三番星 本当の冒険の始まり④

 そうだ。そういえば、お礼もまだ言ってない。

 そのことを、やっと思い出したとき。

「すまぬ」

 イル王子が、わたしに向かって頭を下げた。


「え、え? なんで謝るの?」

「名を呼ばぬことは、礼に反する。恩人に対し、それは失礼であろう」

「恩人って、それはこっちの……」

 言いかけて、思い出した。


 わたしが一番聞きたかったこと。

 さっき、わたしに対して言ったことを。

 ──礼として、当がなれを守ってやろうぞ。


「イル王子、あの──」

 その疑問を口にしようとして、イル王子の動きが止まってることに気づいた。

 ……ううん、違う。止まってるというより、一点をじっと見ている。

 それは、向き合ってるわたしの頭よりずっと上のほう。

 さっき、隕石が降って来た……夜空の向こう側だ。


「──娘! コハク!」

 その言葉が聞こえたと同時に、何かに頭を押さえつけられ、しゃがみ込まされた。

 あったかい。そっか。これはイル王子の手だ。

 ぼんやりそう考えたけど、それはぱきん、という軽い音と、地面に何かがめり込んだらしい重い音に、邪魔された。


「ま、また?」

 地面が揺れていた。頭をかばわれながら、重い音のしたほうに目線だけを向ける。

 そこは、わたしたちのすぐ後ろ側。ホントに一メートルもないくらいのところだ。 

 そこに穴が開いて、白い煙が上がっていた。さっきと同じように。

 

 ……これって、また。


「イル王子。また、隕石が?」

 聞こうとして、顔を上げて……気がついた。

「……あ」

 わたしと琥珀をかばっている、イル王子。

 わたしたちの頭を押さえている両腕の……左手側。

 そのひじの、ちょっとの上のほうから。

「イ、イル王子。血が……!」

 ぽたぽたと、きれいな白い服を汚しながら、血がこぼれ落ちていた。


 ──わたしと同じ、……赤い血が。


「……大したことはない。少しばかり、かすっただけだ」

 そう言って、ひざ立ちでわたしたちをかばっていたイル王子は、少し笑った。

「汝らは無事か?」

「う、うん。イル王子がかばってくれたから。琥珀は?」


 わう! と、元気に返事する琥珀。

 黒い毛皮の上、近くにある薄暗い外灯だけじゃ、琥珀の体に傷がないかまではわからない。

 でも声を聞く限り、ケガはしてないらしい。


「そうか。良か、っ……!」

 イル王子の笑顔が、痛そうにしかめられる。

「良くない! イル王子こそ痛そうじゃない!」

「……平気だ」

「平気な人の顔じゃないよ!」

 イル王子の額からは、冷や汗が浮かんでいる。血も止まらない。


「嘘ではない。エィラが、衝撃しょうげきを抑えてくれたのでな。でなければ、腕など簡単に吹き飛んでいる。それに比べたら全然平気である」

「う、腕が吹き飛ぶって!」

 その言葉にぞっとする。そんな、あっさり言うことじゃない。


「だが代わりに、エィラが無事ではないが」

 イル王子は左手の指輪を、わたしの目の前に差し出した。

 そこに付いている、透明の石。

 さっきから白い光は出ていなかったけど、──今は。


「ヒビ、入ってる……」

「うむ。いささか困ったの。とっさにエィラの力を使い、この程度で済んだが……力が回復しきっておらんかったのでな、力の行使こうしが遅れた。なので、ヴァリマ……例の隕石のことだが」

 そう言って、地面に開いた穴を指差した。


「このヴァリマが腕を掠っていった。エィラとヴァリマ、これらは元々同一の物でな。ヴァリマを精製したものがエィラなのだ。そして二つは互いに引かれあう性質がある。わかりやすく言うと、磁力のようなものか。だからヴァリマは、当のエィラに接近しようとする」

「じゃあ、わたしの石……エィラにも?」


「いや、それはない。汝のは確かに精製されたエィラだが、儀式によって継続的に力を吹き込まれておらんだろうし、見たところあまり力を感じぬ。とは言うものの、当のものと比べればであって、認識阻害にんしきそがいすべが効かぬ程度にはあるようだがな。だが少なくとも、ヴァリマを引き付けるほどの力はないであろう」

 ふう、と息をついてから、イル王子は立ち上がる。

 けれどその体は、少しふらついていた。


「イル王子、手当しないと」

「そうも言っておれん。見よ」

 イル王子が指差す空の上、そこに目を向けると。

「い、いっぱい光ってる……!」

 夜空いっぱい、ぴかぴか輝くヴァリマ。もしあれが、一斉に落ちてきたら。


 ──腕が吹き飛ぶ。


 さっきのイル王子の言葉が、頭をよぎった。

 でもそれは、腕に当たったらであって。

 ……もし。もし、頭なんかに当たったりしたら。

「立てるか?」

 イル王子が、ケガしてない右手を差し出してきた。 


 その手を取って、立ち上がろうと、

「あ、あれ? 何で?」

……したのに、上手く立てない。

 どうしてだろう。そう考えて……気づいた。足が、震えてることに。


「や、やだ、わたし……」

 気づいたあとには、何故だか涙が出てきた。

 琥珀は心配そうにきゅうん、と鳴いて、わたしの涙をぺろぺろなめる。

 そうだ。泣いてる場合じゃないのに。

 痛いのはイル王子だし、本当はわたしのほうが琥珀を守ってあげなきゃいけないのに。

 琥珀を付き合わせたのは、わたしなんだから。


「すまなかった」

「……え?」

 イル王子が、わたしに向かって頭を下げた。さっきから、イル王子は謝ってばっかりだ。

 何度も助けてくれたのに。それでケガまでしたのに。

 少しは、わたしたちを責めたっていいのに。


「……今度は、何で謝ってるの?」

「言ったであろう。ヴァリマは当のエィラを狙ってくると。当の近くに居れば、こうなるのがわかっていたはずであった。それなのに汝たちを引きとめ、危険な目にあわせた。だから……すまぬ」

「だってそれは、ナノマシンが壊れて困ってたからでしょ? 無理に引きとめられてもいないよ」 


「確かにそうなのだが……いつの間にか、当はそれを口実に汝らとの会話を楽しんでおった。だからやはり、責任は当にある」

「楽しんで、って」 

「楽しかったのだ」


 今度はケガしている手も使って、両手でわたしを立たせてくれた。

 そのせいで、イル王子の顔は痛みにしかめられる。

 その顔を見ていると……何故だろう。足の震えが治まってきた。

 そんなわたしの様子を見て、イル王子は安心したように笑った。

 それから、話を続ける。


「初めて訪れた地球。初めて会った地球人と、カイケン。良き者らで安心したし、楽しかったのだ。本当に。……まあ、もっとも」

 イル王子は、苦笑するような顔をした。

「恩人にこんなことを言うのは、失礼であるか」


「さっきから言ってるけど恩人って? そう言われるようなこと、わたし、してないよ……」 

「なんだ。自覚しておらなんだか」

 握ったままのわたしの右手に、イル王子は力を込めた。


「この手。この手を差し出してくれたではないか。素性すじょうもわからぬ当に名乗り、普通に話しかけてきてくれたではないか。独りぼっちで不安だらけの当の心から、不安をぬぐいさってくれたではないか。それが恩人でなく、何だというのだ?」

 そう言ってイル王子は、優しく笑ってくれた。

「……そんな、こと」

 何か言おうとして……言葉が途切れる。

 

 そんなことだけのために。 

 たったそれだけの行動に。

 たったそれだけの言葉に。

 

 それだけの理由で、この王子様は自分の危険も考えず、わたしたちを助けてくれた。

 ……そこまでしてもらうようなことじゃない。

 わたしがしたことなんて、全然。 


「娘」

 イル王子は、握りあったわたしたちの右手を上下に軽く振った。

「握手、というのであろう? 親愛の情を示す、地球の挨拶あいさつ。合っておったか?」

「あ……」


 上手く言葉が出なくて、ただ、うなずく。

 お礼を言うのはこっちなのに、何も言えない。何も出来ない。

 イル王子のために、何も。


 ──何も──……。


「コハク!」

 イル王子の明るい声に、沈みかけていた心が、はっと浮き上がる。

「汝にも礼を言う。握手が出来れば、したいところであるの」

 イル王子の言葉に、琥珀は右の前足を差し出した。


「うむ? はは、つくづく賢いの。汝は」

 ケガした左手で琥珀の足を取り、同じように握手する。

 けれど一瞬だけ、痛そうな声がイル王子かられた。

 わぅ……と、琥珀も心配そうな鳴き声を出す。


「そんな声を出すでない、コハク。汝は男子であろう。男子たるもの、姫君を守るべきなのだぞ」

 わたしの手を離して、イル王子は琥珀の目線までかがんだ。


「よいかコハク。当がヴァリマに向かって行ったら、姫君を連れて逃げよ。振り返らずにの。白光装置より認識阻害の波長は出ておるので、誰とも会わず宅に帰れるはずだ。頼んだぞ」

 琥珀の頭をぽんぽん、と撫でると、わたしに向き直った。


「汝もだ。今さらであるが、若い娘が夜間に出歩くものではないぞ。何かあったら、御両親が悲しむであろう。……達者でな」

 達者でって。何、その言い方。まるで、これでお別れみたいな。


 そんな……そんなの!

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