宵の明星、あるいは一番星②

 ママは天文学の研究者で、パパは写真家。

 パパは写真集も何冊か出しているし、結構、有名なんだ。

 普段はどちらが家にいて、どちらかが仕事に行く、といった生活をしている。

 もちろん、どっちも家にいるときだってあるけれど。


 友達にはそんなパパとママのことを、月花ちゃんのとこは両親そろってカッコいいお仕事だね、なんて言われることもある。


 そう言われるのは嬉しいし、わたしも誇らしくなってしまう。

 だけど……だから、考えてしまう。

 そんな二人の娘であるわたしは、将来、どんな仕事をしているのかなって。


 わたしは勉強は苦手。だけど運動は、もっと苦手。

 足も遅いし、図工や音楽、家庭科だって得意じゃない。

 通知表でいったら、だいたいどの科目も、真ん中よりちょっと下。

 悪いときは一番下。一番良い評価なんて、ほとんどお目にかかったことがない。

 そんなわたしが出来ることなんて、あるのかな。


 はぁ、とベッドの中でため息をつく。

 考えても仕方ない。

 少なくとも今わたしに出来ることは、パパとママに心配を掛けないことだ。

 

 わたしはまだ十一才だけど、二人を心配させたいなんて思うほど子供じゃない。

 二人に余計な心配を掛けてお仕事のジャマなんかしたくないし、今夜は流星群の夜だ。

 それの観測や撮影が仕事の二人が家にいないのは、仕方ない。


 寝て起きれば、パパは帰って来る。

 ママは県外の……自分の実家近くにある、天文研究所に勤めているから、仕事の契約期間が終わるまでは帰って来られないけど。


 でも、その代わりというわけじゃないけど、パパは明日からはしばらく家にいてくれる。

 だいたい、一人で留守番なんて初めてじゃないし。

 それに琥珀だっている。だから、平気。

 ……仕方のない、ことだもの。


 寝返りをうちながら、またため息をつく。

 寝付けないと、余計な考えばかりがいてくる。そして考えることは、パパとママが喜んでくれる仕事のことだ。何だろう。  

 少なくとも、研究者にも写真家にも、なれる気なんてしない。

 ……何になりたいかなんて、考えられない。


 前にパパとママにそう話したら、まだ十一才なんだから、あせって決めることないって言われた。

 だけど友達は、パティシエさんになりたいとか、美容師さんがいいとか。

 かわいい子なんか、モデルや女優さんになるんだって。

 そんな風に、将来の夢を生き生きと話してくれる。

 

 そんなことを聞くと、焦ってしまう。

 そして、いいなあ、と思ってしまう。

 わたしが変なのかなと考えてしまう。


 わたしには夢なんてないし、なりたいものが出来たとしても、叶えられると思わないもの。自信を持って、誰かに話せると思えないもの。

 ……パパとママが喜んでくれる仕事なんて、出来ると思えないもの。


 だから夢のことを聞かされたわたしは、ただ、笑って合わせる。

 パティシエ希望の子にも、美容師希望の子にも。

 そうだね、それもいいね、って。そう言って、話を合わせる。


 ──ホントはなりたいものなんて、……なれそうなものなんて、何にもないのに。

 

 寝付けず、時間だけが過ぎ、ベッドの中がわたしの体温でやっと温まってきたころ。

 ちかっと、白い光が目の端っこに映った気がした。

 ……今のは?


 思わずベッドから体を起こし、光が見えたほうに視線をやる。

 それは、ベッドのすぐ横にある出窓の方向だった。


 何だろうと思ったとき、また何度か、白い光がカーテン越しに光った。

 立ち上がってカーテンを開けたわたしは、出窓の突き出たスペースにかざってあるぬいぐるみを手でどかし、出窓に乗り移った。


 窓を開けると、また何度か白い光が星空を走り、地上に消えていくのが見えた。

 光が消えてゆくのは家の裏手側。

 この町の名前からとった、宙見そらみの丘の方向だ。

 わたしは開けた窓から慎重に体を乗り出し、光が見えた方を覗いてみた。

 

 すると。


 そこは、白い光で照らされていた。結構な明るさだ。部屋の電気を点けたとしても、わかるくらい強い光だと思う。

 さっきの光は……隕石、なのかな。

 隕石ってあんなに光るんだっけ? 

 

 ……白い……隕石。

 ──白い……石……?

 それは、……確か。


 いやいや、と頭を振り、頭に浮かんだことを追い出す。

 あんな近くに隕石が落ちたなら、すごい音がするはずだ。

 いや、音だけで済まないんじゃ。

 恐竜は隕石で絶滅したとかいう説があるって、ママから聞いたことがあるし。

 それに、と周りの道路や、近所の家を見渡しながら思う。


 何だろう。何か……ヘンだ。

 音こそしなかったけど、あんな正体不明なものが光ってたら、みんな騒ぐんじゃないだろうか。

 あれだけ光ってるのに、わたし以外気づいてないなんて……そんなこと、あるのかな。

 大人ならまだ、起きている時間だと思うのに。


 現に隣の伊藤さんちの明りは、一階も二階も点いている。なのに、気付かないなんて。

 そんなこと、ある? 気づいてるのは、……わたしだけ?

 そう考えたとたん、胸の奥から何かがこみ上げてきた。


 わたしだけ。

 誰も見てない。

 気付いていない。

 誰も……知らない。


 ──それは、とても。


 どきどきする。わくわくする。うずうずする。


 魔法みたい。急に不思議な出来事が降ってきて、どきどきが止まらない。

 まるで、わたしにだけ、魔法がかかったみたいに。

 心臓がどくどくと早く脈打って、自分でもうるさいくらい。

 何の取り柄もないわたしなのに……そのわたしだけが、この光景に気づいてる。

 こういうのは優越感、っていうのかな。……わかんない。

 でも、それだけじゃないと思う。


 あの光はわたしが……わたしがこの目で、確かめなきゃいけない気がするんだ。

 何でかって、それは。

 わたしはちらり、と手元に目をやった。


 出窓から下りて、ベッドにぽすん、と着地した。

 布団の上に座り、左手首の、宝物のブレスレットを見つめる。

 これは六才の誕生日に、ママがプレゼントしてくれたもの。

 昔、ママが冬の夜……今日みたいな流星群の夜に、星空を見ていたところ、近くに隕石が落ちたらしい。

 その次の日、明るくなってから探しに行ったら隕石のかけらを見つけ、拾ったって言ってた。

 ママが十三才のころ。今から二十五年も前の話だ。


 これが本当に隕石なのか、わたしにはわからないけど……ママはこの石をブレスレットにして、ずっと大切にしてたんだ。

 なのに、わたしにプレゼントしてくれた。

 ママの話を聞いて、ちょっと、きれいだねって言っただけなのに。


 だからそれ以来、パパにもママにも、何が欲しいとかはあんまり言わないようにしてる。

 二人とも、優しいから。

 ……大切なものでも、わたしに譲ってしまうかも知れないから。

 そう考えながら、ブレスレットを見ていると。

 

 ────ぽおっ。


 光りだした!

 透明の石が、白い光を放っている。

 丘の上の光と、同じように。

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