第16話

 放課後、わたしと文月はマダムのお屋敷へと向かう。校門を抜ける時に、文月が、ほら、と指さす。文月に告白したイケメンくんはビニール傘をかぶっている。そういうとこだぞ。自分が楽しいだけじゃなくて、期待しちゃうわたしたちを楽しませてくれてもいいんだぞ。

 文月とわたしは、それぞれお気に入りの傘をさして歩く。雨のユウウツ色を少しでも明るくしたい。


 坂を登るとお屋敷の屋根が見えてくる。今日もお屋敷の屋根は、雨に打たれて何だか怖いような淋しいような雰囲気を纏っている。

 すると、坂の途中の路上に車が何台も止まっている。珍しいなあ、と思いながら歩いていると、それは、お屋敷まで続いていた。門は開け放しになっていたので、わたしたちはおそるおそる玄関まで入る。呼び鈴を押そうとしたところで、内側からドアが開いた。

「こんにちは」

 この間のメイドさんだ。マダムは、と言いかけたところで、話しかけられた。

「あなた、もしかしてお義母かあさまの写真を持ってきてくださったの」

 おかあさま、と言われて、あ、この人、メイドさんじゃなくて娘さんなんだ、と気づく。下手なこと言わないでよかったなあとほっとする。

「はい。この間のポートレート写真を持ってきました」

「ちょうどよかった。中に入って」

 うながされるままにわたしたちはお屋敷の中に入る。

「ごめんなさい。今、とてもバタバタしているの。広いから、こちらの部屋に入ってください」

 そこは映画でしか見たことのないような、ながーいテーブルがある部屋。燭台が何台もあり、それぞれに火を灯す前のキャンドルが立っている。本当に外国のよう。

「ここに広げてくれるかしら」

 わたしは、そのダイニングテーブルの上に4枚の写真を並べる。

 マダムの娘さんは、蝶の写真には目もくれず、ポートレートの写真を手に取る。

「ああ、あなた、本当に素晴らしい」

 そう言うと、ひとつため息をついてから

「よかったら腰掛けてちょうだい」

 ダイニングの椅子に座るようにうながす。わたしたちは、黙って腰掛ける。扉の向こうでは、人がひっきりなしに行き交う音がしている。

「実は、あなたたちの言うマダム、茨木いばらぎかな子は、土曜日の晩に亡くなりました」

 えっ。

「以前から心臓を病んでいたのですが、土曜日の午前中に発作が起きて、あれよというまに逝ってしまった。天に召されたの」

 わたしたちは、何も言葉が出てこない。

「これから、通夜が行われます。明日は教会で葬儀のミサが執り行われます。

 急なことで、わたしも気が動転しています。それで、あなたがたに、もしかして失礼なことをお願いするのかもしれない。でも、義母はははこうなることを分かっていたのだろうと思います。ですからお願いします。この写真を葬儀の時に飾ってもよいかしら」

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