宵の明星、あるいは一番星③

 ……そう。これだよ。わたしが確かめなきゃと思った理由。

 

 前にも何度か、こんな風にこの石が光ったことがあった。

 それはいつも決まって、流星群の夜だけ。

 不思議だったけど、いつもほんの一瞬で、すぐに光は消えてしまっていた。

 だから、誰にも話したことはない。もちろん、パパにも。ママにも。


 だって実際に見せられなきゃ、ウソをついてるのかもって、思われるかも知れない。そんなことをしたら、嫌われるかも知れない。

 ……パパやママに嫌われるなんて、イヤだもの。


 だけど今は、光は消えたりしない。それどころか、ますます強くなっている。

 この光をパパとママに見せられたら、と思ったけど……それよりも、と考える。

 わたしのブレスレットの石が放つ光より、もっと明るいあの光。

 あれを、確かめてみたい。

 

 だってあんな不思議な現象、天文学の研究者であるママも、風景写真家のパパも、見たことがないかも知れない。

 なら、あの光を写真に撮って、パパとママに見せることが出来たら。

 ……二人とも、わたしをめて──ううん。喜んでくれる?

 

 そう思うと、じっとしていられなくなった。

 あれを見たい。確かめたい。ちょっとだけ。ほんのちょっとでいいから。

 ただ写真を撮って、帰って来るだけ。それなら、わたしにも出来るはず。


 ブレスレットを見ながら考えていると、きゅぅん、という声が聞こえた。

 顔を上げると、いつの間にか起きたのか、琥珀がそばに来ていた。わたしのベッドの手前でお座りをしてる。光に驚いたのかな。


「……うん。大丈夫だよ」

 琥珀の頭に手を伸ばす。するとぴんと立った三角の耳はわたしがでやすいよう、ぺたん、と横になった。

 その頭を撫でながら、これからのことを考える。 


 まだ、そんな遅い時間じゃない。

 誰かがいたら、あきらめるから。危ない目にわないよう、気をつけるから。

 今夜だけだから。だから。だから。

 いくつもの言い訳をして……わたしは、深呼吸した。

 そして、ぱん、と両手でほっぺを叩いた。 

 

 ──よし!


 わたしは決心した。

 ちゃんと準備をして、さっと行って、さっと撮って、さっと帰って来る! 

 誰かに会ったら、引き返す! 

 大丈夫。出来る。

 わたしでも、出来る……はず!


 電気を点け、急いで準備を始める。

 急に動き出したわたしを琥珀がきょとんとした顔で見ていた。

 とにかく、着替えないと。

 パジャマのままじゃ、さすがに外へは行けない。


 白いタートルネックのセーター、コーデュロイのチェックのキュロット。

 その下にはお気に入りの、黒地に白い星柄のタイツをいた。

 それからベッドに掛けていた、お気に入りの赤いポンチョを羽織り、同じ色のリボン型のクリップで、前を留める。


 うん、ちゃんとあったかいカッコだよね。

 髪はまだちょっと、れたまんまだけど。でも、乾かしてる時間はない。

 わたしは濡れた髪を、ピンクのリボンでポニーテールに結った。

 これもお気に入り。リボンには、これまた白い星がプリントされている。

 これだけお気に入りを見につけたら、怖くない! ……と、思う。


 そして取り出しやすいよう、キュロットのポケットにキッズ用のケータイを入れ、小さめのシルバーのサコッシュを出し、その中に停電に備えて部屋に置いてる懐中電灯を入れ、それを斜め掛けにした。


 これで大丈夫。このサコッシュには、ちゃんと防犯ベルも付いているし。

 次にパパのお古で、わたし用のデジカメも首から下げる。

 そして光ったままのブレスレットは、服のそでの中にしまった。この光のせいで、誰かに見つかると困るし。

 ……服の上からでも、ほんのりと光ってるのは見えるけど。 

 隠さないよりは、だいぶマシのはず。


 これでいいかな。

 支度を終えて、電気を消そうとしたとき。

 琥珀が、すぐ足元にいるのに気がついた。お座りして、こっちを見てる。

 連れてって欲しいのかな。

 その頭を撫でながら、言う。


「うん。琥珀も一緒に来てくれる? 眠いかも知れないけど……ごめんね」

 するとわたしの言葉に応えるかのように、琥珀は立ち上がった。

 しっぽも振ってる。琥珀は立つと、わたしの身長の半分くらいはある。


 何でも甲斐犬っていう種類の日本犬で、りょうをする勇敢な犬らしく、主人のことを守ってくれるそうだ。

 パパが知り合いのブリーダーさんからもらってきたとき、そんなことを言っていた。


 琥珀にとって、わたしは主人というより、姉弟みたいなものだと思うけど……でも、お気に入りの服に加え、いつも一緒の琥珀も一緒なら怖いものなんてない! 

 ハズ。……多分。

 

 琥珀と一緒に、そっと部屋を出る。

 まず廊下へ、そして廊下の階段から一階、それから玄関へと、電気を点けずそろそろと歩く。

 琥珀を見ると、わたしと同じようにゆっくり、なるべく爪音がしないように歩いてくれていた。


「ありがと、琥珀」

 小声で言うと、任しとけ、とでも言うかのように、小さくわぅ、と琥珀が鳴いた。

「うん。琥珀は頼りになるね」

 わたしの言葉に琥珀はしっぽをぶんぶんと振り、ごきげんな様子を表した。

 

 ようやく玄関に辿たどり着くと、手探りで琥珀の散歩用の青いハーネスとリードを探し、琥珀に装着する。

 琥珀の準備が出来たので、わたしも赤いショートブーツを履く。

 そして、下駄箱の上の家のカギを取ろうとして……ふと、下駄箱脇にあるかさ立ての中の、ブルーの傘に目がとまった。


 ちょっと考え、その傘を手にする。もちろん、家のカギも。

 音をたてないよう玄関のカギを開け、琥珀と一緒に素早く家を出た。

 そして、これまた音がなるべくしないよう、ゆっくりとカギを掛ける。

 そのカギはサコッシュに入れ、代わりに懐中電灯を取り出す。

 それから、しっかりとサコッシュのチャックを閉めた。


 ──うん。準備、オーケー。


 ブルーの傘を深く差し、琥珀のリードを持って家をあとにした。

 もちろん雨は降ってない。

 けれどこれなら、誰かに会っても顔は見えにくくなる。……と、思う。

 琥珀を知っている人に会ったら意味ないかも知れないけど、差しとくほうが怖くない。

 余計目立つかも、とも思ったけど、それは考えないようにしよう。


 わたしは顔を上げ、傘の内側を見回した。そこには、わたしの大好きな星座たちがプリントされている。

 オリオン座、こいぬ座におおいぬ座。冬の大三角と、その周辺の星たちもある。

 

 ちょうど今は、本物の冬の大三角がきれいに見える季節だけど、この傘の星座には蛍光塗料とりょうってあって、中から見上げればいつでも冬の星座たちに会える。


 この傘も、わたしの大のお気に入り。

 これはママの職場である天文研究所にパパと遊びに行ったとき、研究所に併設へいせつされたお土産コーナーで見つけた。

 すごくきれいで、じっと見てたら、パパが買ってくれた。


 だから、これもわたしの宝物。

 パパにもママにも、もらってばかり。

 だから今夜だけは、わたしが二人にプレゼントをする。


 そしたら、二人とも喜んでくれるかな。……そうだといいな。

 お気に入りをたくさん体にまとったわたしは、琥珀と一緒に走り出す。

 さあ。行こう。

 

 今夜だけの、冒険の始まりだよ。

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