第38話 悪魔契約

「折角来たんだ。お茶でもどうだい? じっくり話でもしようじゃないか」


 ……もしかするとこの悪魔、メルトルカはメアの呪いのことについて何か知っているかもしれない。ここはその提案に乗っておくか。


 俺はそう考えるとメルトルカが座っていたソファのテーブルを挟んだ反対側にあったソファに座った。


「……メルトルカ、あんたはなんでこんな所にいるんだ?」


 俺がそう尋ねるとメルトルカはティーカップに紅茶を注ぎながらこう言った。


「私かい? 私はだいぶ前からここに住んでいるのさ。ここはなかなか心地が良くてね、気に入っているんだ」


「……もしかしてメアが呪いに蝕まれているのはメルトルカが関係しているのか?」


 俺がそう尋ねるとメルトルカは紅茶を一口飲んでからこう言った。


「……関係していない、とは言えないね。確かに私がいることで魔王に影響が出ているのは事実だろう」


「……だったらここから出ていってくれない?」


 なんのためらいもなくそう言った俺にメルトルカは驚いたようにこう言った。


「……! ふふ、ただの人間である君が悪魔である私に指図するつもりかい?」


「確かに俺はただの人間だし、メルトルカには遠く及ばない。でも、俺はメアを呪いから解放したいんだ。そのためだったら悪魔とだって契約するさ」


 俺がそう言うとメルトルカは笑いながらこう言った。


「悪魔である私の前でよくそんなことが言えたものだね! 真裕、君はなかなか面白い人間のようだ」


「……まあ、周りに魔王やら勇者やら龍王がいるからね。今更、悪魔が出てきても怯えたりはしないよ」


 とは言っているが内心は恐怖を感じていた。だが、それ以上にメアを今の状況から開放してあげたいという思いの方が強かった。


「しかし、悪魔と契約するには代価か必要だよ? 真裕、君に何か捧げられるものはあるのかい?」


「捧げられる代価……」


 そんなもの俺が持ってる訳……いや、もしかしたらアレが代価になるかもしれない。


 俺はそう考えると一つの指輪を取り出してこう言った。


「これなんてどう? 異世界で拾ったアイテムなんだけど……」


 以前ダンジョンで拾ったスイッチリング。メルトルカが興味をひかれるようなものはこれくらいしかなかった。


「ふむ、どれどれ……」


 そう言ってメルトルカはスイッチリングを手にとって観察するとこう言った。


「……これはなかなかいい代物だね。使いようによっては非常に強力な武器になりそうだ」


「どう? 代価になるかな?」


 これ以外に俺が差し出せるようなものはない。もし駄目だったら俺にはどうすることもできないかもしれない。


「……人間の君の勇気を称してこの指輪を代価として認めよう。ただし、もう一つ条件がある」


「……俺にできることなら」


 俺がそう答えるとメルトルカは満足そうにこう言ってきた。


「真裕の精神世界に住まわせてほしい。もちろん君の体に負担はかけないようにする。それに君が困った時、一度だけ力を貸してあげよう。どうかな?」


「俺に断る選択肢なんてないよ。分かった、その条件を飲む」


「ふふ、契約成立だね」


 そう言うとメルトルカは俺に近づいてきて、吸収されるように俺の中に入っていった。


「うまくいった……のか?」


 俺がそう呟くと、次第に意識が遠のいてきて、そのまま意識を手放した。


「……ま……ろ! 真裕!」


香恋の声で目が覚めると現実世界に戻って来ていた。


「香恋……? ってことは元の世界に戻ってきたのか」


「良かったー。一時はどうなることかと思ったよー」


 ……どういう意味だろうか。精神世界でメルトルカと話している間に何かあったのだろうか。


 なんのことか分からないといった俺にネムがこう説明してくれた。


「ボクらは真裕が精神世界に行った後、その状態を維持してたんだけど~。その主導権が誰かに奪われちゃってね。こっちから一切操作できなくなっちゃったんだよ~」


 ……もしかしてメルトルカが主導権を奪ったのだろうか。ほんとに一歩間違えば大変なことになってたかもな。


「それ、もしかしてメルトルカっていう悪魔のせいかも。メアの精神世界に住んでたらしいんだ」


「え⁉ 真裕、悪魔に出会ったの⁉」


 驚きながらそう言ってくる香恋に俺は正直にこう答える。


「うん。だから交渉してメアの中から出て行ってもらった」


「悪魔と交渉って……」


 呆れたようにそう言う香恋にネムも賛同する。


「しかも魔王様の中に住んでるような悪魔でしょ~? よく交渉に乗ってくれたよね~」


「話の分かる悪魔で助かったよ」


 俺がそう言うと香恋が俺を心配するようにこう言ってきた。


「交渉って何をしたの……? 理不尽な契約を結ばされたりしてないよね?」


 俺はどこまで話したものかと少し悩んだ後でこう言った。


「まえダンジョンで手に入れた指輪あったでしょ。あれを代価に差し出したんだ。そしたら人間である君の勇気を称えるって言って代価として認めてくれたんだ」


「ほんとにそれだけ~? それで魔王様を手放すとは思えないんだけど?」


 疑いの眼差しでそう言ってくるネムに俺は誤魔化すようにこう言った。


「ほんとだって。俺は悪魔じゃないから真意は分からないけど……」


「……怪しい。真裕のことだから自分を犠牲にしても何かしそうだし~」


 俺が誤魔化そうとしても二人の追求は続く。これは本当のことを言わないと終わらないかもしれない。


「……真裕、ほんとのことを教えて。それとも私たちには話せないようなことなの……?」


 真剣な目つきでそう言われ俺は遂に折れてしまった。


 そんな顔されたら俺も本当のことを話すしかなくなるじゃないか……。


「……悪魔が俺の精神世界に住むことになった」


「「⁉」」


二人はそう驚いた後で落ち着いた様子でこう言ってきた。


「……ま~、真裕ならやりそうなことだよね~」


「……確かに精神世界に行くように言ったのは私たちだし責めれないか」


 予想外の反応に俺が逆に驚いていると香恋が笑顔でこう言ってきた。


「じゃ、真裕。ちょっとじっとしててねー」


「え? どういうこと?」


 俺が戸惑っているとネムが後ろに回り込んで俺をがっちり拘束してきた。


「大丈夫だよ~、真裕。すぐに終わるから~」


「だ、だからどういうこと……⁉」


 そう言っている間に香恋が俺の体に触れて、俺の体の中に何かを流し込んできた。この何かは以前にも経験がある。魔力が流れてくる感覚だ。


「見つけた!」


 香恋はそう言うと俺の体の中から何かを引っ張り出した。その何かは俺の中から飛び出ると床をゴロゴロと転がってからゆっくり立ち上がった。


「いたた……なかなか乱暴なことをするね」

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