星間エンカウント! ~星と王子様が降ってきた~

明日月なを

宵の明星、あるいは一番星

宵の明星、あるいは一番星①

『──こんな、星の降る夜には──……』

「魔法のような、出来事がある。……でしょ?」


 ママの言葉を引き取って、わたしは続きを口にした。

 電話口のママが、ちょっと笑っているのが聞こえた。

 言いたいことの先手を取られ、苦笑しているのかも知れない。

 別にママをやり込めたいわけじゃないけど……流星群の夜のたび何度も聞いた言葉だもの。いい加減、覚えてしまった。


『もう。こんなスーパーな夜なのに、月花つきははロマンがわからないわね』

「そんなことないよ。今も、星空は見ているんだし。……あ、また落ちたよ。これで三つ目」

 ベランダの手すり壁に寄りかかり、夜空を見つめていたわたしは、ケータイ越しに観測出来た流れ星の数を報告する。


 こっちは都心から少し離れた住宅街にある、一軒家。

 その二階のベランダから肉眼で見える数なんて、ママがいる天文研究所の、望遠鏡で観測出来る数とは比べものにならないと思うのに。

 しかも今夜は満月。

 月の光が強すぎて、何個か見落としてしまっているかも知れないし。


 ついさっきもそう言ったけど、ママが言うには、別に正確な数が知りたいわけじゃない、とのことだった。

 研究所では別の研究者さんがデータを取っているし、いまは休憩時間なので、仕事とは関係なしに、家にいるわたしと流星群の光景を共有したいそうだ。 


 それは嬉しいけど……あんまり、ママのジャマをするわけにもいかない。 

 ママは期間契約の嘱託職員しょくたくしょくいんとかいう立場の研究者だから、年中、研究所にいられるわけじゃないんだし。


「ところでママ。そろそろ、休憩も終わりじゃないの? もうすぐ十時になるよ」

 少しケータイを遠ざけ、画面に表示されている時間を確認してから伝えると、ママも慌てたように答えた。


『あ、そうね。それじゃあ月花、あったかくして寝るのよ? ……今夜は明くんもいないし、……心配だわ』

「しょうがないよ。風景写真家のパパが流星群を撮らないなんてなんて、そんなもったいないことしちゃダメだって言って、わたしが送り出したんだから」


『それは聞いたけど……。ごめんね、月花。十一才の子に、一人で留守番をさせるなんて……親、失格かな』

「そんなわけないよ。パパもママもお仕事を頑張ってるだけで、そんな二人のことを、わたしはすごいなって思ってる。それにあとは寝るだけだし、琥珀こはくもいるんだから大丈夫だってば」 


 わたしは電気を消した部屋を振り返り、月明りでかすかに見える琥珀の姿を確認した。灯りのない部屋の中にいる、真っ黒い毛の持ち主の琥珀はよく見えない。

 かろうじてわかるのは、琥珀の体の下の丸いベッドと月明りに反射する青い首輪くらいだ。


 そして、その首輪を付けた体は規則正しく、上下に揺れている。

 どうやら眠っているみたいだ。琥珀は体も大きく、毛の色も黒一色だから、犬好きの人からも怖がられたりもする。

 だけどまだ、一才の男の子。夜ふかしは苦手だ。 


 わたしだって得意なわけじゃないけど、今夜は特別。

 魔法なんてのは、さすがに信じてないけど……こんな夜は確かに、何かが起こりそうな気がする。

 待夜まちやさん、とママを呼ぶ声が、ケータイの向こうから聞こえた。

 ママを呼びに来たらしい。休憩時間は終わりみたいだ。


『交代の人が来ちゃった。……それじゃ、月花。また』

「うん。おやすみなさい。お仕事、がんばってね」

 そう言って電話を切ろうとしたとき、月花、と呼び止められた。

『……その。くれぐれも、気をつけてね。ごめんなさい』

 もう一度謝ってから、ママはおやすみなさい、と言って電話を切った。


「……ごめんなさい、か」 

 ママの言葉を、わたしは繰り返した。謝る必要なんてないのに。わたしは、わがままなんて言ったりしない。ママとパパは、いつも頑張っているのを知っているもの。 

 そんな二人のことが大好きなんだもの。だから……寂しくなくて、ない。


 通話を終えて、ケータイをパジャマのポケットにしまうと……辺りにはしんとした、静かで冷たい、冬の空気がやってきた。

 はぁ、と両手に白い息を吹きかけ、温める。寒い。

 電話中は、気にならなかったのに。

 

 夜空を見上げながら、パジャマの上から羽織った赤いポンチョを胸元でかき合わせる。

 すると胸元にやった左手首が月明かりを受け、きらりと光った。わたしは光のほうへ、視線を向ける。手首で光るのは、ママからもらったブレスレットだった。

 ううん、違う。光ったのはブレスレットじゃなく、そのブレスレットに一つだけ付いている、透明の丸い石だ。


「……くしゅん!」

 夜風がわたしの体を吹き抜け、洗い上がりでまだちゃんと乾いてない、肩まで伸びた髪をなびかせた。

 冷えた毛先が顔に当たり、その冷たさで、ますます体が冷えてゆく。


 ──そろそろ、寝ようかな。流れ星の数も、もうわかんなくなっちゃったし。

 

 星は好きだけど……魔法のようなことなんて、ホントは起こるわけがない。

 確かに流星群の夜はどこか特別な気がして、迎えるたび、何かが起こりそうな予感に胸がどきどきしていた。

 だけど一度として、魔法なんて、起こったことはない。

 ……ちょっとだけ不思議なことは、何度かあったけど。


「ね? 琥珀」

 部屋を振り返り、琥珀に話しかけた。すると大きな黒い体がむくりと動き、ふぁ、と大きなあくびをして……再び、丸くなってしまった。


 ……うん。琥珀を見習って、わたしももう寝よう。

 今夜、十二月十四日はふたご座流星群のピークで、時間的にも十時ぐらいが極大だって、ママとパパから聞いてはいるけど……星を見ていたせいで、カゼなんかひいたら何にもならない。

 自分たちがいなかったせいで、なんて、思って欲しくないし。

 

 二人ともお仕事が大好きで、その仕事に誇りをもってるんだから、娘のわたしが仕事のジャマをするわけにはいかない。

 それに、パパは肉眼で見るよりきれいな写真を撮ってきてくれるはずだし、ママも観測結果を、くわしく教えてくれるはずだ。


 まあ、二人の話は専門的すぎて、わたしなんかにはよくわからないことが多いんだけど。


 そんなことを考えながら星空に背を向け、そっと部屋に入った。

 眠っている琥珀を起こさないよう、静かにベランダの窓を閉め、カギを掛けた。

 それからポンチョを脱いで掛布団の上にかけてから、ベッドに入る。

 

 掛布団もシーツも、ひんやりと冷たい。

 けれどそれ以上に、体や乾ききっていない髪は、芯から冷え切っていた。

 そのせいか、なかなか寝付けない。


 なのでベッドで丸くなりながら、色んなことを考える。

 といっても、一人きりのときに考えるのは、大抵たいていパパとママのことだ。

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