四番星 星間エンカウント

四番星 星間エンカウント①

 ぐんぐん、ぐんぐん。


 エィラを付けた傘にまたがったわたしの体は、空を昇っていく。

「は、速い……!」

 上昇していく傘の上から、ちらりと地上を見下ろしたけど……琥珀の姿がどこにあるかは、とっくにわからなくなっていた。

 琥珀の毛は黒いし、近くの薄暗い外灯の光も見えなくて当然だろうけど……白光装置の光すら、かすかにしか見えない。

 

 どれくらい、上に来てるんだろ?


 びゅうぅ、と耳元を、風の音がかすめていく。

 赤いポンチョやポニーテールは風に吹かれ、髪は顔をばしばし叩く。

 まだ乾いてない髪が当たると痛いし、冷たい。

 でも寒いのは、れた髪だけのせいじゃないんだろう。山の上は寒いっていうし。 

 確か上に昇るにつれて、温度は低くなるんだっけ?


「ね、ねえ、カァ。まだ?」

 振り落とされないように、必死に傘の本体を握りしめながら聞く。

『あまりしゃべらないように。舌をみますよ。あなたの体を浮き上がらせないため、重力は傘に対して掛かるようコントロールしておりますが、それなりの速度は出てるので。なるべく空気抵抗を受けないよう頭を低くし、傘に対し水平を保って下さい。スピードを上げますよ!』


 カァの言葉の通りに、ほとんど寝てるくらいの姿勢をとる。

 すると、ぐん、と体が持っていかれる感覚があった。スピードが上がったんだ。

 一体、どれくらいの速さなんだろうか。


 目を閉じ、必死に傘にしがみつく。

 体に速度は感じてるのに、ちょっと息苦しいくらいで、呼吸は普通に出来る。

 こんなに速いし、上空は空気が薄いって聞いたことがあるけど……これは、エィラの力なのかな。


 目を閉じてるせいで、空気がしん、と張りつめているのがよくわかる。

 静かだ。聞こえるのは、わたしの周りの音だけ。

 傘が空気を切り裂いて飛んでゆく音と、閉じた傘が強風に吹かれ、その生地が風にあおられて鳴る、ばさばさという音だけ。

 ……傘、開いたりしないよね?

 ちょっとだけ、そんな心配をしてしまう。


『──捕らえました!』

 カァの言葉と共に、傘の上昇が止まった。

 低くしていた体を起こし、周りを見渡す。


 明るい。月が近いんだ。雲もほんの少し、上に見えてる。

 そしてその雲の合間で光ってる、ヴァリマの姿も。

 どれくらい離れてるんだろう、あれ。

 近く見えるけど、ホントは遠かったりするんだろうか。

 雲って、上空何メートルにあるんだっけ?

 初めて見る景色にぼうっとして、つい、そんなことを考える。


『体は大丈夫ですか? エィラの力であなたの体全体をおおって、空気抵抗などを全く受けなくすることは出来ますが、すぐに力尽きてしまいます。今は力をコントロールして、あなたが体に受ける重力と呼吸だけは、地上とあまり変わらないようにしてありますが』

 カァの言葉にはっとする。そうだ、そんなことを考えている場合じゃなかった。


「うん。ありがと、カァ。イル王子は?」

『前方百メートル、十二時の方角。つまり、このまままっすぐ前です』

「百……月明りがあるとはいえ、夜だし、わたしの目じゃ見えないよ」

『私にも見えているわけではありません。それにあなたがたの様子は、音声でしかわからないのです』


「そうなの?」

『はい。私のいるアルズ=アルムと、そこ……地球とでは距離があり過ぎるせいでしょうね。そしてあの子の居場所もですが……私は姿ではなく、あの子の持つエィラの力を感知し、把握はあくしているのです』


「感知……」

 そんなことが出来るなんて。

 遠い星からエィラの力も操ることが出来るし、カァは一体何者なんだろう。


『ここからは慎重に。私は上空のヴァリマの気配に注意しますので、あなたはあの子を探して下さい』

「うん」

 カァにも聞きたいことはいっぱいあるけど、それはあとだ。まずはイル王子を探さなきゃ。


『ゆっくり、前進します』

 傘の持ち手を握り直すのと一緒に、そこに付けたエィラもぎゅっと握りしめる。

「まだ、ヴァリマは落ちてないの?」

 落ちるときに音もしないし、急上昇してる間は目を開けられなかったから、ヴァリマがどうなったのかわからない。

 頭の上でぴかぴか光ってるヴァリマは、まだまだあるみたいだけど。


『五つほど落ちました。あの子も今はヴァリマを捕らえずに、自分に引き寄せてから回避し、地表に落としているようです。捕らえる力が残ってないのでしょう。もちろん、民家に被害が及ばぬよう、場所は選んでいるでしょうが。白光装置の影響下なら、音も遮断しゃだん出来ますしね。まあ、重力場に似た現象が起こるなど、副次的ふくじてき……つまり、必要としない効果も出ますが』


「そうなの? じゃあ隕石が落ちたってのに音もしなかったのはそのせいで、白光装置のある中に入ったときに耳がおかしくなったのは、その、重力場に似た現象? のせいなのかな」


『はい。音や耳への影響はそういうことです。そしてヴァリマですが、先ほどは、あなたから見える高さで捕らえていたのでしょう? あのときはそれが出来た。しかし、今は無理なのでしょう。これほどの高さまで上昇したのは、ヴァリマの落下速度を少しでも和らげるためだと思われます』


「えっと。近くから落ちるほうが速度が遅くなって、当たったときマシってことだよね?」

 算数……ううん、理科? は特に苦手なんだけど。でも、車の事故をニュースで見たとき、スピードが速いときのほうが、車の壊れ方がひどかったのを思い出した。


『マシ……まあ、ほとんど誤差ですがね。先ほどは肉がえぐれるだけで済みましたが。エィラで防御出来なければ、それだけでは済みません』

「え、えぐれ!? それだけって!!」 

 大きくりむいたか……多少、腕を切ったのかと思ってた。

 そんな……そんなひどいケガだなんて、イル王子は。


「……言ってくれなかったよ」

 一人でガマンしてたかと思うと、また涙がこみ上げてきそうになる。

 ううん、泣いてる場合じゃない。ぶんぶん頭を振って、涙を引っこめる。

 すると、カァがぽつりと呟いた。


『あなた方に心配させたくなかったのでしょう。昔からそういう子なんです。人に頼ったり、弱音を吐くのが苦手で……本当に、困った子』

 昔から、という言葉が引っかかった。昔からの知り合いなんだ。


 カァが、イル王子のことを本気で心配しているのはわかるけど……どういう関係なんだろう。

 ……まさか、イル王子のことを好き、とか?

 カァに話を聞くのはあとにしようと思ってたけど、二人のことを考えると、何だかもやもやする。

 やっぱり、聞いてみることにした。


「ねえ……カァはイル王子のこと、その……好き、なの?」

『え? 何ですか、急に』

「うん、こんなときにってのはわかってる。でもカァがこんなに一生懸命になって、イル王子のことを助けてくれるのは、イル王子のことが好きだからなのかなぁって。……違う?」


 カァの声が聞こえなくなった。

 ……何だろう。何を考えてるんだろう。

 そんなことを思っていると、エィラからくすくす笑う声が聞こえてきた。


『いえ、失礼。そんなことを聞かれるとは、思っていなかったので』

 笑いながらそう言ったあと、

『ええ。好きですよ。ですが、あなたの思う〝好き〟ではありません。……私には他に、思いを寄せる方がおりますので』

真剣な声で、カァはそう言った。


「そう……なんだ」

 何でだろう。ほっとした。けどそんなわたしに、今度はカァが聞いてきた。

『あなたこそどうなのですか? こんな危険をおかしてまで、何故あの子を助けたいと?』

「……わたしは……」


 答えようと、口を開いたそのとき。

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