第15話

 月曜日も雨模様。わたしはリュックを背負って学校にゆく。写真が折れないように大きなフォルダケースにしまい(これもお兄ちゃんに借りたものだ)カメラはカメララップ(厚手の生地の風呂敷みたいなもの)に包んで持ってゆく。リュックにレインカバーを被せる。

 雨の日の学校はユウウツだ。クラス内のテンションが妙にあがる。男子も女子も、どこかそわそわしている。わたしは見つからないように小さくなって、文月とおしゃべりをする。それでも、人の気持ちなどおかまいなしに訪問者はやってくる。

「あ、高階。文月さん、ちょっと借りていい?」

「どうぞどうぞ」

「ちょっと、ヒーコ」

 文月は、実はすごくモテる。いつもわたしと一緒にいてくれるけれど、本当は彼氏がいたっておかしくない。わたしが、カメラが恋人なんだって言うと、ヒーコはわたしの恋人でしょ、と言う。そう言いながら、本当は文月に好きな人がいるのを知っている。いっつもその先輩を目で追っているのを知っている。

 文月が瞬く間に帰ってくる。

「ちょっと、ヒーコ、ひどいよ。わたしをたやすく手放さないで」

「ごめんごめん。でも、結構イケメンくんじゃないですか」

「そんなの関係ない」

 むすっとした顔をする文月。わたしはとりなすように

「きっと彼、素敵な傘を持ってきたよ」

 とささやく。

「何それ」

 文月がわたしの瞳をのぞきこむ。

「今日みたいな雨の日は、」

 わたしは思わせぶりに外を見る。

「アイアイ傘ができるじゃない」

 文月は不思議そうな顔をした後で、少し上目遣いになり、

「それ確かめてみる」

 おそらく今フってきたばかりの彼のところへ向かう。ふたことみこと言葉を交わして、すぐにこちらへ戻ってくる。

「傘、何のことって感じだったよ」

「そうか。内側が青空の傘とかだったら、結構萌えるのにね」

「わたしは普通に大きな傘でいいけれど。ビニール傘なんて論外だよ」

「ビニールはないね」

「ないでしょう」

 わたしたちは、こんな風に男子の品定めをしてしまう。きっと、わたしたちも好き勝手言われているだろう。でも、やっぱりちょっとおしゃれな男子が好きなんだよね。たとえば、内輪ネタではない、素敵な写真をフィルグラにアップしている男子はいないのだろうか。


 フィルグラの相互フォローの中に、同じ学区内に住んでいる男子らしき人物がいる。彼の写真の中に近くの公園のモニュメントが写っていてそれで分かった。彼は、いつもおしゃれな写真をフィルグラにアップしている。多くは彼の家のインテリアなんだけれど、きっと家族がおしゃれなんだな。美術品、工芸品、絵画。その多くが現代アーティストの作品みたいで、まだまだ知名度は低いけれど、きっとこれから高くなるやつなんだ、とにらんでいる。

 写真の技術はスマートフォンの小さな画面でははっきりとは分からないけれど、とびきり上手というわけではないと思う。でも、その作品の見せ方がとてもうまい。こんな作品に囲まれていたら、自然と背筋が伸びるような気がする。マダムがヨーロッパアンティークの生活様式なら、彼はシンプルでモダンな生活を送っていると想像する。北欧の素敵な暮らし方、みたいな感じ。


 雨は、なくならないタピオカミルクティーみたいにぼんぼんと降っている。ベランダの手すりに打ちつけては、大きく跳ね返っている。

 黒板には、先生が規則正しく英文を書きつけている。中間テストの結果も出た今、午後の授業は少し気が抜けて、とろとろと眠くなる。ぽわんぽわんとはずむような雨の音が、リズミカルなまま少しずつ遠くなってゆく。その時、ばあっと目の前に大きな蛾が現れて、

「うわっ」

 思わず声をあげた。

「高階! おまえ、何やってるんだ!」

「わ、あの、すみません……」

 エミリーの仲間たちが指をさして笑っている。エミリーは珍しく、わたしのことを一瞥しただけだ。きっと呆れているんだ。はあ、やっちまったなあ。つい眠ってしまった。ほんの一瞬だったとは思うのだけれど。しかし飛びかかってきたオオミズアオ、やけにリアルだったなあ。

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