第34話
ポートレートだって! よりによって、なんで……。
わたしは目をつぶる。両脇から、カメラを操作するピッピッという機械音が聞こえてくる。わたしもカメラを斉藤先輩に渡すために、とにかく準備をしないといけない。目を開き、カメラのスイッチを入れる。設定はマダムを撮影した時のままだ。メモすることなく、わたしはそれを消去した。
まっさらになったカメラにおでこをつける。わたし、またあなたを使うことができるかな。
わたしは蜂飼くんから渡された一眼レフカメラを首に提げ、廊下に出る。足早にトイレの個室に駆け込む。
そしてつぶやく。
「死なないって宣言したんだから、絶対に死なないでよ!」
まず最初にやったのはコックテイルのアプリを開くことだった。わたしは今日の撮影会の禁止事項をあっさりと破る。
フォロワーのアイコンをタップする。相互フォローしていればダイレクトメールを送り合うことができる。わたしはこうメールを送った。
>エミリー。今すぐ学校に来て。あなたのポートレートを撮影するから。
わたしは、そのダイレクトメッセージが既読になるのを待った。すぐに既読になる。
>いいわよ。支度するから待ってなさいよ。
>サンキュー、エミリー。早くしてね。
続けて、フィルグラのアプリを開く。文月のアイコンをタップして、ダイレクトメッセージを送る。
>文月。今すぐ学校に来て。あなたのポートレートを撮影するから。
文月の返事を待たずに、もうひとりの相互フォロワーにダイレクトメッセージを送る。
>deerくん。今すぐ学校に来て。あなたのポートレートを撮影するから。
deerくんにメールしている間に文月からの返信が入る。
>オーケー。1時間後には茶室にいるよ。
ラッキー。文月も学校に来てくれる。文月は茶道同好会に入ってる。
>サンキュー、文月。よろしく!
deerくんからは返事が来ない。
「それなら、仕方ない」
わたしはトイレの洗面台で、ゴシゴシと手を洗う。手のひらから赤みが取れるまで冷水にひたす。青白くなった手のひらをぎゅっと握る。正面の鏡を見て、よしとつぶやく。
トイレから出たわたしは廊下にしゃがみこみ、蜂飼くんのカメラを試す。彼はミラーレスではなくて一眼レフのカメラを使っている。フルサイズセンサー搭載の少し型は古いけどいいカメラだ。メーカーが違うから戸惑うところもあったけれど、とにかく絞り優先オートにして撮れば問題ない。とはいえ、シャッターを切るのは怖い。水道の蛇口や、窓、奥まで続いている廊下。無生物をいくつか収める。指先が震えているのが分かった。でも、このカメラのシャッター音がパシャン、パシャンと小気味よくて、その音は、わたしのカメラよりもちょっといいかも、と思えた。
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