四番星 星間エンカウント②

「……イル王子!」

 上から降ってきたらしいイル王子が、目の前を横切った。

そのすぐあと、彼を目がけて迫るヴァリマの光も。


「──は?」

 わたしを見て、イル王子の動きが止まった。

 そのすぐ横をかするようにして、ヴァリマが音もなく落ちていく。

 イル王子はと見ると、さっきのケガ以外、傷を負ってるようには見えない。

 けど少し、体がふらついてる。

 エィラにヒビが入ってるから、上手く飛べないんだろうか。


 でも……無事で良かった……!

 イル王子の無事を確認すると、今度は地上の琥珀のことが心配になった。

 さっきから、何個も落ちたっていうし。


「ねえ、カァ。琥珀は大丈夫なんだよね?」

『はい。かけらとはいえ、エィラには力があります。そしてアルズ=アルムからも私がエィラを使い、力を増幅させていますので。あなたの不完全なエィラでここまで来られたのも、その力があるからなのですよ』


「……良かった。でもカァも持ってるってことは、エィラはわたしのもふくめて三個あるんだ」

『いえ、それは──』

「はあぁ!?」

 イル王子の大声に驚いて、会話が止まってしまった。


「もう、イル王子。急にそんな大声出されると、びっくりするよ」

「いやいやいや! それは当のセリフなんだが!? 何故、なれがここにいる!? それに今の声は……まさか!?」


『落ち着きなさいな。彼女が驚いているではありませんか』

「その声、やはり……!」

 イル王子は傘に付けた、わたしのエィラに目をめた。

「姫上。やはり、汝か」


「……ひめうえ?」

 姫? カァのこと? お姫様なの? 

 でも姫様とかじゃなく、姫上って言うの?

 それもイル王子たちの星の呼び方なのかな、と考えていると、カァが答えた。


『またそのように呼ぶ。姉上とおっしゃいと、何度も申しているではありませんか』

「……姉?」

 そっか。イル王子のお姉さんだから、カァはあんなに心配してたんだ。

 それがわかったら、またほっとした。

 ……あれ? 何でほっとしたんだろう。わたし。


「そんなことを言っている場合ではなかろう!」

 イル王子の怒ったような声に、考えが中断された。

「何ゆえ、姫上と交信が出来るかは置いておくが。ともかく、エィラを地球の者が扱えるわけがあるまい。姫上が手引きしたのであろう。何を考えておる。一星の王女が、他星の者を危険な目にわせておるのだぞ。汝は!」


『それについては、私も申し訳なく思っております。ですが』

「わたしが頼んだの!」

 カァの言葉に割り込む。

 そうだ。頼んだのはわたしなんだから、カァに責任はない。


「……汝が?」

 イル王子がわたしを見た。

 その顔はちょっと……ううん。かなり、怒ってる気がする。

 イル王子は笑ってるほうがいいのにな、と思って悲しくなるけど……そうさせてるのはわたしだ。

 でも、怒られたってしょうがない。来たいって言ったのは、わたしなんだから。


「そうだよ。エィラは祈りの石なんでしょ? だから祈ったの。イル王子を助けさせてって。アルズ=アルムは願いって意味なんでしょ? だからそこにいるカァが願いを叶えてくれた。あなたが言った通りじゃない。カァはわたしのお願いを聞いてくれただけ。何も悪くないよ! それでも悪いって言うんなら、悪いのはわたしなんだから!」

 わたしの言葉にイル王子は何か考えるような顔になって、何故、と呟いた。


「……何故って?」

 思わず聞き返す。何故って、何のこと?

「何故、当を助けたいなどと思う。巻き込んだのは当なのだぞ。何故、ここへ来た。危険だということはわかっていたであろう? なのに、何故だ」


 何故。何故って、そんなの。


「イル王子だってひどいケガしてまで、わたしたちを助けようとしてるじゃない」

「元来ヴァリマを捕らえるのは、当の責務である。汝らを守るのは、当が──」

「あなたが王子で男の子で、年上だから? さっき聞いたよ」

 

 イル王子の言葉をさえぎって言うと、驚いたような顔になった。

 この王子様はやっぱり、表情がころころ変わる。

 笑顔が一番似合ってるけど、怒ってるよりそっちの顔のほうがずっといい。 


「でもね、そんなの関係ないの。あなたの思いはあなたの勝手な思いだって言ってたように、わたしにもわたしだけの勝手な思いがある。わたしは女の子で年下だけどあなたを助けたい。だって、わたしは」

 わたしは手を伸ばした。イル王子……ううん。王子に、じゃなくて。


「──イル! あなたと、友達になりたいから!!」

「……当は」 

 イルは戸惑ったような顔で、わたしの顔と手を交互に見て、……それから。


「さっきと同じであるな」

 そう言って、イルは少し笑った。

「さっきって……あ、うん。そうだね」


 その言葉に、さっき自己紹介をして、握手を求めたことを思い出した。 

 そしてわたしも、ちょっと笑ってしまう。

 さっきも友達になりたいって思って、手を伸ばしたんだった。

 すぐには握手してくれなかったけど、イルは結局、わたしの手を取ってくれた。


 だから。

 今度も、きっと。

 じっと待っていると、イルの手が動き出して──。


『二人とも! ヴァリマです!』

 突然響いたカァの声にあわてて上空を見る。

 すると何個ものヴァリマがわたしたちを目がけ、同時に落ちてきた。

 ううん、違う。

 わたしたちじゃなくて、これはわたしを──!


「──危ない!」

 ぐいと、後ろに体が持ってかれる感じがした。

 握ってる傘の持ち手を押されたんだ、と気がつく。

 浮いている傘ごと、体が大きく後ろに下がる。

 体のバランスが崩れかけ、必死で傘の上で体勢を整えてると、イルの体がぐらり、と傾くのが見えた。


「イル!?」

 落ちていく。イルの体が落ちていく! 

 そしてヴァリマも、さっきまでわたしがいた辺りを通り、イルを追って落ちていく! 

 これじゃ、さっきと同じ──。


 イルはずっとわたしを助けてくれて、わたしは足を引っぱって。

 このまま、イルが落ちていくのを見てるだけ? 

 それとも、ヴァリマがイルに当たるのを?   

 そんな。

 そんなの──!


「イヤ! 行くよカァ!」

『はい! 手を離さないで下さい!』

 カァの言葉と同時に、傘が急降下していく!

 ぎゅんぎゅん、風を切る音が耳に届き、降り注ぐヴァリマの雨を傘はかいくぐっていく!


 速い! 昇ってきたときよりずっと。もう、地上の光が見えてきている! 

 体が浮き上がるような感覚。重力がコントロールされてないみたい。

 まるでジェットコースター。安全ベルトはないけど、落ちるもんか! 

 全身で傘にしがみついて必死に耐える!


 わたしは死なないし、イルだって死なせない! 

 わたしがイルを助けるんだから。 

 絶対に、絶対に助けるんだから!!

 見えた! イルの白い影! 追いついた!!


「イル────!!」

 声の限り、叫んだ!

 その名前の持ち主が、わたしを見る。

 気づいた! その青い瞳が、驚きで見開かれている。

 それがわかるくらい、近くにいる!

 落ちていくイルと、ほとんど水平になった。届く。今なら届く!


「イル! 手を!」

 必死で片手を離し、精一杯イルに向かって伸ばした。

「ば……馬鹿者! 何て無茶な真似を! 当は──!」

「うるさい!」

 ごちゃごちゃ言ってるイルに、つい怒鳴どなってしまった。


「う、うるさ……?」

 イルは口をぱくぱくさせてる。

 王子様だから、怒鳴られたことなんてないんだろうな、とかヘンに冷静に考えてしまった。


 ううん、そんな場合じゃない。とにかく、今は。

「そんなことより手を伸ばして! イル! わたしが! 絶対に!」

 もう少し。もう少しで、イルの指先に手が触れる。


「あなたを……イルを、守るんだから!」

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