第8話 君は魔王か友達か

「だ、大丈夫だから。とりあえず一緒に片付けよっか」


「はい……」


 そう言って俺たちは部屋に散らかったアイテムを亜空間の中に片付けて行った。


「はあ、私ってなんでいつもこうなんでしょうか……」


「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。別に怪我をした訳じゃないし」


「うう、ほんとにすみません……」


 そう言ってメアさんはうなだれながらアイテムを一つずつ亜空間へ収納していく。


「メアさん、これちょっと重いから手伝って……」


 そう言ってメアさんの方へ視線を向けた時だった、つまずいてしまったのか、メアさんがこっちの方向へ倒れ込んで来たのだ。


 俺は反射的にメアさんの体を受け止めるが、受け止めきれずにそのまま尻もちをついてしまった。


「いてて……」


 尻もちをついた俺の胸に寄りかかるように、密着するメアさんにしばらく思考停止していた俺だったが、今の状況を認識すると鼓動が早くなっていった。


ふんわりとメアさんから香るいい匂いが鼻を刺激する。メアさんの体は思っていたよりも小さく思わず撫でたくなるようなそんな感覚に襲われる。

 

俺が思わず手を伸ばしそうになった瞬間にメアさんが慌てながら離れてこう言った。


「す、すみません。私、つまずいて……」


 若干早口なメアさんに俺も同じように早口でこう返答する。


「い、いや大丈夫だよ。それより怪我とかない?」


「だ、大丈夫です」


 少しの静寂が訪れた後、俺はこう口を開いた。


「か、片付けの続きしようか」


「そ、そうですね。今度はつまずかないように気をつけます……」


 そうして片付けを再開した俺だったが、先程のメアさんの柔らかい感触が俺を動揺させ続けるのだった。


 そんなことがありつつも、片付けを続け、気がつけば時刻は夕方になっていた。


「ふう、とりあえずは片付いたね」


「そうですね……ステラさん、ほんとにすみません。私のせいでこんなことになって……」


 そう言ってうつむくメアさんに俺は励ますようにこう言った。


「はは、気にしなくてもいいよ。それに、元はといえば俺のために魔剣を出してくれた訳だし」


「そう言っていただけるとありがたいです……」


 俺の言葉のおかげかメアさんは少し明るい表情になってそう言った。


「それじゃ、今日はもう夕方だし解散しよっか」


「そ、そうですね。また今度遊びましょう」


 玄関から外に出た俺はメアさんに向かってこう言った。


「今日は雨が降るらしいから気をつけてね」


「大丈夫です。傘なら持ってますから」


 俺はそう言って傘を亜空間から取り出したメアさんを見送った後で自室に戻った。静かになった自室に若干の寂しさを覚えながらも俺はベッドに寝転んだ。


「今日は楽しかったな……」


 そう言って横向きになると、視線の先に見に覚えのないものが落ちていた。


「……? なんだあれ」


俺が立ち上がってそれを拾うと、その正体は一枚のプレートのようなものだった。プレートには名前らしきものが刻まれていた。


「……メアリア・シャルティール? メアリア……もしかしてメアさんのものかな?」


 しかし、この名前どこかで聞いたことがあるような……?


 俺はそう思うと良くないとは思いながらもネットでこの名前を検索してみた。


「……魔王、メアリア・シャルティール。もしかしてメアさんって……まさかね」


そう言って立ち上がろうとした時手が滑ってプレートを床に落としてしまった。その衝撃でプレートから光が漏れ、そこから一つのペンダントのようなものが出てきた。


 俺はそのペンダントを拾うとじっくりと眺める。


「これって、魔王様が持ってるペンダント……?」


 先ほど検索している中で見つけた情報の中に魔王様が持っているペンダントの記述があった。このペンダントはその特徴とぴったり合致する見た目をしているのだ。


「じゃあ、メアさんは本当に……?」


 俺が頭の中で今までを振り返ると、メアさんが魔王であることがどんどん濃厚になっていく。信じられないような事実に俺は思考を放棄しそうになる。そんな時、スマホにメッセージが届いた。


「メアさんからだ……」


『すみません。そちらに忘れ物をしていませんでしたか?』


 俺は一瞬迷ったが、すぐさまこう返答した。


『もしかしてプレートみたいなやつ?』


『はい。やっぱり忘れてたみたいですね。今からそちらに向かってもよろしいでしょうか?』


『いいよ。待ってるね』


 そう返信し終えると俺はメアさんのペンダントをしばらく無言で眺めるのだった。


 家の外でメアさんを待っているとぽつぽつと小雨が降り出した。そんな時、メアさんの姿が見える。


「すみません。待たせましたよね」


「別にいいよ。それとプレートの他にこれも落ちてたんだけど……」


 そう言って俺はプレートとともにペンダントを渡した。


「あ、ありがとうございます。これも私のです」


 そう言って安心した様子のメアさんに俺は呟くようにこう尋ねた。


「メアさん……メアさんは――魔王様なの?」


 俺がそう尋ねるとメアさんは驚いたような表情をしてこう言った。


「……気づいてしまったんですね。私としたことが、まさか忘れ物で気がつかれるなんて……」


 次第に雨が強くなっていく。だが、そんなことも気にせずに俺は静かにこう言った。


「メアさん。本当に魔王様なんだね……」


「そうです。私は魔王、メアリア・シャルティールです。今まで隠しててすみませんでした……」


 不安そうな表情でそう謝ってくるメアさんに俺は覚悟を決めてこう言った。


「……メアさん。魔王様が俺なんかとつるんでたんじゃまずいんじゃないのか? 明らかに俺とメアさんは……不釣り合いだ」


 住む世界が違う。魔王様であるメアさんがこんな俺なんかと一緒にいたら駄目になってしまう。メアさんとの関係はこれまでにするべきだ。


 俺がそう言うとメアさんは少し黙った後でこう訴えてきた。


「……ステラさん。あなたも……あなたも私を魔王としか見てくれないんですか!! 私とあなたは友達じゃなかったんですか!!」


「それは……でも、俺は魔王様の側にいていい人間なんかじゃないし……」


 その言葉を聞いてメアさんは怒ったようにこう言った。


「……もう知りません! あなただけは違うと思っていたのに!!」


 そう言って走り去っていったメアさんの横顔はどこか悲しげだった。


「……これで良かったんだ。良かったんだよ……」


 激しく雨が降る中、俺はびしょ濡れになりながら無意識に顔を歪めているのだった。

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