第8話
ほどなくわたしたちは、メイドさん? に案内されて、奥の部屋に向かう。その間の廊下にはたくさんの絵画が飾ってあった。蝶々や蛾が描かれているものが多かった。
「失礼しまーす」
その部屋でマダムは肘掛け椅子に腰掛け、すでに準備は万端だった。カワセミのような青い色のドレスを身に纏ったマダムは、まるでどこかの国の女王さまのようだった。マリー・アントワネットが着ていたドレスと言われても大げさじゃないくらい。
「さあ、思う存分撮ってちょうだい」
わたしはポートレート撮影などしたことがないので躊躇した。でも、いつもお世話になっているし、お茶もご馳走になったし、と心を奮い立たせて、何枚も写真を撮った。
ポートレートに適切な露出とかよく分からなかったから、とにかく枚数を撮影することにした。
「マダム、三脚はありますか?」
マダムは、メイドさんにうなずいてうながす。しばらくすると、カメラが乗ったままの三脚が運ばれてきた。それは中判のフィルムカメラで、ほんとはこちらで撮った方が綺麗な仕上がりになるのだろうけれど、と思いながら、自分のカメラに付け替える。わたしのフルサイズのミラーレスカメラは、随分と華奢で、鉄の三脚にはミスマッチだった。それでも自由雲台が付いていたので、縦位置の写真も問題なく撮影することができた。
撮影はそんなに時間がかからなかった。それは、マダムが柔らかい微笑みを湛えたまま、身じろぎひとつしなかったからだ。
わたしは絞りの値をF8からF16の間で撮影した。もちろん瞳オートフォーカス機能にも頼った。そうすれば、ピントを外すことはまずない。ホワイトバランスは電球色にセットした。マダムのお屋敷に蛍光灯はなく、どの部屋も白熱球が灯されている。ストロボもなく、電球色で柔らかな明るさの部屋ではシャッタースピードが遅くなる。それでもノイズを減らすため、わたしはISOを100に設定する。
シャッターの、カッ………シャン、と長く落ちる間も、マダムは1ミリも動かなかった。
「マダム、すごいです。動きがなくて時間が止まっているみたい。これなら、感度を高くしなくても撮影できます」
「昔は肖像画のモデルも務めたのよ。そのくらいなんてことはないわ」
撮影が終わり、画面を見せる。しかしそこに写っているのは、とても暗い写真。
「今は真っ暗に見えますが、必ず素敵な写真に仕上げます。約束します。そのドレスの色、目に焼き付けました。マダムのお肌の色と合わせて、それを綺麗に丁寧に仕上げるまでがフォトグラファーの仕事です」
わたしは、うまく仕上げられる自信があった。だから、何より肉眼で見たマダムの凛とした美しさを覚えておくことが大事だと思った。
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