第31話 全部不可抗力
「あ、その、ごめん」
「ひゅ~、真裕、大胆だね~」
そう、倒れた表紙にネムを巻き込んで押し倒したような形になってしまったのだ。俺が急いでネムから離れ、背を向けて立ち上がると、言い訳をするようにこう言った。
「い、今のは不可抗力というか、その、たまたま転んだだけで……」
俺がそんなことを言っていると、ネムが後ろから抱きつくような形で前に手を回してきた。
「ちょ、ネム⁉」
「全く、真裕はしょうがないな~。いくらボクが魅力的だからってこんなに大胆なことするなんて~」
そう言って体を触ってくるネムに俺は心臓の高鳴りを抑えられなかった。
「ご、誤解だって。確かにネムは魅力的だけど、俺はそんなつもりじゃ……」
「……ボクはいつだって準備できてるのにな~」
ネムのその言葉はほぼパニック状態になっている俺にとっては意味の分からないものだった。
そんなことをしていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
……! こんな状態を誰かに見られたら色々大変なことになる。
そう確信した俺はほとんどパニック状態の思考を巡らせ、ネムの腕を引っ張って先程の用具入れの中に隠れた。
用具入れの中に隠れた瞬間、俺は事態が更に悪化していることに気がついてしまった。
「なんでここに入ったの~?」
「い、いやとっさに……」
そう言っていると部屋の扉が開いたとともにこんな声が聞こえてきた。
「……? 二人はここにいると思ったのですが……どこに行ったのでしょうか……?」
……まずい、もし、このままこの用具入れが開けられたら間違いなくまずい。
その考えはネムも同じようで、二人揃って息を潜めていた。少しすると、部屋の扉が閉じた音と、遠のいていく足音が聞こえてきた。
「ふう、なんとかなった」
そう言って安心して用具入れに体重を預けた瞬間、少しの浮遊感とともに、重力の向きが変わった。どうやら用具入れが倒れてしまったようだ。
「……どうしよう。これ、完全に閉じ込められたよね」
「そうだね~……この体制だとこの用具入れは壊せないし~」
口調はいつものふわふわしたものだったが、ネムの表情にはあまり余裕が感じられなかった。
狭い密室空間に美少女と二人きり、そう意識してしまえばしまうほど、俺の鼓動は早くなっていった。
「……真裕~、心臓がドキドキしてるね~。ボクと二人きりがそんなに緊張する?」
「……誰だって緊張すると思うけど」
こんな美少女とこんな狭い場所に密着しているなんて、ドキドキしない訳がない。
少しの沈黙の後、ネムがこんなことを呟いた。
「……この際だし、やっぱりボクがもらっちゃってもいいよね……?」
「それってどういう……」
俺がネムの言葉に戸惑っているとネムが俺の胸元に飛び込むように抱きついてきた。
「……⁉ ネム⁉ 何を……」
「何をって~、これからするんだよ~?」
そう言ってネムはゆっくりと俺に顔を近づけてきた。なんとか動こうとするが、ネムの力で押さえつけられる。
その時、部屋の扉が勢いよく開けられた音とともにこんな声が聞こえてきた。
「あれー? ここにいるって聞いてたんだけど……ってか用具入れ、倒れてるじゃん」
聞こえてきたのは香恋の声だった。香恋の力によって用具入れは元に戻されたようで、ここから脱出できるようになった。
「……他の場所にいるのかなー」
そう言って香恋もこの部屋を出ていったようだった。香恋が出ていった後、俺たちは顔を見合わせて用具入れから抜け出した。
「ふー、暑かった。香恋が来てくれて助かったよ」
「……もう少し後で来てくれれば良かったのに~」
ネムは不満そうにそう言うと、続けてこう言った。
「ま~、いっか。さ、真裕~、仕事を再開しよ~!」
「……?」
そう言えば先程の言葉の意味は結局なんだったのだろうか……考えても分からないし、考えないでおくか。先程のことがバレないように仕事もしっかりしないとな。
そんなことがありつつも、俺たちは無事に書類を移動させてメアの仕事部屋に向かった。部屋に入るとそこにはメアの他に香恋の姿もあった。
「書類の移動終わったよ」
「お疲れ様です。私は急な謁見が入ってしまったので、二人は香恋と一緒にここで待機していてください。謁見が終わったら休憩にしますので」
メアはそれだけ言うと足早に部屋を後にした。
「急な謁見なんて珍しいね~。相手は誰なの~?」
ネムがそう尋ねると、香恋がこう答えた。
「龍族の使いらしいけど……なんでこんなタイミングで来たんだろ」
「ッ! も、もしかしてお父様が……?」
動揺した様子のネムを見て俺はこう尋ねた。
「龍族……ネムの同族の人が謁見に来てるの?」
そうだとしてネムはなぜこんなにも動揺しているのだろうか。
「そうだねー。そっか、真裕は知らないんだっけ、ネムの父親が龍王ガルゲインってこと」
「え⁉ 龍王って龍族の王様ってことだよね……? ネムのお父さんってそんなすごい人だったんだ……」
でも確かに、ネムって魔王軍の中でもメアの右腕って感じのポジションだし、父親が龍王でもなんの違和感もないな。
「そうだよ~、ボクって結構すごいでしょ~。ま、お父様、龍族のみんなからあんまり好かれてないけど……」
そう言ってドヤ顔をしてくるネムに先程の動揺した様子はなかった。
「結構っていうか、だいぶすごいよ。まあ、ネムは龍王がどうとか関係なくすごいと思うけど」
正直なところ、俺から見ればドラゴンというだけで別次元の存在なので父親が龍王でもそれほど関係はない。そもそも、それを今更知ったところでネムはネムだしな。
その後も、龍王の話を色々聞かせてもらっていると、メアが部屋に戻ってきた。
「あ、メア、おかえり」
俺がそう言うとメアは焦った様子でこう言ってきた。
「た、大変です! 龍王ガルゲインがネムを……!」
「ネムを……?」
俺がそう尋ねると、メアは一拍置いてからこう言った。
「ネムを、政略結婚させるために連れ戻しに来る、と」
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