第37話

 風が校庭の砂埃を巻き上げて吹き抜ける。ジージーという蝉の声が辺りに満ちている。

 わたしはエミリーを見送ることもそこそこに、

「さあ、次だ」

 急いで茶室に向かう。

 校舎の離れにある茶室では、制服を着た文月がひとり正座をして待っていた。靴を脱ぎ畳の上にあがる。

 わたしも正座をして

「よろしくお願いします」

 と頭を下げる。

 文月は黙って礼をする。そのたたずまいは、いつもの雰囲気と違っていた。

 そして思う。わたし、ちゃんと文月のこと撮ってあげたことなかったな。

 背筋のしゃんとした文月は、とてもよそよそしく感じられた。でも、かえってその方がよい構図を生み出した、と思う。

 エミリーの時とは違って、一枚一枚に時間をかける。文月の表情は変わらない。それでも障子を通して差し込む光が、強くなったり弱くなったりしながら、文月の顔に陰影をつける。

 狭い茶室の中の文月は、まるで一輪挿しのあやめのようだった。

 撮影が終わるとわたしは、再び正座をして深々とお辞儀をした。

「どうもありがとう、文月」

「どういたしまして、ヒーコ」

 正座して向かい合うのがなんだか気恥ずかしくてお互いに、ふふ、と笑う。

「じゃ、わたしまだ撮影が残ってるから」

「うん。わたし、死なないよ」

「うん。分かってる」

 そう、わたしもそのことを分かっている、頭ではとてもよく分かってる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る