第18話
次の日も雨降りだった。全身はだるく、重かったけれど、熱はなかった。
この日、お葬式のミサがあることは聞いたけれど、クリスチャンではないわたしが、どう参列したらよいかも分からなかったので、学校にゆくことにした。文月もやってきたけれど、その目は厚ぼったく、泣いて過ごしたことを物語っていた。
わたしたちはマダムの思い出を語り合う。そして、マダムのことを何にも知らないことに気がつくのだ。
お屋敷に入り込んだのは、たまたまだった。春休みの頃、わたしはもらったばかりのカメラを手に、文月と一緒に街をうろうろ歩いていた。フィルグラにいい写真をアップしたかった。その頃はフルオート、完全にカメラ任せで写真を撮っていた。でも、スマートフォンで撮る写真とはまるで違うことに驚いていた。2年生の新学期が始まったら写真部に入ることも決めていた。
「ヒーコ! すごい! 花がたっくさん咲いてる!」
「マジか! すぐゆく!」
坂の上のお屋敷の庭は、外からも少し覗くことができた。その頃は花の名前もほとんど知らなかったけれど、その庭はすごく魅力的に見えた。
「ああ、もっと近くで撮りたいね」
「あら、いいわよ」
背中から声をかけられて、わたしたちは振り向く。そこに立っていたのが、日傘をさしたマダムだった。
「今、この庭は春の花がいっぱい咲いています。そのほとんどが球根ね。ムスカリ、フクジュソウ、クリスマスローズ。チューリップもそうだわ。中でもムスカリやフクジュソウはスプリングエフェメラルと呼ばれている花なの」
「スプリング、……」
「エフェメラル。儚いものという意味よ。春先に一瞬、彩ってみせる。とても可憐な花たち。わたくしは、そういう花が大好きよ」
花の話をするマダムは本当に嬉しそうで、その頰は、ほんのり赤い。
花は季節ごとに植え替えて、春の後半にはバタフライガーデンを作ると言っていた。バタフライガーデンとは、文字通り蝶の集まる庭のこと。だから、あの夕暮れの時、クロアゲハが群がる写真を撮ることができたのだ。
「ブットレアやバーベナ。そういう蝶の好む花を植えています。たくさんの蝶が飛び交うお庭。それがわたくしの理想の庭づくりです。セリやカラタチの木も植樹しているから、卵も産んでくれる。夏が待ち遠しいわ」
眩しそうに庭を見つめたマダム。でも彼女はその夏を迎えることなく、亡くなってしまった。娘さんが、天に召された、と言っていた。本当にそういうのがぴったりするほど、美しい人だった。
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