三番星 本当の冒険の始まり⑤

「ではな」

「──待って!」

 立ち上がって、わたしたちに背を向けるイル王子。

 そのローブのすそを、とっさに掴んだ。


「……娘。離してくれ。こうしてる間にもヴァリマが当を目がけ、落下してくるやも知れん」

 ちょっと困った顔で、イル王子が振り返る。


「だから、一人で立ち向かうっていうの? イル王子、さっき言ってたよね。ヴァリマを捕まえるのに、エィラの力を使いすぎたって。つまり、エィラがないとそんなこと出来ないんじゃないの? 壊れたエィラで出来るの?」

 はぁ、とイル王子はため息をついた。


「意外とさっしがよいの。なれは」

「やっぱり!」    

「だがな、出来ぬとも言っておらん。実際、エィラは完全に破壊されたわけではないからの。試してみる価値はあろう」

「試してダメだったらどうするの! 当たったら腕が吹き飛ぶんでしょ! もしも、頭とかに当たっちゃったりしたら! ……死んじゃうかも、知れないんでしょ……?」


「だからだ」

 イル王子はわたしの目を見て、はっきり言った。

「ヴァリマが汝らに直撃したら、死は確実であろう。そうさせぬためには、立ち向かうしかないのだ。時間がしい。離してくれぬか」


「……イヤ」

「娘」

「イヤ」

「嫌とか言うでない」

「イヤったらイヤ!」


 気がつくと、大きな声で叫んでしまっていた。

 こんな声出したの、生まれて初めてかも知れない。

 そしたら何だか、涙がまた溢れてきた。


「……ごめんなさい。普段はワガママなんて、言わないようにしてるのに。でも、イル王子が死んじゃうかもなんてイヤ。ワガママでごめん。でも……イヤ、だよ……」

「当もまだ、この年で死を迎えたくはないの。なのでそうならぬよう、努力しよう」

 

 イル王子は、右手でわたしの左手を取った。

 そしてわたしの手首のブレスレット……エィラに、自分の左手の指輪のエィラに押し当てた。


「当星、アルズ=アルムの名は願いという意味である。そして、エィラは祈り。エィラは捧げられた祈りを聞き届け、アルズ=アルムを実現する。つまり願いを叶えるのだ。……とは言うものの、通常は儀式を行わねば叶わんのだが」

 そう言って、イル王子は少し笑った。


「だがアルズ=アルムの第一王子、イルが祈ろう。汝のエィラと当のエィラに。そして汝と、汝の勇敢ゆうかんな騎士にかけ祈ろう。汝らを守りぬくことを。いや、これは祈りではなく、当が果たすべき誓いである。そして出来うれば、当自身の生命も守ると」

 そう言うと、こん、とエィラ同士を軽く打ち合わせた。


 ──きらきら。  


 その衝撃に、イル王子のヒビ割れたエィラが細かいかけらをわたしのエィラに降らせた。

 ……きれい。外灯の光に反射し、きらきら光りながら降り注ぐ、エィラのかけら。 

 まるで、水晶のシャワーみたい。こんなときなのに、すごくきれい。

 でも。


 わたしは止まらない涙をぬぐって、イル王子の顔を見た。

 そしたらイル王子もわたしを見て、少し安心したように笑ってくれた。

 でもイル王子は、もっときれいだ。

 そう思うのは、きっとあなたの心がきれいだから。 

 あなたの優しい心が、誰よりもきれいだと思うから。


「ねえ、イル王子。聞いてもいい? あなたの星ではみんな、恩人っていうだけで、そこまでして守ろうとするものなの?」

「それは人それぞれであろうな。民全てがそうではなかろうが、そうする者もおるのではないかの」

「じゃあ、あなたは何で?」

 わたしの言葉にイル王子はちょっとだけ、考えるような顔をした。


「……そうであるな。恩人とは申したが、汝らを守りたいのはそれだけではない」

「他にも理由があるの?」

「当は十二である」

「え?」

 突然の数字に頭の中が? になっていると、イル王子が疑問に答えてくれた。

「当の年齢だ。さっき、汝は十一と言ったであろう?」

「え。あ、うん」

 確かに言ったけど、急に何だろう。


「当星と地球の自転、つまり歳月の流れはほぼ同等でな。であるからして年齢の換算かんさんもまた、ほぼ同等といって差し支えない」

「……えっと?」

「まあ、要するにだな」

 こほん、と軽く咳払せきばらいをしてから、イル王子は言い切った。


「年下の、しかも異性をだな。守らねば、と思うのは当然ではなかろうかの。これは王子としてと言うより、その、……男子としての意地である」

「男の子の、意地……」 

「いや、その、これは当の勝手な思いであるからして、汝には関係ない。だから責任を感じる必要など全くないのだぞ? うん!」

 一気にそう言うと、イル王子は少し照れたような顔になった。


「何それ」 

 その口調と表情に、思わず吹き出してしまった。

「やっと笑ったの」

「……あ」 

 その言葉に、いつのまにか涙が止まっていたことに気づいた。


「それでよい。女子を泣かせたままでは、男子の名がすたる。いや、それよりもな」

 イル王子は指輪のエィラを握りしめ、わたしに背を向けた。

 イル王子の体が白く光り出す。

 だけどその光は、さっきよりずっと小さい。それでも、イル王子の体は空に浮いた。

 力が足りないせいか、ふらふらしているけど。


「イル王子!」

 大丈夫? と聞こうとしたとき、背中を向けていたイル王子が振り返った。

「娘! さっきの続きであるが、泣いてるよりもな!」

 さっき? それよりも、って言ったことかな。わたしはイル王子の言葉を待った。 

 すると。

「──汝には、笑顔のほうが似合う!」 

 そうとだけ言って、イル王子はヴァリマに向かって行ってしまった。


「……それは……」  

 言いかけた言葉はもう、届かないことに気づき、胸の中でだけ呟く。

 それは、あなたのほうなのに。あなたのほうが、ずっと笑顔が似合うのに。

 きゅうん、と琥珀がわたしのキュロットのすそをくわえ、引っ張る。


「……うん。わかってるよ」

 琥珀に向かってうなずく。琥珀はきっと、イル王子の言う通りにしようって言ってる。

 多分、それが一番いい。


 わたしには、何も出来ない。

 わたしは勉強もスポーツも苦手。

 ママやパパに心配させるかも、と思いながらも、ここに来ちゃうような悪い子。

 そして初めて出会った……違う星の王子様にケガをさせちゃうような、ダメな子。

 

 ……でも。

 さっき、イル王子が言ったことを思い出す。


 ──年下の、しかも異性をだな。守らねば、と思うのは当然ではなかろうかの。

 

 異性で、あなたは年上。 

 でも、それは。


 ──これは当の勝手な思いであるからして、汝には関係ない。だから責任を感じる必要など全くないのだぞ。


 そう。関係ない。あなたの年や性別、正体も関係ない。

 あなたを守りたいという、それだけの思い。

 それはわたしの……わたしだけのものだ。

 何があったって、イル王子に責任はない。


 わたしは琥珀のリードを、手放した。飼い主失格だって、怒られるかな。

 そう思って、怒っている相手を想像したけど……何でだろう? 

 その相手は何故かパパやママじゃなく、イル王子の顔をしていた。


 ……ヘンなの。

 

 思わずくすりと笑う。今夜。ついさっき。

 ほんの少し前に、会ったばかりの相手なのにね。


「琥珀。何かあったら、家まで逃げてね」

 その言葉に琥珀は、リードの先をくわえてから地面に落とし、お座りした。

 そして、わん! と返事する。

 待っているってことかな。それなら、頑張らないとね。


「うん。じゃあ、ちょっと待ってて。終わったら一緒に帰ろう。琥珀」

 琥珀の頭を軽くでて、目を閉じる。

 それから、すう、と深呼吸した。

 深呼吸はママが教えてくれた、緊張を解すおまじないだ。

 でも今の深呼吸は違う。だって、緊張なんかしていられない。


「エィラ。わたしのエィラ。聞こえる? わたしの声」

 目を開け、わたしはエィラに呼びかけた。

「あなたには、あのヴァリマを何とかする力があるんでしょ? ──願いを叶えてくれるんでしょう?」


 捧げられた祈りを聞き、望みを叶える石。

 普通は儀式を行わないと、願いが叶わないって言ってた。

 わたしのエィラは、あまり力がないって言ってた。


 だけど、そんなの知らない。

 知ってるのはただ、イル王子を助けたいって気持ちだけ。

「何でもする! わたしに出来ることなら、何でも! だから……力を貸して! イル王子を助ける力を、わたしに貸して!」

 わたしはブレスレットを。エィラを。強く握りしめた!


「……お願い……!!」

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