第20話

 ♦︎


 リンゴーン。

 日曜日の午後、わたしの家のチャイムが鳴らされた。

「誰だろ。荷物かな?」

 お兄ちゃんとわたしは、リビングで見るでもないテレビをだらだらと流していた。お父さんとお母さんは映画デートだって。

「お兄ちゃん、出て」

 ソファから起き上がり、お兄ちゃんがインターフォン越しに応対する。

「どちらさまですか?」

「わたしは、茨木悠馬ゆうまと申します。高階柊さんのお宅はこちらですか?」

「えっと、少しお待ちください」

 振り向いてお兄ちゃんがわたしに尋ねる。

「柊、茨木悠馬だって、知ってる?」

「? 知らない。誰だろ。代わるね」

 わたしも起き上がり、インターフォンの受話器を取る。

「はい。高階柊ですけれど」

「茨木悠馬と申します。祖母が大変お世話になりました。お預かりしていたUSBメモリをお返しにあがりました」

 あ、マダムのお孫さんか! 

「マダムのお孫さんみたい。あがってもらってもいい?」

 お兄ちゃんはうなずいてキッチンに向かう。

「いらっしゃいませ。わざわざすみません。よかったらあがってください」

 現れたのは、長身の男子。初対面の人にこんな感想を持ったら失礼なのかもだけど、すごいイケメン。目元にシワはもちろんないけれど、目尻のキレの長さがマダム譲りだ。

「いえ、今日はここで失礼します。お借りしていたUSBメモリです。大変助かりました。参列した誰もが、遺影の写真に見惚れて、また涙を流してくださいました。わたしもあの写真を見て、とても嬉しくなりました。本当に、嘘ではなく、プロのフォトグラファーが撮影したものだと思ったのです。

 わたしは、現在、アメリカのカンザスシティーに留学しています。本当は来週から夏休みに入るので、その時に帰国する予定でしたが、急な知らせが入り、月曜日の夜に帰国しました」

 わたしは、あっと思う。

「残念ながら祖母の死に目に会うことは叶いませんでした。もちろん、棺の中の彼女に会うことはできましたけれど。本当はちゃんと会ってお別れがしたかった。

 でも、」

 悠馬さんは、わたしの目を真っ直ぐに見る。

「あなたの写真が、祖母のたたずまいをそっくりそのまま写し取っていて驚いたのです。生前の祖母がそこにいました。

 そして、これが祖母からあなたに宛てた手紙です。まだ清書する前のようで、きちんとした便箋ではないのが申し訳ないのですが、どうしてもあなたに読んでいただきたいのです」

 悠馬さんは、そう言うと、分厚い封筒をわたしに手渡してくれた。こんなに長い手紙、いったい何が書かれているんだろう。

「では、またあらためて、お友達と一緒にわたしの家にいらしてください。8月の終わり頃までは日本におりますので。

 あ、高階さんのご住所は、あなたのクラスメイトの華山さんに教えてもらいました」

「華山? あ、エミリーか。英美里さんとはお知り合いなんですか?」

「彼女、通っている教会が一緒なのです。今日のミサでお会いした時に教えてもらいました。遺影を撮影したのが、高階さんだと教えたらびっくりしていましたよ」

 ていうか、わたしもエミリーがクリスチャンだっていうことにびっくりした。

 悠馬さんは、お辞儀をして帰っていった。

「あれ、茨木さん、帰ったの」

「お兄ちゃん、ありがと。USBメモリと、この手紙を渡してくれた」

「そっか。彼、超イケメンだな」

「そうだね。線もメチャ細かったよね。確かにマダムの面影あるなあ」

「コーヒー飲むかい?」

「ありがと。でも、今はいいや」

 わたしは、手紙を読むのがとても怖かった。その封筒は、わたしの手に握られることで赤く染まるような気がした。もちろんそんなことは起きなかったけれど、ひんやりと重い封筒は、わたしに死の重さを感じさせる。死者からの手紙、と思い、しばらくその封筒を開けることができなかった。

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