第9話
帰り際マダムは、もう一度庭へ出るようにとわたしたちに言った。玄関にくると、ソックスが一揃えずつ置いてあった。レースがふんだんにあしらわれた、すごくロマンチックなソックス。躊躇していると、メイドさんが、
「その靴下は差し上げますから遠慮なくお履きになって」
と言ってくれる。わたしたちはそのソックスを履く。とても履き心地がいい。そしてローファーは汚れる前よりもピカピカに磨き上げられていた。わたしたちは、それらを履いて外に出る。暗がりから花たちが発する匂いが漂ってくる。
「そろそろやってくるはずだけれど」
マダムは空を見上げている。あたりはすでに真っ暗で、星々も瞬き始めている。
「あ、来た!」
マダムの弾むような声にわたしはびっくりする。指をさしたその先には、バサバサと何かが飛んでいる。
「きゃ」
と、おののくように文月が声を上げる。
わたしはその羽ばたきを凝視する。それはとても美しい翅の蛾だった。ドレスを着たマダムが姿を変えたのじゃないかと思うくらいそれは美しかった。カメラを構えたけれど、マダムと蛾の目配せを邪魔したくなくて、シャッターを切ることができなかった。
「いいのよ。撮りなさい。あなたは写真を撮る人なんだから」
わたしは、オートフォーカスでその美しい蛾を撮影する。そして、子どものような笑顔のマダムの横顔も何枚も何枚も撮影した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます