第4話 現代日本には妖怪変化が存在する
「じゃあ、第一グループから行ってくださーい」
佐崎がそう言うと、くじで振り分けられた者たちは懐中電灯と地図をもって建物に入っていった。
そして、時間を測って間をあけて皆が中へ入っていく。
「じゃあ、俺らも行くから。二人は時間になったら入って来て」
佐崎はそう言ってグループを引き連れて中に入っていった。
進行役のお前らが先に行くのかよとも思ったが、何も言わず見送った。
「どうする浅野?しりとりでもする?」
「そうだな」
「じゃあ、しりとりの「と」からで」
「「り」以外でやるやついるんだな。一つ世界が広がった気がする」
第一グループから順番に入っていき、第四グループの順番が回って来たと佐崎興國一行は廃墟に入り順調に足を進めていた。
下見をした興國がいるためか、特に迷うこともなく、目的の場所についた。
「なんか、あさっりしてたな」
「まあ、清水と佐崎は、先に下見したとか言って怖がる素振りもないし、俺らもなんか怖がるって気分じゃなかったな」
グループメンバーである彼らは、ゴールを折り返し地点を前にして余裕を見せていた。
「とにかく、進もうか。後ろには二人しかいないけど、追い付かれても面白くない」
「ま、確かに、佐崎の言う通り、大人数じゃ怖さ半減だわな」
面々はそう言って、折り返しである部屋のドアノブを捻った。
「お、広いな」
「まあ、それだけでなんもねぇけどな。さっさと印付けてした降りようぜ」
「そだな。……ん?」
「どした?」
不意に、不思議そうな声を持たしたメンバーに一人が疑問を呈した。
「何かふんで、って、これ、真塚じゃないか?」
何かを踏んだ。
そう言おうとして、下を見た時、それが先に入ったクラスメイトの一人だと言う事に気付いた。
そして、他でも声が上がる。
「おい、こっちにもいるぞ」
「つーか、全員いるんじゃねぇか?」
懐中電灯で地面を照らせば、恐らく先に入っていたであろう十数人が全員倒れていた。
それを見れば、嫌でもわかる。
「この状況、幽霊って奴がいるんじゃねぇか!?」
「いや、本当にいるのなら治安維持組織がこんなに長い間放置するはずが」
「佐崎!今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!この中で一番異能が強力なのは恐らくお前だ。だから……」
この状況に、予測と違うと興國は一瞬思考が止まるが、仲間の呼びかけが彼にされる。
幽霊がいたとして、それを対処できるのは異能。
で、有るならば、協力はするにしても、最大戦力だろう興國の力は必要だった。
「わかった。よし、みんなも襲撃に備えろ!」
興國は思い直したのか、皆にそう呼びかけた。
それに一緒のグループの面々は前後左右すべての警戒を行った。
そして、興國も異能を発動する。
バチバチと電気を腕に纏う。
どこから来ても対抗できる。
そんな意気込みで、相手を捉えようとしたのだが……
「あ……れ?」
不意に背後からしたクラスメイトの声と共に、人が倒れる音がした。
だが、それでも、背後は任せてある。
だから、皆を頼った。
「どうなってる。状況は──」
仲間と情報の共有をしようとした時、またバタリと人が倒れる音がした。
一人だけではない、三度その音はした。
そして、それが意味するところは、一度目と合わせて計四人、つまり、自分を含めたグループの内の自分以外のメンバーが地面に伏していると言う事だった。
もうすでに、興國は振り向いている。
背中を任せたなどと言える状況ではないのは、分かっていた。
だが、それでもなお、襲撃者の正体は分からなかった。
「──!?」
ただ、数秒と経たず、どすッと腹部に衝撃を受けてからやっと気づいた。
見下ろす自身の体には、なにか半透明な尻尾のようなものが刺さっている。
そして、恐らく、それの効果は対象を麻痺させること。
そんなことを考えて、自身が地面に倒れたことを認識した。
佐崎たちが廃墟に入って暫くして、携帯で時間を確認した石原は口を開いた。
「じゃあ、行こうぜ」
「そうだな」
俺は短くそう返して足を進めた石原に並ぶようにしてついて行った。
門をくぐるといかにもと言った雰囲気を醸し出す内装に石原が目を見開いた。
「うお、テンション上がって来た!」
「肝試しの趣旨とは違くねぇか」
石原は特に臆することなく、進んでいく。
割れた窓と飛び散ったガラスを光で照らして状況を確認する。
何か踏んで怪我をするのは勘弁だ。
「お、もう階段か。案外狭いな」
「そんなもんだろ」
学校でするならともかく、こんな廃ビルではそう距離もない。
誰かが帰ってきて鉢合わせることがない様にルートを組めるだけ大きいといえるほどだ。
それに、横が狭いその代わりに、階層があるのだろう。
俺たちは、階段を上っていく。
そして、その階も指定されたように見て、進む。
いくつかの階を同じよう進んでいる内に、最上階にたどり着いた。
「案外あっさりしてたな。先に内検してたら、こんにゃくの1つでも吊り下げといてくれてもいいのに」
変な愚痴をこぼす石原を無視して俺は左手にあるドアを見た。
「あれか?」
最後に指定された奥の部屋だろうか。
「多分。手書きで見づらいけど」
石原の言葉をきいて俺たちはそこに脚を向けた。
石原が率先して扉に手を伸ばす。
「お邪魔しまーす。…………あれ?」
何故か遠慮がちに扉から身を乗り出して覗く石原が疑問の声を上げる。
どうしたのかと思い、俺もそこで近づいた。
「これは……」
見えた光景は、今まで先に入ったであろう面々がコンクリートの床に伏す姿。
明らかに異常な現象に身を引き締めた。
仕方なく、異能を発動する。
俺の持つ『魔眼』と言う異能は、他の強力な異能のような効果は出せないが、暗視くらいなら出来る。
周囲の状況を確認して、思ったよりも大きい開けた部屋に驚きながらも、異変を探す。
「何か見えたか?」
「いや、特に異変は見当たらない」
俺が異能を使用したことを察した石原に対して返答する。
目を凝らしても、恐らくいるであろう幽霊は見当たらない。
そして不意に俺たち以外の第三者による声が耳に入った。
「あ、さのくん……にげ、て」
声の主は佐崎だった。
彼は比較的ドアの近くで倒れていて、何とか意識を保って声を出した用だ。
だが、すぐに気を失ってしまう。
「いるってのは確定したが」
佐崎の証言から少なくとも何かがいることは確定した。
「どうする?浅野?」
どうしたものかと考えた。
そして、すぐに俺は口を開いた。
「『魔眼』で、見当たらないなら、急いで全員を運びだしたほ──…………が!?」
その言葉を言い切ることは出来なかった。
俺が前方に集中していたばかりに後方からの攻撃を受けてしまったからである。
俺たちが入って来たドア、そして、その向こうには割れた窓。
恐らく、窓の外に隠れていたのであろう。
今度こそは、警戒を緩めるものかと後ろを向いた瞬間、石原が声を上げた。
「前だ!浅野!」
その声に反射的に前方へ向くも躱すことが出来ずに腹部へ強い衝撃を受ける。
「ぐ、はっ!?」
肺から一気に押し出された空気が口から出るのを確認しながら、初めて幽霊の正体を目視した。
そして、何をされたのかも理解した。
半透明のトカゲのような何か。
恐らく、そいつはこのビルの屋上に鎮座し外壁から外壁をつなぐことは簡単なほどに前兆が長い。
そして、恐らくその長い体でビルの端から端へとつなぐことで、俺の背後の窓から尻尾を出して攻撃をした。
その後、注意をそらしたすきに、今度は頭を使って俺に頭突きをかましたのだろう。
「───!!」
鳴き声を上げながら、トカゲは俺を引きづるようにしてドアの外へと飛び出した。
勢いそのままに壁に当たり、不器用に進行する姿は、まるでヘタクソなラジコンが壁に当たるたびに進行方向を変えてまたぶつかるような様だ。
ただ、それと違うのは、力も早さも圧倒的に高いということ。
何とか、勢いをいなそうとして失敗するも、階段の方へ押し込まれそうになって俺は笑った。
透明なトカゲだが、前述したようにビルを跨げるほどにでかい。
そんな巨体で階段に突っ込んでも、コルクの栓の様に詰まってしまうのが落ちだった。
だが。
俺の予想に反するようにトカゲは大きさを変えた。
「大きさまで変えれんのかよッ?」
階段をギリギリ通れるかと言ったサイズにまで小さくなったトカゲは、俺を階段下まで突っ込んだ。
先ほどの衝撃に加えて、落下による痛みに俺は悲鳴を上げる。
ただ、そのままでは、終わらずに、奥の廊下まで押し込まれた。
「ぐっ」
進行停止したトカゲだが、俺は慣性によって吹っ飛ばされるように床をこすった。
◆
「透明なトカゲね」
鉄板のような冷たい印象を受ける四方の壁に囲まれたその部屋で、白衣をきた男は不意にそう言った。
そして、その言葉に、もう一人の男が反応する。
「霧島さん、トカゲなんですかあれ?」
「さあね、持村君は何に見える?」
霧島と言われた男は、首を傾げた持村と言う彼よりは比較的若い男にそう聞いた。
霧島と同じく、白衣を着た持村は少し考えた後に、口を開いた。
「山椒魚とトカゲのハーフ?ですかね」
「あー、まあ、ぽいよね」
確かにそのほうが適格だと言わんばかりに霧島は笑った。
だが、その様子に、正解はないのかと持村は再び靴を開いて問うた。
「で、正解はないんですか?」
「ああ、あの場合だとないなかな。君も知ってるだろうけど、現代の妖怪に因果はほぼ必要ないからね」
「流石にここにいるからには知ってますけど、なんだが霧島さんが物知り顔だったので知ってるのかと」
「そう見えた?」
霧島は何が面白いのかけらけらと笑った。
それを見た持村は目を離してもう一度「透明なトカゲ」の姿を見た。
それは、霧島のPCの画面に映った不鮮明な画像で、酷くブレている。
ただ、そこには、一人の少年が見切れていた。
「この少年が
「そうだね」
「大丈夫なんですかね?」
持村はそう言った。
「大丈夫でしょ。石原君もついてるし。君はここに来たばかりだから、まだ見たことないと思うけど、彼の飼ってるアレは、こんなトカゲじゃ相手にならないよ」
霧島は、PCに表示された「透明なトカゲ」とは別の見切れた画像を見て言った。
それは黒く塗りつぶされたような画像だった。
◆
廃墟に現れた透明な体を持つトカゲの妖怪は浅野業平が地に伏すも追撃に手を止めようとはしなかった。
「───!!」
野生としての叫びをあげて、少年に突進する。
そして、今度は口を開いた。
サイズダウンしたからか、屋内で口を開けるだけの余裕が出来ていた。
先ほどの様にはもう行かない。
トカゲは少年を目掛けて噛みついた。
いや、嚙みついたはずだった。
「いってぇな」
そんな声と共に、少年は頭に手を充てて立ち上がった。
その言葉は、噛みついたことへの言葉ではない。
先ほどの、階段から落とされて廊下で派手に体を引きづったためのものだった。
噛みついたはずの攻撃は彼には届かず、静止していた。
それを起こしているであろうのは彼の陰から漏れ出る黒い靄だった。
半透明のトカゲは、それを一目見ると荒れ狂ったように攻撃を開始した。
まるで、それがどれほどの脅威かわかってるかのように。
いや、そもそも。
「俺を攻撃した理由はコイツだろ。他のやつは眠らせるだけに至ったお前が俺にだけ攻撃してきた理由」
少年は、徐々に濃くなる黒い靄の中でそう言った。
トカゲは聞いているのかいないのか、攻撃の手を止めない。
だが、同時に少年も口を止めなかった。
「俺の陰に潜むコイツ脅威を感じて攻撃をした。まあ、先手必勝って意味ではよかったかもだけど。今回に限り悪手だったと思うぜ」
トカゲは止まらない。
攻撃をして、その度に自らが傷つき、流した血は透明なその身を徐々に写しだしていく。
だが、そんなことよりも、とにかく目の前のそれを排除しなければと動いていた。
「背後からの攻撃の防御はともかく、攻撃において俺が初手でコイツを使わなかったのは、石原以外のやつがいたからだ。万が一バレたらまずいし、怪我をさせてもまずい。それを、此処まで連れて来たお前は、結果的に自分の首絞めただけだ」
自身の血で随分と不可視の身体を染め上げるトカゲはすでに満身創痍だった。
だからか、少年は終わりにしようとでも言うかのように呟いた。
「
少年の声に反応するかのように、黒い靄は一瞬で形をとった。
狐と言えばいいだろうか。
犬のような見た目に、三角の耳がついた姿は、黒い靄で出来た巨大な狐であった。
トカゲは優に、大きさを変えていた為か見下ろされるような形になっている。
いつの間にか動きを止めたトカゲは、夜白姿に睨まれる。
「やれ」
少年のその声と共に、黒い狐はトカゲの妖怪に嚙みついた。
「───ァア゛!?」
首を噛みつかれたトカゲは酷く暴れるが、暫くすると大人しくなった。
そんな様子を、少年は醒めた目で見ていた。
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