色であるな。元々エィラはアルズ=アルムの者しか使えぬはずのものなのだし、地球人にはそこまでは出来ぬのだろう」 

 イルの言葉に納得するけど、今度は別の疑問がわいてくる。

 じゃあ……どうしてわたしは、エィラを使えているんだろう。

 いくらカァが、力を貸してくれているとはいえ。


『ツキハ、やはり疲れたのでは? 少し休んで下さい』 

 少し考えて黙ってしまったわたしを、カァが心配してくれる。

「あ、ううん。そんなことないよ」

 そうだ。考えるのはあと。この最後の、ヴァリマを打ち砕いてからだ。


「深呼吸だ、ツキハ。何回かやっておったろう?」

「よく知ってるね。イル」

 その言葉にちょっと笑ってしまう。

 この王子様は目敏めざといというか、人のことをよく見てる。

 でも、イヤじゃない。

 イルがわたしのことを見てくれているのは、何だか嬉しい。


「じゃ。ちょっとだけお願い」

 傘から右手を離し、左手で掲げていた手元部分は持ったまま、両手を下ろした。

 それから、上げっぱなしだった肩を片方ずつ、軽く回す。地面にめり込んでいた足も、とんとん、と爪先立ちで軽く叩き、元に戻す。

 すると琥珀がふくらはぎに、頭をすりすりとなすりつけてきた。


「大丈夫。すぐに終わらせるから。それまで、目を閉じててね?」

 目を薄く開けて琥珀の頭を軽くでると、わかった、というように琥珀がぺろりと、わたしの指をなめた。


「うん。わたし頑張るよ。琥珀」

 再び目を閉じ、すう、と大きく息を吸って。

「よし。元気出たよ! イル! カァ!」

 わたしは、二人に呼びかけた。


「それは重畳ちょうじょう……いや、何よりである。ではツキハ。左手に持っておる傘の持ち手側も、もう一度掲げてくれるか。それにも多少、エィラのかけらが零れておるのでな」

「こう?」

 言う通りにするけど、目をつぶったままなので傘を向ける方向が合ってるのかわからない。


「ここだ。こちらの折れた中棒と合わさるように、こう」

 イルがわたしの手を取って、折れた部分をくっつけるよう、その部分を二人で握りしめた。 

  

 ……やっぱりどきどきする。

 さっきから何度も手を握り合ってるけどイルは平気なのかな。

 イルの顔が見たい気がしたけど、平然とした顔だったら、見たくない気もする。


「……目を開けれなくて、良かったのかな」

 ぽつりと呟くと、何がだ? とイルが聞いてきた。

「な、何でもないよ! それより、このままヴァリマを押し出せばいいの?」

「いや。一度力を抜き、ヴァリマに押させる』

「え。何で?」


『簡単に言うとですね。私たちはさっきまで十対十の力で押し合っており、それで釣り合いが取れていました。互いの力を合わせると二十ですね。今は私どもが十五で、向こうを五としましょう。さて。ヴァリマの力をゼロにするには、こちらはどれほどの力が必要でしょうか?」 


「え? ええ??」

 突然のカァの算数? の問題に必死に頭を働かせる。合わせると二十。

 向こうがゼロなら、こっちは。


「えっと……二十?」

『正解です。つまり、それだけの力が必要なのです』

「穴だらけの理論だがな。まあ、わかりやすさを重視した説明ではある」

 少し、ヴァリマの力が増したような気がした。

 イルが、力を抜いていってるんだろうか。


「汝に身近な例で例えると……そうだな。野球は遅い球を打つより、速い球を打ったほうが良く飛ぶであろう。まあ打つ角度やボールの回転、空気抵抗くうきていこうなど様々な条件はあるのだが……。要するに相手の力を利用し、反発力とするのだ。よって」


『ぎりぎりまで力を抜き、相手が最大の力を出したところを打ち返します。芯を捕えれば、最小の力でホームランを打てます』

「……わ、わかった!」

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