第17話

 わたしはびっくりして、目から涙が勝手にあふれ出してきた。

「あの、はい。もちろんです。この写真はマダムに差し上げるつもりでしたし。あ、データもあるので、それもお渡しします」

 わたしは、慌ててデータの入ったUSBメモリも渡す。

「ありがとう。葬儀屋さんに頼むから、データがあるのは助かるわ。あなたがたも急なことで驚いたでしょう」

 そう言って、わたしと文月にそれぞれハンカチを渡してくれる。文月も泣いていた。

「通夜式は、神父さんが来てくださるの。教会の信徒の方も来てくださってお手伝いいただいています。義母は、もう棺に入れられているのね。だから、もしよかったら、会って花を手向けてはくれないかしら」

 わたしたちは、呆然とした心持ちで、屋敷の中を歩いていた。ずいぶん長い廊下を歩いた。その突き当たりの広間に棺は安置されていた。

「棺の蓋を開けてくださるかしら」

 近くにいた喪服を着た人たちが素早く棺の蓋を開けてくれる。

「お義母さま。あなたのお友達が会いに来てくれましたよ。ほら、こんなに素敵な写真を撮ってくださった。

 さあ、この花を手向けてください」

 わたしたちは、ぼろぼろと涙をこぼしながら、マダムの顔を見つめる。相変わらず凛とした表情で、美しかった。でもマダムは完全に眠っていた。絶対にわたしたちに見せないものを見せている。

わたしたちは、それぞれ白い薔薇を一輪、顔のそばにうずめた。

「どうもありがとう。肖像写真については、あらためてご連絡します。義母からちゃんと言付けされていますので。近いうちに遊びにいらして」

 わたしたちはとめどなく流れる涙をハンカチでぬぐいながらも、マダムの顔から目が離せないでいた。どのくらいとどまっていたかは分からない。人の出入りが激しくなってきたので、わたしたちはその雰囲気に押されるようにお屋敷をあとにする。

 とぼとぼと帰宅するわたしたち。いつものところで文月と別れたと思うけれど、ちっとも記憶にない。

 自分の部屋に戻っても、わたしは泣いていた。

 涙を拭う。ふと、ハンカチに赤い染みがついているのに気づく。握っていた手をほどくと、指先に小さな血の玉が膨れる。薔薇の棘に引っ掛けたのだろうか。口に含んで止血する。苦味が広がる。

 血はすぐに止まったのに、指先は脈を打つようにじんじんとしている。

 なんとなく熱っぽくなったわたしは、ご飯も食べられずに早々に眠りに就く。

 マダムの青白い顔が浮かびあがり、夜中に何度も目を覚ました。指先の熱はいつまでたってもやまなかった。

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