第26話 魔王城でお仕事
「……何もしてないです」
俺が弱々しい声でそう言うと、少しの静寂の後、香恋がこう言ってきた。
「そうなの⁉ ちょうどいいじゃん!」
「そ~だよ魔王様。真裕のためにもなるしさ~」
ちょうどいい……? 俺のためになる……? 一体なんの話をしているのだろうか。
「……え? どういうこと?」
てっきりドン引きされると思っていたのだが、みんなの反応は俺の予想を裏切るものだった。
「こほん……そ、そういうことでしたら。真裕、よければ魔王城で働きませんか?」
「え? ほんとにどういうこと……?」
魔王城で働く……? ここで、働く……?
俺がそう困惑しているとネムがこう説明してくれた。
「さっき少し相談してたんだよね~。その方がもっと一緒にいられるってね~」
「そーそー、私もよくここに来るし、職場が一緒の方が予定合わせやすいじゃん?」
「そういうことです。真裕がどこにも属していないのなら、ためらう必要もなくなりました。どうですか? ここで一緒に働きませんか?」
まだ完全に状況が飲み込めていない俺だったが、魅力的な提案だと感じる一方、魔王城で働く不安も感じていた。
「……ほんとに? 俺、魔王城で働ける自信ないんだけど……」
普通の仕事もしたことのない人間がいきなり魔王城で働くことなどできるのだろうか。
「大丈夫です! 真裕ならきっと働けます!」
そう言ってくるメアの顔はとびきりの笑顔だった。
その後、話がどんどんと進んでいき、次の週から俺は魔王城で働くこととなった。家から魔王城へ通うのは大変なので魔王城に部屋をもらえることになった。両親にも説明して、荷物をまとめて俺は魔王城へ引っ越した。さすがに両親に魔王城で働くとは言えなかったが、俺が働くことが決まったというと素直に祝福してくれた。
そして仕事が始まる前日、魔王城の自室で俺はベッドの中に入って考え事をしていた。
明日から、魔王城で仕事……俺は夢を見ているのではないのだろうか。このまま眠ってしまえば前のようないつもの現実に引き戻されてしまうのではないだろうか。そんな不安が俺の頭から離れなかった。
「……寝れないな」
そう言って体を起こした時だった、部屋にメアが入ってきた。
「す、すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや、ちょうど眠れなかったところ」
俺がそう答えると、メアはこちらに来て、ベッドに座った。
「明日からの仕事が不安ですか?」
「……まあ、確かに少し不安かもね」
寝れない原因の一つにそのことはあるだろうが、俺の根本的な不安はそこではなかった。するとメアが俺の手に手を重ねてきた。その手は暖かく、心の中まですっと入ってきた気がした。
「真裕、私はどこにも行きませんよ」
「っ……! ……メアって俺の心が読めるの?」
まさに心を読まれた気分だった、間違いなく俺の本心を撃ち抜いた一撃だった。
「ふふっ、当たりですか。魔王様にはお見通し、です!」
メアはそう言うと顔をこちらに近づけてきた。
「ちょ、メア⁉」
「じっとしていてください、これは魔王命令ですよ」
優しい声でそう言うとメアは俺のおでこにおでこを合わせてきた。
「大丈夫です。ですから安心して眠ってください」
すると俺の意識が急に朦朧としてきた。
これは、前にネムにかけてもらった眠れる魔法……。
そう思った瞬間には、もう意識を手放していた。
「おやすみなさい、真裕」
翌日。俺は穏やかな気持ちで目を覚ました。体を起こし、一つ大きなあくびをしてからふと、自分の横に目をやった。そこにはなぜかネムの姿があった。
……うん。最近、美少女が横で寝ていることが増えたような気がする。でもさすがに慣れてきたぞ。まあ、慣れただけでまだ少しドキドキするけど……。
「ネム、ネム。起きて、朝だよ」
俺がそう言って起こすとネムはゆっくりと起き上がってこう言ってきた。
「ふわ~……おはよ~、真裕。今日もいい朝だね~」
「……うん、いい朝なんだけどさ。なんで俺の隣で寝てたの?」
そう、俺は昨日、メアの魔法で眠りに落ちたのだ。メアが寝ているのなら百歩譲ってまだ分かるが、なぜネムが横で寝ていたのだろうか。
「真裕を起こしに来たんだけど~、真裕が気持ち良さそうに寝てるのを見てたら、ボクも一緒に寝たくなっちゃったんだよね~」
「なるほど……って、ネムが起こしに来たってことはもしかしてもう仕事始まってる⁉」
ネムが起こしに来てから時間も経っているだろうし、その可能性は十分にありえるだろう。初日から仕事に遅れるのは色々まずいような気がする。いや、普通にまずい。
そう言って慌てる俺にネムはいつものふわふわした声でこう言ってきた。
「大丈夫大丈夫~。真裕はボクが仕事を見ることになってるから~、そんなに慌てなくても大丈夫だよ~?」
「そ、そうなんだ。っていうか仕事ってどんなことするの?」
今の今まで何も聞かされていなかったが、魔王城の仕事とは一体どんなものなのだろうか。
「そうだね~、今日は魔王様が片付ける書類の整理とかかな~。結構、量あるから大変だよ~?」
「書類の整理……まだ、俺にもできそうだな。ネムの言う結構がどの程度かは分からないけど」
過酷な肉体労働とかだったら俺は一日目で撃沈することになっていたかもしれないし、まだ、書類の整理で助かった。
「それじゃあ、そろそろ行こっか~。このまま寝てたら魔王様に怒られちゃうからね~」
そうして俺はネムに案内されて書類があるという部屋に向かった。部屋の中に入るとそこには、想像より何倍も多い書類の山がいたるところに置かれていた。
「これは……なかなか骨が折れそうだね」
「ボクがやり方を教えていくから~、一緒に頑張ろ~!」
そう言ったネムだったのだが、死んだ目をしていたのは俺の気のせいだろうか。
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