バタースプーン


バターナイフは、考えていた


小さな、その金属を、いじりながら、ファミレスの店内で、ソファーに、座って


店内は、どこかの軽ポップが、流れ


定員たちが、慌ただしく、動いている


そんな中、一人、一口をもんでいない


赤ワインを、前に、この小柄な人間は、銀色の小さな金属を、弄っている


丸くきれいに、成形されたそれは、磨き方がいいのか、店内の光景を、歪んで、スプーンに、反射させている


その中で、一番手前に、二つの目玉が、見える


それが、皆に、通称バターナイフと、言われるこの小柄な人間であり


その目線は、バターナイフに、向けられている


店内は、外の吹雪と、連動しているかのように、全く客足が、遠のき、凍り付いている


しばらく、ベルもなく、入店は、この一時間ほど、全くと言っていいほど、無いと言っても良い


先ほど、最後の客が、この店を出たのが、ほんの三十分ほど


その間中、ずっと、手元を、飽きもせずに、覗き込んでいる


この小柄な客は、店員としても、不可解な人物と言っても、良いはずであったが


しかし、一口も、減っていない、ワインの横に、これまた、一口も、減っていない


コーヒーを、見ると、余ほど暇だったのか、接客リストに載っているのか、はたまた、そう言う気分だったのか、店員が、エプロン姿、ふりふりのオレンジのスカートに、頭に、ナプキンのようなものを、付けて、現れた


「お客さん、コーヒーを、温かい物に、変えましょうか」


客は、手元から、一切、表情を変えない


この時になって、店員は、奇妙なことに気が付いた


お客の手元にある、バターナイフというのが、やけに、その先端が、鋭いことにだ


本来であれば、ペーパーカッターよりも、よほど、いや、それどころか、先端を、潰し


更には、丸く、研磨したような、ナイフとは、名ばかりのスプーンのような、品のはずだ


しかし、ちょっと、触れれば、切れてしまいそうな、カッターのような、それほどに、それは、鋭く、研がれているようであり、それを見て、急に、店員は、寒気を覚えた


それまでは、何もすることもなく、何か時間をつぶしている風でもあり、または、ここという、人が居る場所に、居たいだけか、温まりたいだけなのか、その程度かと考えていたが


どうも、その認識を、改める必要性が、出て来たのではなかろうか


彼女は、じっと、お客さんを、見ていたが


「不要そうですね、失礼しました」


そう言って、一歩、下がろうとしたとき


声が、フロアに、聞こえた


それは、ラジオの音に紛れて、明らかに、それ以外の異物として、テーブルの間の通路に、聞こえたのである


「お嬢さん、ミスター・ブラックー・コーヒー、て、知って居るかい」


彼女は、ゆっくりと、振り返ると、深い帽子の下


口元だけが、動いている


彼女は、首を振って、その考えを、否定した


「1955年リアー州のマルソン地区の一軒の喫茶店で、36名の人間が、行方不明になった


そのうち、20人は、明らかに、その前後に、関係があるとされると、私が、考えているものだが


あんた、ここの職場に来る前は、何処に勤めていた」


女は、目を、見開いて、瞬きをした


その顔は、酷く、不愉快そうである


「何の事を、言っているんですか、私は、勤続二十年ですよ、そんな、地方まで、旅行に行ったことも、生まれてこの方ありませんとも、そこのマスターに聞けば、分かります」


男は、瞬きをした


「これは失礼、ずいぶん若く見えたもので、人を、間違えた物です


まさか、四十台になっても、そんなスカートを、はいてらっしゃるとは」


女は、更に、不可解そうに、その男を見る


「若く見られたのは、あれですけど、そのあとが、非常に、不愉快です


それは、差別ですか」


女は、コーヒーポットを、持ったまま、奥に引っ込もうとする


「すいません、謝ります、そうなりますと、サリーという23歳の女性は、何処でしょか」


彼女は、首をかしげる


「先ほど、帰りましたよ、今日は、お客さんも、少ないし、私が、先に帰っても良いと」


男は、席を立つと、お金を、置いて、店を出た


寒々しい中、一台の車に駆け寄る


窓は、雪に、遮られ、それを、払うと、車内に、乗り込む


道は、誰も、走ってはおらず、時折、電信柱の影が、雪の中に、映りこむ


「誰も、居ない店内


一人の時を狙って、毒入りのコーヒーを、飲ませ、毒殺


そのあと、悠々と、死体の処理に、向かう


そんな手口だと、聞いていたが、まさか・・・」


ライトの明かりが、雪の中を、揺さぶっていく


誰も通らない道の一つに、小さな家を、発見した


その駐車場には、見かけた車が、一台止まっている


まさしく、ここが、彼女の家であり、そして、ここに帰って来たのであろう


カーナンバーを横目に、家の中を探る


明かりは、一つも、ついてはおらず


ただ、寒々しい空気を、その家の中にまで、見てしまったようであった


しばらく、様子を、伺ってみた物の


本当に、誰かが、居るような、気配はない


疲れて、寝てしまったと言う考えも、あるが


その時、背後で、車が一台、走ってきたが、そのまま、この家の前らへんで、止まったようである


「お客さん、ストーカー」


降りてきたようで、車の扉があく音とともに


こちらへと、声が聞こえた


それは、ファミレスで聞いた


あの声であった


「ああ、私は」


男は、振り返り際に、とっさに、横にそれた


目の前を、赤い斧が、雪の下のタイルへと、軽い音を立てて、ぶつかる


それに対して、女は、何一つ、返答はなく、更に、それを、持ち上げて、横に、バッドでも、振りかぶるように、当たってきた


「やはり、あなたでしたか、おかしいと思いましたよ」


男は、白い地面に、倒れている女を、見ながら、喋る


女の首筋には、銀色の金属が、見える


「この時間帯に、そんな女性は、聞いた事が無い


それに、あなたの入れた、コーヒーには、どうにも、毒の匂いがして、仕方がなかった


これで、帰って、別の料理を、食べる事が出来る


感謝しますよ、ミス・カレン」


男は、軽く、会釈をした後、車に乗り込み、家に向かう


途中、公衆電話で、仕事の終了を、告げると、受話器を置いた


まだ、辺りの雪は、吹きすさび


男は一人、車を、運転するしかないのである

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