第32話 本当の気持ち
「ネムを、政略結婚させるために連れ戻しに来る、と」
「「「⁉」」」
政略結婚って……親とかが自分の利益のために無理やり結婚させることだよな? 確かに、異世界にいる龍族間で政略結婚があっても不思議じゃないか。ましてやネムは龍王の娘なのだからそういったことに巻き込まれる可能性は十分あるだろう。
「せ、政略結婚って……メア、どうにかならないの?」
なんにせよ折角ネムとも仲良くなってきたのに、離れ離れになるのは嫌だった。自分勝手なことだとは分かっているが、可能ならばその政略結婚をやめさせたかった。
「……どうにかしたいのですが、龍王の力は強大で、魔王である私も迂闊に手が出せないんです」
それに追い打ちをかけるように香恋もこう言ってきた。
「だよねー。さすがの私も龍王には手が出せないねー……」
「そんな……」
魔王であるメア、勇者である香恋。二人共が龍王に手を出せないとなると、俺にできることなんて……。
そう沈んでいると、ネムがいつもどおりの様子でこう言ってきた。
「みんな、そんなに暗い顔しないでよ~。ボクは大丈夫だから。むしろ今までここにいれたことがラッキーだったよね~」
しかし、その表情にはどこか影が潜んでいるような気がした。
「……それで、龍王はいつ来るの?」
真剣な表情でそう尋ねる香恋にメアは少し答えにくそうにこう答えた。
「……明日です」
「あ、明日って……急過ぎない⁉」
俺はメアの言葉に思わずそう言ってしまう。
「こちらに準備をさせないためでしょう。ネムを確実に手に入れるため、龍族からの支援に関する契約まで持ち出して来ましたから」
魔王であるメアが手を出せない相手である龍王たち、龍族の支援は何も知らない俺でも重要なものなのだと分かる。ネムを渡さなければ龍族からの支援はなしだ、ということなのだろう。
「……お父様らしいね」
そう呟いたネムの声は酷く暗く、重たいものだった。
その日の夜、俺は自室で一人、頭を抱えていた。しかし、いくら考えてもいい案は浮かばない。当然だ。なんの力も持っていない俺が、龍王の政略結婚を防げるはずがないのだ。
俺は一つ、ため息をつくと仰向けでベッドに倒れ込んだ。
「……どうすればいいんだ。そもそもネムは政略結婚に納得しているのか……?」
問題はそこなのだ。仮にネムが政略結婚を受け入れているというのであれば、俺には介入する権利なんてものはない。だが、俺はネムが納得しているとはとても思えなかった。
「……本人に聞いてみるか」
素直に本心を話してくれるとは思えないが、聞いてみないことには仕方がない。
そう思った俺はネムの部屋に向かった。部屋の扉をノックしようとした時、中からすすり泣くような声が聞こえてきた。俺は一度深呼吸をしてから扉をノックした。
「ネム、今大丈夫?」
「ま、真裕⁉ ちょ、ちょっと待って」
中から聞こえてきたネムの声はどこか震えているようだった。少しして、中からネムが出てきた。
「どうしたの~? もしかしてボクが恋しくなっちゃった~?」
いつも通りの様子でからかってくるネムだったが、俺はそんなネムの目の周りが赤くなっていることを見逃さなかった。
「……そうだね。ちょっとネムが恋しくなったんだ」
「……! そ、そう言われるとボクも照れちゃうな~」
俺はこの時点で既にネムが政略結婚に納得などしていないことを確信していた。だが、それを本人の口から言わせる必要がある。それで初めて俺はこの問題に対して動けるようになるのだ。ネム本人が言ってくれないと、どこまでいっても俺の憶測になってしまうからだ。
「ちょっと、話したいんだけど……いい?」
「……いいよ」
そうして俺たちは隣り合うようにベッドに腰掛けた。
「……ネム。俺、みんなと出会ってほんとに良かったと思ってるんだ」
俺がそう言うと、ネムは震えた声でこう言ってきた。
「……ボクもそうだよ。ボクも……」
「これからも楽しいことがいっぱいありそうだよね。でも……」
俺は一呼吸置くと、真剣な表情でネムにこう伝えた。
「でも、そこにはネムがいないと駄目なんだ。俺はもっとネムと一緒にいたい」
もっと別の言葉もあったかもしれない。でも、今の俺にはこの言葉しか、ただ、正直な俺の気持ちを伝えることしかできなかった。
俺がそう言うと、ネムの瞳から、ダムが決壊したように大粒の涙があふれ出した。次の瞬間、ネムは泣きじゃくりながら俺の胸元に飛び込んできた。
「……ボクも。ボクもみんなと、真裕と一緒にいたい! お父様の決めた政略結婚なんて嫌だよ……!」
俺はあふれ出したネムの本心を受け止めるように背中をさすった。
「絶対俺がなんとかしてみせる。だからネムのこと、もっと聞かせてくれ」
龍王と戦って勝つには武力ではなく言葉の力でねじ伏せる必要がある。そのためにはネムや龍王に関しての情報が圧倒的に足りていなかった。
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