第2話 第六異能教育高等学校の異能授業


 第六異能教育高等学校。

 現在、俺が在籍するこの学校、そして、その他の高等学校に置いての異能の立ち位置は、基本的に扱い方を授業で学ぶ一つの科目しての側面が強い。

 

 というのも、1992年の政府による異能の存在の発言を受けて、急遽、1989年のすべての主に小学校、中学校、高等学校に平成4、5,6の順番で施行される指導要領の改定が行われた。

 そうして、高等学校で言えば、指導要領の第二章に記載されている目次の第19節である「英語」の下に第20節「異能」が追加されることとなる。


 当時、これを受けて学校側は、手探りながら資料を片手に指導の仕方を学んだ。

 だが、そんな苦労もむなしく、1993年に数年後には学校の授業における異能教育者の資格が必要になると言う情報が国から出たため、全国の教員が嘆いた。

 そもそも、異能の発現は当時、生後二歳にも及ばない赤ん坊にしか発現していなかっため、使ったことすらなかったために、いくら異能未所持者向けの試験であっても積極的に取りたいというものもいなかった。

 それに加えて、試験取得にも時間がある程度かかり、仕事をしながら時間を捻出しにくい教員にとっては特に不人気だった。


 国としても、様々な手を尽くしたが、それでも現場のことを考えたような選択をとってこなかった彼らには有効策を出すことは出来なかった。

 だがそれでも、こと異能については発見例よりも早く動いていた政府には、急場をしのげる程度の策はあった。

 それは、日本国内に、自身の異能を秘匿し暮らす者たちを現場に派遣することだった。

 実のところ、当時は1992年12月20日以降に生まれたものにしか発現されないとされていた異能だが、それよりもっと早く生まれた者たちにもごく一部ではあるが異能を持つ者がいた。

 後になって分かることだが、古来より世界では異能を持つ人間が多くいたようだが、それらの人物は異能を秘匿して生きてきたようだ。

 それは、国が事実を隠蔽することもあるほどで、一般人には、あの日異能が現れたという認識のものが多くいたが、実のところ、何らかの要因によって異能保持者が以上に増えることを予期した政府が早くに手を打ったとされている。


 兎にも角にも、そう言った者たちは、第一から第六まである、初期の異能学校に配属されてその知識の一端で異能についての教育に下地を作っていたったという。

 ただ、この年代、異能を持つ者は皆、異能学校に集められたために、その他の教育機関では実践的な指導入らなかった。

 では、何が行われたかと言うと、異能と言う名の力が正確にどういったものなのかと言った知識を身につけるための教育だった。

 

 1992年、そして1993年と、歳が移り変わるにつれて、ここ一年での出生された乳児の異能を持つ者の割合がぐんと増えていた。

 そのデータを見れば、特に詳しくないものでも、若者が皆異能を持つ未来は遠くないことは予期出来た。

 だから、持たざる者の側としての、付き合い方を模索し、それを児童、生徒たちは教育されていた。


 そして、月日は経って、現在、第六異能教育高等学校では、「異能科」と「普通科」と言ったようにカリキュラムが分かれているのにも関わらず、普通科であっても異能教育は受けることになっている。

 それは、やはり、十数年前から変わっておらず、異能を一つの個性としてみて、それとの付き合い方を模索するための教科として成り立っていたためだろう。


 まあ、そんなところであるため、異能がショボく、普通科に在籍する俺であっても、異能とは週に何度か向き合うことになる。


「じゃあ、今日の「異能総合」の授業は、ちょっとしたゲームをする。このクラスで異能をもってないのは…………四人か」


 三限目、校庭に集合した俺たちが、授業の挨拶をすると、早速と言わんばかりにタブレットを片手に持った男教師はゲームをすると言い放った。

 そして、手元の端末で、異能の有無を把握すると再び口を開いた。


「異能未所持の者は、対異能特殊装備を倉庫から持ってこい」


 教師がグランド脇の倉庫を指さすと、四人の生徒は列を抜けて走っていた。

 

「では、異能所持者には、先にゲーム内容を伝える。これから、簡単な模擬戦をしてもらう。今までの授業では体術や異能に特化して個人での練習が多かったが、今日はそれを活かして試合をしてほしい。ルールは、場外、あるいは降参した時点で負け、あとは分かってると思うが、規定威力以上の異能は禁止だ」


 模擬戦には、一応国から出された規定と言うものがある。

 それに従って行うため、小学校時点から叩きこまれたこのルールは説明するまでもなく、皆が分かってる。

 それでも、ことをするにあたって、毎度説明を入れるのもまた、その規則によって規定されている事であるからだ。


「質問はあるか?……ないなら、準備を始めろ」


 その言葉と共に、各々動き出した。

 すると、唐突に声を掛けられた。


「浅野!」

「元気だな、石原」


 声の主は俺の隣の席の石原だった。

 というか、会話は出来ても俺に話しかけてくるようなやつはこいつくらいだ。


「まあ、模擬戦だからな。気合も入るさ。浅野は楽しみじゃないのか?」

「俺の異能は見る事しか出来ない『魔眼』だぞ。普通科のくせに異能科相当の実力をもったお前とはちげぇよ」

「んー。まあ、そうか」


 石原は納得したのかそう言った。

 そして、「お、流石異能学校、観戦にも事欠かないな」なんて言いながら、観戦用の椅子に座った。

 異能の最先端を行く学校の名残か、施設は未だ新しいものが多い。

 模擬戦をするのにだって専用の場所があるくらいだ。


「でも、俺の他にだって異能科に匹敵する奴はいるんだぜ」


 石原はそう言って、視線を向こうに向けた。

 それにつられて俺もそれを追った。

 すると、模擬戦を始めようと位置についた男子生徒が見えた。

 印象は、チャラいイケメン。


「あそこにいる星衛だって、本当なら異能科にいてもおかしくないって話だし、それに星衛と一緒に学級委員をしている原城も中学の時は異能の成績で凄いとこまで行ったらしい」


 染めたのか金髪の髪を無造作にセットした星衛の方は確か、星衛龍波ほしえりゅうはが本名だったか。

 そして、隣で模擬戦をしている女子生徒が原城ルルはらしろるると言う名前のはずだ。

 学級委員と言うのもあって、この両名の名前は俺も覚えていた。


 そんなことを考えていると、模擬戦は開始し、星衛は異能を発動していた。


「あれは……金属か?」

「そ、金属にまつわる異能らしいな。詳しくは知らんが、生み出した金属を自由自在に扱えるって言ってたな」


 石原の解説を聞きながら、星衛の生み出した金属を見た。

 それは、刃のような形を象って、対戦相手に射出された。

 まるで、矢のような動きで迫った刃は、相手の首の前でピタリととまった。

 すると、たちまち「降参」の声が聞こえた。


「授業で刃物突きつけられるとか、怖いな」

「まあ、形状を上手く変えて刃はついてないみたいだけど、結構な質量がありそうだし、星衛の操作ミスで……とか、考えたくはないよな」


 俺の漏らした言葉に、石原はもっと怖いことを言った。

 と、ふと思い出した俺は、原城の方を見ると既に試合は終わっていた。

 彼女の周りには水が漂っていることから、なんとなくは想像できるが。


「他はいないのか?」


 注目の二人が速攻終わってしまったので、何となしに聞いてみる。

 ただ、そう何人もいないのか、石原も唸るようにしてクラスメイトを見渡した。


「うーん。あとは、いないかな。ああ、一応佐崎って奴もいるけど。異能科では通用しないだろうな」

「ふーん。あ、あのバチバチさせてる奴か」


 どこかで聞いたようなと思って、そう言えば、クラスで割り込んで仕切りたがる奴がそんな名前だったと思い出した。

 学級委員の二人に、よく横から口出ししてかき乱しているのを見る。

 まあ、なんだかんだで、友達は多いみたいだが。


 確か、佐崎興國ささきこうこくとか言ったか。

 なんだか、腕に電気のようなものを纏わせている。

 絵面的にカッコいいな。


 そんなことを考えていると石原が立ち上がる。

 

「お、俺の番みたいだし行ってくるわ」

「ああ」


 そう言った石原に俺が返事をすると向こうにかけて行った。

 で、肝心のこいつだが、確か異能は『念力』。

 制限はあるが相当強力な部類だろう。


 とか、思っていると、模擬戦が始まった瞬間に相手を場外へ押し出した。


「浅野!今度はお前の番だぞ!」


 不意に叫ばれたその言葉に、俺は立ちあがり模擬戦の開始立ち位置へと動いた。







 俺は、立ち位置を確認して、模擬戦の開始の合図を待つ。

 相手は、異能未所持のクラスメイトだ。

 これなら簡単、とも行かない。

 何故なら、相手は対異能用の武装をしているから。

 完全に俺の不利だ。


 恐らく、戦闘に特化していない異能を持つ俺に対して譲歩をした模擬戦の組み方だったのだろう。

 だが、言ってしまえば、目が少しいい俺と、武装した人間では戦いにならない。

 とは言え、負けるわけにもいかない。

 成績もあるが、それ以上に、攻撃を受ければ痛い。

 わざと降参なんてことは認められない以上、真正面から向かって回避するしかない。


「……はぁ」


 自分の中で覚悟を決めて、俺は息を吐いた。

 そして、開始の合図がなる。


 その瞬間、異能を発動する。

 俺の異能である『魔眼』は、戦闘に適さない力だが、それでも試合開始前に発動しておくことはルール上できない。

 だから、ほぼ生身での戦闘を行う俺にとって、唯一の頼みの綱である異能をどれだけ早く起動できるかに勝負はかかっていると言ってもいい。


「ハアァ!」


 相手は、対異能特殊装備の内から選択した一つであろう「対異能特殊警棒」を振る。

 本来、対異能特殊装備と言うのは、武器から身体を守るものなど全身を装備するだけのものがあるが、今回は俺の異能に合わせて制限されているため、使用可能な中から一つ警棒を選んだのだろう。

 ちなみに、異能保持者の身体は、どういうわけか頑丈であるためそれを考慮して全身装備で模擬戦を行うこともある。

 まあ、異能なんてものを生身で使っている時点である程度の耐性はつくという事だろうか。


 ただ、そんな思考は早々に打ち切って、俺は『魔眼』を使って相手の動きを見た。

 俺の『魔眼』は動体視力を高めることもある程度であれば可能である。

 その余裕が先ほどの思考をさせたのかもしれないが、それでも、早く動けるようになったわけではない。

 俺は攻撃を避けることに全力で集中する。


「っ!?」


 振り上げられた警棒をギリギリで躱す。

 後ろに反るような体勢になってしまった俺に対して、相手は攻撃の手を止めなかった。

 再び振り下ろされる警棒。

 頭を狙ったそれを、何とか身体を捻って躱す。


 だが、避けてばかりでは、いつか攻撃が当たる。

 どこかで、こちらから攻撃をいれる必要があった。

 相手も、警棒以上の装備はしていない。

 異能を使用しない体術であっても、通用はする。


 俺は、もう一度打ち込まれた警棒を避け、それによって生まれた隙をついた。

 主目的は、警棒を放棄させること。

 どちらかかが倒れるまで、攻撃などと言ったバカなことはしない。


 だが、それでも、体術は、「異能総合」に含まれた科目だ。

 当然相手も、知ってるわけで、難なく躱される。

 それから、手、足と使って攻撃してみるが、それでも、通用しない。

 更に、攻撃を続けようとして──


 ──模擬戦の終了を知らせるブザーが鳴った。

 時間経過による終了ではない。

 これは…………


「おい、浅野!場外だぞ!」

「あ」


 石原からの野次で、自分が場外へとはみ出していることに気付いた。






「浅野。大丈夫か」


 声の主は、石原だ。


「なにが?」

「なにがって、不満げな顔してるからさ。意外と負けず嫌い?」

「いや、なんて言うか。模擬戦終わって冷静になってみると普通科なのに何で異能で模擬戦何てしなきゃならないのかって」


 俺はそう言いながら少し遠くを見た。

 俺の異能は直接的な攻撃手段を持たないから、勝てる確率も低いだろうし。


「まあ、異能学校じゃない所ですら、普通科はどこもこんなもんらしいからな。なんとも言えん」


 確かに、他のどの高校でも異能についての勉強や、実践は行われる。

 特段俺の学校が特別というわけでもない。


「まあ、でもあっちでやってる異能科と比べれば大分マシだろ」


 石原も俺と同じ方向を見る。

 すると、そこには異能科が使用している「特別運動場」あった。

 そして。


 ──雷鳴が特別運動場の上空まっすぐに光と共に鳴り響いた。

 恐らく、異能。

 異能科の誰かが異能を発動したのだろう。

 全く規模が違うのだと、視覚的に理解させられた。


「まあ、確かにな」


 俺は、石原に同意した。







「いや、南方強すぎ」


 模擬戦を終えた浅野業平が、遠目に見ていたそのころ、当の特別運動場では、賞賛の声が上がっていた。


「まあな」


 賞賛された本人、南方仁は、謙遜をするでもなくそう言った。

 仁は、尻もちをついた対戦相手に手を貸して起き上がらせた。


「助かる。それにしても、『魔眼』ってのは、どれも強いな」


 確かに、一般的に、魔眼と言う異能は強力なものが多いとされている。

 それを考えれば、男子生徒のその発言も自然だった。

 ただ。


「あ、でも、お前が毎朝会いに行ってる、浅野?って奴は『魔眼』だけどそうでもないんだっけ?」


 浅野業平と言う男は、『魔眼』を持っているにも関わらず強力な異能ではない、というのは、有名、とまでは居なくとも、ここ一か月第六異能教育高等学校に通っていれば耳に入っていてもおかしくはない話題だった。

 でも、なにか思うところはあったのか、仁は口を開こうとして──向こうから来た高い声に遮られた。


「じーん!」


 声の正体は、雫蓮花。

 仁の彼女である蓮花は、勢いそのままに彼に抱き着いた。


「お疲れ!はいこれ」


 満足したのか、一度仁から離れた蓮花はタオルを差し出した。

 そんな様子を見た男子生徒は、「いいな」と内心思っており、席ほどの話題はとっくに忘れてしまっていた。

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