四番星 星間エンカウント④

「あれで最後?」

「おそらくはの。行くぞツキハ。上昇しながら回避する。そのほうが視認しにん出来よう。姫上、なれは当の指示通りに頼む」

『ええ。イルヴァイタス、あなたはツキハを頼みます』

 うむ、と頷いたイルに対して、肩越しに聞く。


「イル、わたしは? 何か出来ない?」

「ふむ。そうであるな」

 ちょっと考えるような顔になってから、

「祈ってくれ」

と、イルはそれだけを言った。


「祈ってって……そんな、曖昧あいまいなのじゃなくて、もっとこう、具体的に」

「曖昧ではないぞ? ツキハ、汝も言ったであろう。エィラは祈りの石だと。本来は精製し、儀式を行った上で願いが叶うものなのだが……エィラが複数合わされば、それを行ったのと似たような力が出るのではないのか? 姫上」


『……どうでしょう。私の口からは、肯定出来ません』

「なるほど。汝の立場では、そうとしか答えようがなかろうな」

 カァの返事にそっけなく言うイル。

 その声は硬いようにも、冷たいようにも聞こえる。 


 ……この二人は、仲が悪いの? 

 さっきまでの会話では、そんな風には聞こえなかったけど。

 カァはすごくイルを心配してたし。イルは。

 そこまで考えて、こっそりイルの様子をうかがう。

 イルは少し、硬い表情をしていた。けれど、怒ってるようには見えない。

 むしろ……悲しんでいるように、わたしには見えた。


「ですが、否定もしません」

 続けて、きっぱりと言うカァ。わたしもイルも、その声に注目する。

『あなたの言うように、私はそうとしか答えられないのです。それで察して下さい、イルヴァイタス。……申し訳ありません』


「……いや。当も大人げなかった。巫女の汝が、儀式に関することを口外出来るわけがないのは、重々承知。否定しないというだけで格別のはからいだ。礼を言う。姫上」

 そう言ってイルは、エィラ……じゃなく、カァに頭を下げた。


 巫女。カァはお姫様だけど、巫女さんなんだ。

 だから弟にも色々言えないし、そのせいで、ぎくしゃくしてるんだろうか。

 ここに来られないのも、そのせい? 


 そう言えばさっき、王は巫女……神子だってイルが言ってた。

 じゃあ、……ひょっとしてカァの方が、王様になるんだろうか。

 即位すれば、とかイルも言ってたし。

 ツキハ、とわたしの名前を呼んで、重ねていたわたしの手にイルは力を入れてきた。

 さっきからずっと手を合わせているのに、何故だか緊張してしまう。


「色々聞きたいことはあろうが、そういうことで納得してくれ。否定しないというのが、姫上の答えだろう。当と汝、二つのエィラを合わせれば、儀式を行ったに近しい力を出せるはず。よってツキハ、汝はエィラに祈ってくれ。それが当のエィラへの力になる」

「……うん」


 イルの言う通りだ。聞きたいことはいっぱいあるけど、今は飲み込もう。

 カァにも何か事情があって、くわしく言えないんだろう。でもカァが、イルやわたしを危険な目にわせたりするわけがない。

 特にイルは、カァの大切な弟なんだし。


「終わったら、ちゃんと話してくれる?」

「話せることは限られておるが」

「それでいいよ」

 握られていた手を離して、イルの手に自分から手を重ねた。

 そして指輪に重なるよう、ブレスレットのエィラを押し当てる。

 それから二つのエィラごと、左手でイルの手を握りしめた。

「話せないことは言わなくていい。イルもカァも、嘘だけはつかないって信じてるから」


『……はい』 

「……うむ」

 ちょっとだけ黙ったあと、二人はそう答えてくれた。

 沈黙していた間には、何を考えてたんだろう。わからないけど、何だっていい。

 イルとカァを信じる気持ちに、変わりはないから。


「カァ」

『ええ。行きますよ。ツキハ。イルヴァイタス』

 重なったエィラが、強く輝きだす。

「イル」

「──では。……エィラよ。二つのエィラ。アルズ=アルムの第一王子、イルヴァイタスの名において。ヴァリマをぎょする力を我に……いや。我らに、与えんことを」

 ふわふわ浮いているだけだった傘が、そのまま、ぐんぐんと上昇していく。


「心の準備は出来たか? ツキハ」

「──うん!」

 右手はしっかりと、傘の持ち手を。

 そして左手は傘を握りしめてるイルの手に重ねたまま、イルの指輪と、傘に付けたエィラごと握りしめ……その手にぎゅっと力を入れた。


「発進する!」

 その言葉と同時に、真上に上昇し続けていた傘は一瞬動きを止め、──ななめに飛び出した!


 速い速い! 今まで見えてた地上の外灯や白光装置の光が、あっという間に見えなくなる!


 さっきよりずっとスピードが出てるけど、わたしのポンチョやイルのローブ、それらが風を切る音も、あまり聞こえない。

 さっきより体に重力? も感じず、息苦しくもない。

 二人分の体重でたわんでた傘も頑丈になってる気がする。

 それはおしりから伝わる感触で、何となくわかる。

 スピードを出してるのはイルの力で、他は多分カァの力だ。なら、と思う。


 わたしもちゃんと、役に立ちたい。

 二人の力になりたい。

 お願いエィラ。

 わたしに力を。

 イルとカァの助けになる力を。


 ──お願い──……!


 エィラを握る手に力を込める。祈りを込める。その瞬間。

 エィラが輝きだす! 今まで見た中で、一番強く!!

 強い強い、白の光。

 けれど目は痛くない。むしろ、優しい光に思える。

 わたしたちを守ってくれる……エィラの、優しい光。


「ツキハ」

 後ろからイルの声がした。

 このスピードじゃ振り返る余裕はないけど、優しい顔をしているんだろうな、と思う。

 だって、わたしを呼ぶ声はすごく優しいから。

「大丈夫だ。汝の祈りは当の力になっておる。エィラよりこれほどの力を感じたのは、初めてであるぞ」

「……うん!」


 イルの声がわたしの不安をぬぐいさってくれた。

 そういえば、わたしは考えが顔に出てわかりやすいって言われたけど、顔なんか見てなくてもわかるんだろうか。

 あのときはそんなにわかりやすいのかと思って、複雑な気分になった。

 けど……今は違う。イルに考えが伝わるのは、何だか悪くない。

 それくらい、わたしをわかってくれてるような気になってしまう。


 さっきイルと出会い……ううん、エンカウントして。

 それから、どれくらいたったんだろう。

 一時間? 三十分? 

 それとも、もっと短かったりする?


 イルヴァイタス。さっき出会ったばかりの、遠い星から来た王子様。

 アルズ=アルムの第一王子。十二歳。

 知っているのは、ただそれだけ。

 それだけの関係。それほどの関わり。

 だけど、それがなんなの?


 イルやカァの力になりたいって気持ちに、嘘はない。

 イルと違って、わたしは二人のことを全然わかってないかも知れない。

 けど、わかりたい。もっと話したい。

 だから今、ここを切り抜けるんだ。

 そのために、わたしの力が必要なら……全部あげるよ!


 わたしは握りしめた二つのエィラ……そしてその下にある、イルの手。

 それらに力を込め、迫ってくるヴァリマをにらみつけた。

「イル、来たよ!」

「うむ! 上昇する!」


 イルの叫びと同時に、乗った傘がぐん、と斜めに上がった! 

 眼前のヴァリマは、勢いそのまま、地上に落下していく。

 ほっとする間もなく、ヴァリマが押し寄せてくる!


「五つ……一度に来たか。良かろう。こちらも手間がはぶけるというものだ。ツキハ」

「うん!」

 わたしは目を閉じて、祈りに集中する。大丈夫。イルは必ずけてくれる。

 まぶたに感じる光と、左手から伝わるイルの温もりが、そう信じさせてくれる。


「左!」

「右!」

 イルの声が聞こえると、その方向に傘ごと体が持ってかれる。

 さっきも思ったけど、まるでジェットコースターみたいな感じだ。

 そう考えると、ちょっとだけ楽しいような気も。 


 そのあとも次々と、イルはヴァリマから傘をかわし、落とし続けた。


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