第3話 肝試し(ガチ)


 異能が世間で周知される前、世間では魔物や妖怪の発見例が多く上がっていた。

 それは、都市伝説程度のものではあったが、1992年のバルセロナ五輪にメディアが湧く中、密かにそれらは取り上げられた。

 そして、8月9日まで続いた16日間のスポーツの祭典が終わるとともに、魔物や妖怪と言ったものへのブームと呼べるものが到来した。

 ただ、これと同時に起きていたのはオカルトブーム。

 実際に、異能が世界に与えた影響として世界に密かに現れた魔物や妖怪の類。

 だが、それとは別に世間ではミステリーサークルや人面犬といった都市伝説を取り上げるテレビ番組が人気を博していた。

 1973年出版の『ノストラダムスの大予言』がベストセラーになった過去から、こういった流れは土台がありできやすかった。

 そして、実際に起きている現象とメディアが面白おかしく虚飾で塗りたくった情報は、当時、世間では混同されて報道されていた。


 だから、政府が異能について発表した際の国民の理解は酷く不透明なものだったと言う。

 陰謀論何て当たり前、人々は異能は悪だと、正義だと勝手に未だ言葉も介すことの出来ない赤子に押し付けた。

 そのせいで、当時の異能第一世代と呼ばれる者たちの中には、酷く思想が曲がった者も多く、世界的な異能犯罪者もこの年代から生まれることも少なくないと言う。


 そして、当時の魔物や妖怪に干渉できた子供の異能は、それらの尋常ならざる者の在り方を歪めた。

 異能の影響によって、魔物や妖怪は姿を現したと世間では言われている。

 で、あるのならば、それらに干渉しうる異能も存在するだろうと。


 実際あったのだ。

 ごく少ない力を発する異能が。

 いや、というより、すべての異能はとるに足らないその力を有していた。

 指向性のあるものではない。

 ただ、無意識に放出されるそれらは、集合意識とでも言い換えられるほどに、魔物や妖怪に影響を与えた。


 当時確認されていた、それらの怪異は、神話上のものに即していた。

 どういった関係があるのかは不明だが、少なくともそうであった。

 それが、異能に登場によりわずかに崩された。

 例えば、人面犬が。

 例えば、トイレの花子さんが。

 例えば、首無しライダーが。


 近年都市伝説として有名になったであろうそれらが実態として現れた。

 明らかに、現代の人間に影響されている。

 それは誰が見ても明らかだった。

 だが、それ以上に厄介な特性が付与されていることに気付くのも時間の問題であった。

 

 それは、妖怪変化の類は新たに湧き出ると言うものだった。


 本来、妖怪はどこからともなく湧き出るなんてことはない。

 歴史上、何らかの要因で妖怪が生まれることがあっても、ある日いきなりそこに何の因果もなく生まれることなどなかったはずだった。

 少なくとも、噂があって、そこから生まれるくらいには何かがあったはずだ。


 だが、現代の妖怪は現れるときに法則はあっても、現れたそれに関する性質には因果関係はなかった。

 だから、今朝、石原は話した幽霊話も、特にそこで死んだ人がいたとかそう言った話ではないのだろう。


 俺は、そんなことを思いながら、下校をしていた。

 正直すぐに忘れたい話題ではあったのだが、今日した会話の中では残念ながら一番インパクトがでかかった。

 だから、そう簡単に、忘れることもできなかった。


 それに何より、クラス全員で肝試しをすることになった。

 バカだ。バカすぎる。

 どうやら、幽霊が出ると言う噂は結構有名なようで、石原以外にもしていた奴らがこの催しを開催すると言い出したのだ。

 入学から一か月、クラスが纏まりだしたこの時期にこそやる意味があるのだとかなんだとか。

 

 そんなことを考えながらも、集合場所についてしまったことを内心で嘆きながら俺はあたりを見渡した。

 人数は、二十人くらいか。クラスの半分より少ないと言ったところか。


「お!浅野ぉ!遅いぞ!」

「石原か。お前、何が全員参加だよ。半分もいないじゃねぇか」


 俺は、前方から現れた石原に悪態をついた。

 こいつは確かに、クラス全員参加だから、来ないと不味いと俺に言ったはずだ。


「まま、いいじゃん。浅野だって、もしなにかあったら心配だって言ってたし。参加する奴がすくない方が良いって言ってただろ」

「そう言う話じゃねぇよ。つーか、お前止めろよ。お前が言ったってことは──」

「浅野くん、そんなこと言わないでよ」


 その時、俺の言葉に被せるように、一人の男が発言した。

 俺と石原の間に割り言って両側で肩を無理矢理組んだこいつは今回の肝試しの主催者である佐崎興國ささきこうこくだ。

 今日の模擬戦で石原がちょろっと言っていた奴だ。

 正直、学級委員がまとめている横で口を出すうるさい奴と言う認識しかない俺にとっては、あまり仲良くなれるとは思えない。


「ほらほら、こういうこと言いたくないけど、何もないと思うんだよね。幽霊何てうわさが流れても基本的に嘘なことが多いでしょ?それに、妖怪が本当に発生するとは言っても、年に数回、日本のどこかで現れる程度だし。それに、もっと言えば、俺たちでも存在を知ることが出来ていると言う事を考えれば、本当にいないと言う事くらい想像つくよね。だって、実際の幽霊が現れた時の事例では、民間に被害が出る前に治安維持組織が駆除してるんだし。皆、あまりしないけど、そう言うのはネットで見れば結構出て来るよ。」


 じゃあ、そのネットで勝手に廃墟に入って肝試しをするのがOKなのか調べてくれ。

 

「そうか。俺の知識が甘かった」


 捲し立てる佐崎に俺は取りあえず頷いた。

 すると、彼はにっこりと笑みを浮かべた。


「いいや、謝ることじゃないよ。それに、実のところ、明るいうちに奥まで行って少し調べたんだ。流石に、暗闇で怪我をしたら危ないからね。その時はなんともなかったよ。君も楽しんでくれると良いな。俺は皆で絆を深められるように提案したんだから。それに、何かあっても、俺の異能結構強いから護身程度は出来るしさ」


 そう言って、彼は仲が良いだろうクラスメイトのもとへ去っていった。

 それを俺と同様に見ていた石原が口を開いた。


「そもそもさ。初めに計画練ってたのはアイツじゃないんだよ。他のやつがやってて、そいつらには俺がやばいかもって伝えたんだけど、その後でなくなったはずの計画を勝手に引き継いでアイツが開催したわけ」

「なんとなく予想は出来た」


 まあ、そんな気はしていた。


「ま、なっちまったもんはしゃあないから、行くぞ!浅野」


 そう言って、腕を掴まれた俺は皆のもとへ引きづられていった。







 異能が周知される少し前、日本にはバブルと呼ばれるものがあったと言う。

 正直俺は、金がたくさんあったという認識くらいしかないが、その当時に建てられて放棄された廃墟と言うものは結構あるらしい。

 そして、今、俺が見上げる小さなビルもその一つのようだ。


 俺が見た建物の中で一番類似しているのは学習塾だろうか。

 コンクリートでできた冷たい印象を受けるその建物を俺が見ていると、そのビルの麓で声を張り上げたものがいた。


「えー。改めまして、今回主催をさせて頂きました佐崎興國です」


 自身が名乗ったように、佐崎であった。

 彼は、皆の注目を集めながら、手に持った懐中電灯で建物を照らした。


「まず、ここで五人一組のグループに分かれよう。それで、順番に入ってもらう。そして、最上階の一番奥の部屋に印をつけて帰ってくる」


 彼は、懐中電灯で最上階を指した。


「あ、そうそう。簡単な地図は渡すから、その通りに進んでね」


 佐崎は、自作のノートをちぎったような地図を光で照らした。

 それを見てつい誰にも聞こえないくらいの声が俺の口から漏れた。


「スマホでも使って全員に送れよ」

「浅野、それは風情がねぇって。文明の利器があったら詰まんねぇだろ?」

「懐中電灯を使っといて今更だろ」


 それより、地図を見るたびにいちいち照らすのは面倒くさそうだ。

 そうこうしている内に、グループが分かれた。

 くじ……で、分かれたのだが、二十二人いるくせに、一グループ五人でくじ作ったようで二人あぶれた。


「いや、ごめん。俺とくじを一緒に作った清水くんのこと抜いて作ってしまったみたいで」


 俺の目の前で、謝るのは佐崎。

 集計をして作ったが、自分たちの人数を考慮していなかったらしい。

 そして、くじを引いたのが最後の二人であった俺ともう一人の石原は謝られていた。


「まあ、仕方ないって!それより楽しもうぜ!」

「ありがとう。石原君!じゃあ、俺はやることあるから」


 そう言って再び去っていった。


「二人きりだな」

「キモイこと言うな。というか、ミスは良いとしても、どこかから一人もって来るとかするだろ」


 何の対処もすることなく去っていった佐崎を見て俺はそう言った。

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