第5話 妖怪
俺がそう呼ぶこの黒い靄の正体はいわば妖怪の集合体と言ったものだった。
とある機関と呼ばれる場所で人工的に作られたそれを、契約を元に俺が面倒を見ている。
その代わりに、夜白姿は俺に力を貸してくれる。
俺と、この靄の関係性はこんなものだった。
「はぁ」
俺は、自分の陰に潜っていった黒い靄を見て、そっと息を吐いた。
流石に、夜白姿を出して勝ったとは言え、その前に受けた傷は癒えていない。
ただ、そんな俺にお構いなく階段を悠長に降りてきた石原は声をかけて来た。
「お!浅野、終わったか?」
「ああ。他のやつらはどうした?」
遅れて登場した石原に俺は返事をして、そう訊いた。
まさか、倒れたクラスメイトを置き去りにするとは思えないが念のためだ。
「それなら、俺の異能でさっさと外へと運んだよ」
「そうか、ならよかった」
とりあえず安心して俺はそう言った。
そんな俺を見て、石原は口を開いた。
「妖怪変化の類の相手は久々だったが、相変わらず夜白姿の強さは健在だな」
先ほどの黒い靄である夜白姿の存在を知る石原はそう言う。
石原、こいつの正体は、夜白姿を作った機関から、俺の支援及び監視をするために俺と同じ第六異能教育高等学校に入学した歴とした関係者であった。
俺と夜白姿の契約は機関も入った三者によるもので出来ていて、当然彼らは状況の把握のために石原を送って来た。
「ああ、去年の八月以降は機関からの情報はなかったからな。人間相手も面倒くさいが、お前が朝から幽霊とか言い出した時は最悪の気分だったよ」
俺は、朝のやり取りを思い出してそう言った。
俺と機関との間に結ばれた契約の中には、機関からの要望、つまり、今回のような妖怪変化の類の対処などと言った夜白姿を使った任務のようなものを受けるというものがある。
そう言ったものの、俺への伝え方は様々だが、その中に石原の口頭で伝えられるものがある。
今日の様に、噂話をこいつがしてくるときは、暗にターゲットを教えてくるのだ。
報酬、そして、更には、機関からの支援もあるが大抵ろくな目に合わないので、こいつの正確な情報で紡がれる噂話を聞くと気分が悪くなるのだ。
「まあ、そう言うなって。機関としては他の妖怪との戦闘データを取りたいとは言っても、肝心の妖怪の発生率が異常に低いんだ。次の依頼もそうそう後にならないとないと思うぞ」
石原の言葉に、俺は不本意ではあるが内心同意する。
確かに、期間は夜白姿のデータを取りたいのか、俺に妖怪の対処依頼を出してくるが、結局のところ、妖怪の発生率は年に数度と低いし、更に、今回の様に機関が抑えるのに失敗すれば治安維持組織が先に倒してしまうため、妖怪と戦う機会はそう多くない。
「ああ、それと」と、思い出したように石原が口を開いた。
「報酬の方は、口座に入れておくとさ」
「…………確認した」
俺は、携帯を取り出し、入金が完了されていることを確認した。
契約とは言え、逐一依頼を出してくる機関からのせめてものお礼。
額としては多いが、それでも、命の危険を冒して実行したにしては少ないともとれる額だ。
まあ、それ以外にも、支援があるから妥当なのかもしれないが。
「じゃあ、俺たちも外に出よう」
「いや待て」
やり残したことはないと、石原はその場から立ち去ろうとして、俺の言葉に脚を止めた。
「何だよ?まだ何か──」
「なんで、佐崎を止めなかった」
佐崎興國、今回の肝試しの主催と言うべき彼の名を出した。
「何でって、さっき言ったろ。元々他のやつがやってて俺がそれを止めた。だけど、あいつが勝手に引き継いでいたって」
石原は、肝試しが始まる前にした話をもう一度する。
ただ、俺はどうしてもそれに納得は出来なかった。
「お前なら、止められただろう。なぜリスクが大きくなる方を選んだ?クラスのやつらに何かあれば、いらぬ騒ぎが起きかねない。そうすれば、俺や機関でさえも多少の──」
「言っておくが」
今までより低くなった声が、俺の言葉に被せられた。
「お前と夜白姿、それに我々機関は契約によってお互いを支援する立場にある。だがな、今回のことに限ってはお前には本来口を出す権利はない。こちらから出した依頼について、最終的な決定権については機関が有しているのを忘れるな」
彼個人ではなく、機関全体としての意見の代弁。
これには、俺も黙ることしかできなかった。
ただ、次の瞬間にはまたいつものトーンで。
「ちなみに俺個人としては、さっきの話の通りに止めたからな。その後で佐崎が勝手に始めたのも本当だ。まあ、そこで止めなかったのは、機関からの指示だけど」
「じゃあ、佐崎は勝手に動いたってことか?」
「ああ。俺も流石に驚いた」
石原が肩をすくめるのを見て、俺はまた息を吐いた。
正直、石原が干渉して佐崎を促したと思っていたが、まさかアイツ本人が勝手に動いていたとは。
「まあ、いい。でも、今回の指示の真意は?」
「さあな。どうせ、護衛対象がいる状態での夜白姿の運用とかそんなところを見たかったんじゃないか」
夜白姿の特性上、圧倒的な力でねじ伏せる場面が多く、器用な戦い方を見たかったと言う事だろうか。
そもそも、妖怪や怪異の集合体という時点で、機関での研究時には暴れることくらいしかできなかっただろうし。
「まあ、とにかく、そろそろ俺たちも外に出ようぜ。浅野」
「そうだな」
少し考え込んだ俺に対して掛けられた言葉に頷いた。
機関。
そう呼ばれた場所の一角で、モニター越しに
そんな彼とは対照的に持村はモニターから目を離せないでいた。
「あれが、
「まあね。機関で作ったはいいものの制御できない筆頭がアレだしね。そりゃあ、強力でなければ困るほど。だからこそ、機関にいたにも関わらず君が今まで詳しく知ることが出来なかったほどに秘匿されている」
「まあ、知ってる人は知ってるけどね」と彼は続ける。
「それにしても今日はラッキーだったかもね」
「何がですか?」
「ん?そりゃあれだよ。最初の防御の部分」
霧島は、動画を制止させて状況が見えやすくして解説をはじめる。
「ここの、しっぽの攻撃のところ。ここで、ほんのわずかだけど、黒い何かが見えるでしょ」
「確かに、一瞬ですが。やっぱり、夜白姿ですか」
「そうなんだけど、普段はさ。浅野君に依頼をしても一気に夜白姿を出して解決することが多くて攻撃を防御するときの一瞬だけ出すなんてことはなかったんだ。でも、今回は、クラスメイトがその場にいたおかげでそれを見れたってわけ」
「なるほど」
確かに、普段一気に最初から全力で夜白姿を出して戦うのでは一瞬、最低限の力で防御などと言うデータは取れない。
それを理解した持村は頷く。
「でも、元々機関で作られていた時に実験したデータとかは残ってないんですか?」
納得はしたが、ふと気になったことを口に出した。
すると、霧島は笑って答えた。
「実のところ、この防御の動作ってのは、浅野君がいてこその行動なんだ。そもそも夜白姿単体の場合、あの黒い靄は攻撃してものらりくらりと避けてしまうからね」
浅野業平がいなければ、攻撃も基本的に通じないとなれば、どうしようもないと持村は内心思った。
機関が危険視する理由もあるというわけだ。
「それを対処するために人間を器にしたこともあったんだけど、どうゆうわけか、黒い靄と共にある日消え去って気付いたら警報がなっててね」
懐かしく思い出にはせるような顔をする。
「器って、浅野君のことですか?」
「いや、違うよ。元々は
持村も思い返せば、受肉ではなく陰に潜ませていたのが頭によぎった。
「まあ、今は何とか、彼が夜白姿を制御して、石原君をはじめとした機関の者が頑張って、夜白姿を抑えてるって状態かな」
再びモニターを見た霧島はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます