第21話

 机の上に乗せる。マダムから届いた白い封筒。わたしのことを恨んでいるから、こんなにそっけない封筒なのかな。もしかしたら、マダムからの手紙じゃないのかも。そうだよね、マダムがこんな飾り気のない封筒を使うわけないもんね。

 わたしは、自分に言い聞かせるようにしてその手紙を開く。そこから出てきたのは札束!

「何これ! やばいやばいやばいよ!」

 それは1万円札の束だった。多分10万円だ。

 わたしは混乱する。なんでお金なの? 誰かに届けるのを間違って持ってきたのじゃないの?

 札束の上に乗っている手紙を読んでみる。宛名が間違っていたらいい。


 親愛なる写真家さん


 この度は、素晴らしいお写真をどうもありがとう。お約束した撮影料金をお支払いいたします。あなたが撮影してくれた写真、とっても気に入りました。また、わたしのことを撮影してくださいね。

 今度、孫もアメリカから帰ってきます。ぜひ、家族写真をあなたに撮ってもらいたい。よろしくお願いいたします。

 美味しいお茶を用意してお待ちしています。


 茨木 かな子


 読み終えて、これはやっぱりわたしに宛てられた手紙なんだろうと思う。マダムは、わたしの名前も知らないまま亡くなってしまった。そんなわたしに、しかもまだ写真を見る前に10万円も用意するなんて、お金持ちの考えることはどうかしてるよ。わたし、こんなお金、もらえない。

 わたしは封筒を握りしめて部屋を出る。ちょうどその時に、お父さんとお母さんが帰ってきた。

「どうした柊、怖い顔をして」

「お父さん、お母さん、ちょっと話を聞いて」

 リビングでわたしは、家族にこの手紙と現金を見せた。みんな驚いていた。

「わたしはお金をもらうつもりで写真を撮っていなかったから、こんな大金もらうことなんてできない」

 お父さんとお母さんはうなずいている。お兄ちゃんは腕組みをしている。

「わたしすぐに行って返してくる」

「ちょっと待って、柊」

「何、お兄ちゃん」

「僕は、そのお金、もらっていいと思う。確かに破格だけれど、実際プロが撮影したらそのくらいかかってもおかしくないし、まして遺影に使ったのだから、その金額はありだと思う」

 お兄ちゃんは、腕組みのまま下を向いて、まるで自分に言い聞かせるように話している。

「そんなこと、どうだっていい。わたしは、あの写真でお金をもらいたくない!」

 わたしは立ちあがり、その手紙を床に投げつけた。

 お兄ちゃんはびっくりした顔でわたしを見上げる。

 わたしはなんだかとても悔しくなって、涙をぽろぽろとこぼす。手で涙を拭えば、顔が血の色に染まるような気がする。

 お母さんがわたしの背中をさする。とにかくこの現金は返すことにしよう、とお父さんが言う。

 ひとしきり泣いたあと、わたしはお父さんに言う。

「すぐに、マダムの家にゆきたい」

 お父さんはうなずく。僕だけで届けようか、と言ってくれたけれど、わたしは首を振った。わたしの手で手放したかった。そうしないといつまでも封筒の重みが手のひらに残りそうだ。

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