第44話

 ♦︎


 始業式の朝。いつもの場所で文月と待ち合わせをする。

「おはよう、ヒーコ」

「おはよう、文月」

「死ななかったでしょ」

 わたしは文月の手を握る。

「ずっと、死なないで」

 わたしたちは手を繋いだまま、学校に向かった。


 教室に入る。

「おはよう、エミリー」

「ふん、本当にバカだよ」

 エミリーは机に腰をかけ、長い髪をかき上げる。すぐに仲間との会話に興じる。

 わたしは自分の席に着く。

 谷川くんはまだやって来ない。


 始業のチャイムが鳴る。それでも谷川くんはやって来ない。

 一気に血の気が引く。

 彼の机だけが空いている。

 彼に返すはずのハンカチを握りしめる。それはたちまち汗まみれになる。背筋がずっと寒い。

 谷川くんの机が空席のまま、ついに萩原先生が教室に入ってきた。わたしは顔面蒼白になっていたと思う。

「まずはみなさんにお知らせがあります」

 先生が咳払いをする。

「谷川の席が空いていますが、実は彼はお父様の転勤の都合で香港に引越しをしました。急なことでしたので、挨拶できないままでの出発となりました。彼から手紙を預かったので読みます。

『2年B組のみなさん。突然の別れとなり、今は悲しい気持ちでいっぱいです。何人かの友達には会えましたが、挨拶もできずに旅立つこと、ごめんなさい。

 楽しい高校生活でした。これから香港で頑張ります。みなさんもお元気で。


 あ、それと、決して死んだりしていないので、香港に写真を撮りに遊びに来てくださいね』」


 勘のいいエミリーがこちらを向く。わたしはうなずく。怖い表情で睨むエミリー。

 わたしは、エミリーに向かって言う。

「わたし、香港にゆく」

「えっ!?」

 クラスから驚きの声があがる。あ、もしかしてわたし、しまった、かも。

「ヒュー。なにそれ。ヒーコ、谷川と付き合ってたの?」

「あ、あ、いやそんなんじゃなくて。谷川くんが生きているのを確かめるって言うか、あー、違うんだって。ちょっと、エミリー助けてよ!」

 エミリーは笑っている。文月もわたしを指差して、片目をつぶって笑う。

 悔しいわたしは、カメラを取り出してエミリーを、文月を写す。舌を出すエミリー。ピースサインをする文月。

 おい、今は部活の時間じゃないぞ、と萩原先生の声。わたしは手をあげて、立ち上がる。

「先生、わたしクラスの集合写真を撮って谷川くんに送りたいんですけど!」

 お、いいじゃんと声があがる。たちまちクラスメイトが黒板の前に集まる。困惑している萩原先生を真ん中に寄せる。

 エミリーが声をかける。

「Say cheese!」

「チーーーーズ!」

 カシャン。

「ヒーコも入れえ」

 萩原先生にカメラを渡す。わたしが声をかける。

「Say cheese!」

「チーーーーズ!」

 カシャン。

 湧き上がる笑い声。

 教室の窓から見える空は抜けるように青い。雲は白く群がっている。

 わたしは空に手をかざす。青白い手の甲。撮影の時には、エミリーみたいな手袋をつけたいな、と思う。

 わたしはその空と雲を見つめながら考える。今日の写真を現像して、海の向こうと雲の向こうに届けたい。たくさんの光を描いてアップするよ。

 先生からわたしのカメラを受け取る。

 カメラを構え、ファインダーで雲の上を覗く。

 カシャン。

 わたしはこれから、何万回もシャッターを切る。


 <おわり>

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マジックアワー 石川葉 @tecona

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