第34話 愚かだろうと構わない

「ふむ、魔王殿それはどういう意味かな?」


「そのままの意味です。その結婚はネムの意思なのですか、と聞いています」


 メアがそう尋ねると、龍王は少し黙り込んだ後で、こう言った。


「もちろんだとも。【なあ、ネム?】」


 ネムに向けて放たれたその言葉には、昨日ネムから感じた魔力に似たものを感じた。しかしそれは、昨日の感覚よりも酷く嫌なものだった。


 ネムは一度深呼吸をした後で龍王に対して力強くこう言った。


「……ボクは、ボクは結婚なんて望んでない! もう、お父様の言いなりにはならない!」


 そう言い放ったネムに龍王は驚きの表情を浮かべる。


「⁉ 隷属の魔法陣が消えている……? ネム、お前まさか!」


「ふっふ~ん、そうだよ。ボクは龍族の誓いをしたんだ~。この真裕とね!」


 ネムがそう言うと俺は龍王に追い打ちをかけるようにこう言った。


「おい、あんた。実の娘を魔法で言いなりにして楽しかったか? 龍王だかなんだか知らねぇが、なんでもかんでも自分の思い通りになると思ったら大間違いだ。ネムを隷属させたこと今この場で謝れ」


 俺がそう言った次の瞬間、気がつくと目の前に龍王が移動してきていた。


「人間が、図に乗るなよ。貴様の命など我の手にかかれば一瞬で消せるのだぞ?」


「それは脅迫か? ただの人間に龍王ともあろうお方が大人げない」


 龍王の言葉通り俺は一瞬で消されてしまうような弱い存在だ。しかし、ここで引き下がる訳にはいかないのだ。


「……余程消されたいらしいな」


 龍王がそう言った次の瞬間、俺とネムの場所が入れ替わった。俺が元いた場所――ネムの方を見ると殴りかかった龍王の拳をネムが受け止めていた。


「⁉ 一体何が……?」


 もしもの時のために、以前ダンジョンで手に入れた、場所を入れ替えるアイテム、スイッチリングをネムに渡しておいたのだ。龍王クラスの相手が俺に攻撃を加えて来る時、俺では反応できない。だから反応できるであろうネムに渡すことで攻撃を防いでもらおうと考えたのだ。


「お父様~? ボクの契約者を殺そうとするなんて、許さないよ」


 ネムはそう言って龍王の溝内あたりに右ストレートをぶち込んだ。龍王はよろよろと後退し、床に片膝をついた。


「ね、ネム、いつの間にこんな力を……」


「契約してないお父様とは違うからね~」


 そうして片膝をついていた龍王の肩をメアがガッチリ掴んで威圧するような声でこう言った。


「龍王ガルゲイン……あなたは私の友人である真裕に危害を加えようとしましたね?」


「ま、待て魔王殿。今のは……」


「待ちません」


 そう言うとメアは龍王の背中を蹴り倒して、龍王を地面に這いつくばらせた。


「魔王貴様‼ このようなことが許されると思っているのか!」


「それはこちらのセリフです。真裕の言う通り謝罪を要求します」


 それに対して龍王は反抗するような目つきでこう言ってきた。


「謝罪などするものか! 貴様らは今、龍族全体を敵に回そうとしているのだぞ! 早くその足をどけろ!」


 それを聞くとメアは龍王を踏んでいた足をどけてこう言った。


「……そうですね。私が間違っていました」


 メアはそう言うと、先程龍王が提示してきた契約書をビリビリに引き裂いた。


「⁉ 何を……⁉」


「龍族との契約よりもネムの方が遥かに大切でしたね。危うく間違えるところでした」


 笑顔でそう言ったメアに龍王は立ち上がりながらこう言った。


「ふはは……本当に愚かな奴らだ。いいだろう、ネムは預けておく。だが貴様らにする謝罪はない」


 龍王はそれだけ言うと部屋を出て、一緒に連れてきたであろう龍族の兵士たちとともに異世界へと帰っていった。


「ふう、なんとかなって良かったよ」


 俺がそう言って安堵しているとネムが勢いよく抱きついてきた。


「真裕、ほんとにありがとう……ボク、まだここにいてもいいんだよね?」


 どこか不安そうにそう言ってくるネムに俺は優しくこう言った。


「うん、これからもよろしくね、ネム」


 そうして無事にネムを龍王の呪縛から開放することができたのだが、肝心の問題点は残ったままだった。少しした後、俺たちは先程の部屋でその問題点につい話し合っていた。


「……結局、龍族を敵に回しちゃったね。大丈夫……じゃないよね?」


 俺がそう尋ねるとメアは開き直ったようにこう言った。


「確かに頭を抱える問題ではありますが……ネムを失いたくはありませんでしたから」


「でもどうしよっか~。お父様、絶対、報復にくるよ~?」


 もしも龍王が武力での報復に出たのならば俺にできることはないと言ってもいいだろう。協力はしたいが、むしろ足手纏いになってしまいそうだ。


 そうやって話していると部屋の扉が勢いよく開いた。そこにあったのは香恋の姿だった。


「やっほー、そっちは上手くやったみたいだねー」


「? どういうこと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る