第42話
「わあ!」
一面の夕焼け空。その下には学校から見る景色とは思えない光景が広がっていた。3階の窓から見える風景ともまるで違う。360度のパノラマ。背後には山があり、右手には川が流れ、左手の開けたところには街のビルがブロックのようにいくつも並んでいる。
風がわんわんとうなっている。ひぐらしの声がそれに翻弄されるように低くなり、時折、高くなって辺りをおおっている。
夕闇が迫り、街にぽつぽつと明かりが灯るのが分かる。わたしが目配せをすれば、スイッチを入れたみたいに、次から次へと光が灯る。
「マジックアワーだ」
萩原先生がわたしたちの背中に声をかける。
「夕闇が迫るこの時間、シャッターさえ切れば、誰でも美しい写真を撮ることができる。さあ、若者よ、夢中になって撮影するんだ」
すでに斉藤先輩は街の方を向いてシャッターを切っている。蜂飼くんは、いつもより数倍大きく見える山を丁寧に撮影している。
わたしは、彼らを含めた風景を、ただ淡々と心に刻む。
マジックアワー。マダムの庭でクロアゲハを撮影した日、あの時間。あれは確かにマジックアワーだった。
「ただの夕暮れにするか、魔法の時間にするか、それは君たち次第だ。どう撮影したって美しくなる瞬間は君たちの人生に必ずやってくる。一流のマジシャンが見せる最高のイリュージョンを捕まえて写すんだ。その時間はわずかだ、チャンスを逃すな。寝ぼけまなこじゃ最高の瞬間をとらえきれないぞ」
屋上をゴウゴウと風が吹き抜ける。
「だけど、もうひとつ大事なことがある。うまく撮れなかったからといってあきらめるな。毎日、日は沈む。魔法をかけよと、明日も夕暮れが誘ってくれる」
わたしは夜を纏いはじめた空を見上げる。今、心に刻んだ風景を雲の上にアップしようと試みる。でも、それは強い風に吹かれてすぐに散り散りになってしまう。
それでも、写真なら、風に破かれたりはしない。
わたし、写真を届けても、いいのかな。
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