第9話

 帰り際マダムは、もう一度庭へ出るようにとわたしたちに言った。玄関にくると、ソックスが一揃えずつ置いてあった。レースがふんだんにあしらわれた、すごくロマンチックなソックス。躊躇していると、メイドさんが、

「その靴下は差し上げますから遠慮なくお履きになって」

 と言ってくれる。わたしたちはそのソックスを履く。とても履き心地がいい。そしてローファーは汚れる前よりもピカピカに磨き上げられていた。わたしたちは、それらを履いて外に出る。暗がりから花たちが発する匂いが漂ってくる。

「そろそろやってくるはずだけれど」

 マダムは空を見上げている。あたりはすでに真っ暗で、星々も瞬き始めている。

「あ、来た!」

 マダムの弾むような声にわたしはびっくりする。指をさしたその先には、バサバサと何かが飛んでいる。

「きゃ」

 と、おののくように文月が声を上げる。

 わたしはその羽ばたきを凝視する。それはとても美しい翅の蛾だった。ドレスを着たマダムが姿を変えたのじゃないかと思うくらいそれは美しかった。カメラを構えたけれど、マダムと蛾の目配せを邪魔したくなくて、シャッターを切ることができなかった。

「いいのよ。撮りなさい。あなたは写真を撮る人なんだから」

 わたしは、オートフォーカスでその美しい蛾を撮影する。そして、子どものような笑顔のマダムの横顔も何枚も何枚も撮影した。

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