浅野業平

環状線EX

第1話 1992年12月20日から2024年5月9日の異能事情


 1992年12月20日。

 世界は変わった。


 そんな言葉と共に政府は異能と言う超常の力の存在を公表した。

 確かに、同年の八月上旬ころから不思議な現象と言うのは、日本だけではなく世界でも目撃されていた。

 特に日本では、妖怪が出たなどと言ってメディアはそれを大々的に取り上げていたことも確かだった。


 カメラを持って、目撃情報を頼りに「妖怪発見」などと、でかでかとテロップを付けて情報をばらまいていた。

 しかし、その多くがヤラセであった。

 自作自演で企画を盛り上げていたのは確かだった。

 だが、それでも、目撃例があったのも本当で、実際にテレビのロケや取材中に何かに襲われてニュースになったのも事実だった。


 けれど、暫くしても、異能に関する情報は出てこなかった。

 依然、妖怪だのなんだのと政府の異能発言に乗じて盛り上げるメディアであったが、インチキ超能力者が表に出ても異能の事例は発見できなかった。

 だが、翌年1月2日、1つのニュースが世間を騒がせた。


 手から水を出す赤ん坊が現れたのだ。

 そして、それを追うように次々と超能力としか言いようのない現象を引き起こす赤ん坊が散見された。

 日本国内にとどまらすそう言った事例の報告は増えていった。


 そんな中、その全ての事例のとある共通点が話題となる。

 それは、これらの異能が発現した者たちは政府が発表した1992年の12月20日以降に生まれていることがわかったのだ。

 つまり、異能という超常の力は、これから生まれてくるものにしか発現しない。

 そんなことが簡単に予想できた。


 その事実が広まって少し、とある運動が行われた。

 異能が発現した子供は殺すべきだと唱える過激的なものだった。

 大人たちは異能に恐れたのだ。

 ただでさえ、予想されたこれらのことではあったが、一人の例外なく大人たちは異能の発現がないとなれば、理性の未だあるかもわからない赤ん坊たちは只の脅威であった。

 自分たちにも、発現するとなれば肯定的な意見も少しは増えただろうが、この状況では致し方なかった。


 だが、これに政府は予想していたのか、異能保持者に対する力の使い方を学ばせるために機関を設置すると表明した。

 それが、第一から第六まである異能学校と呼ばれる場所であった。

 それからも、運動の灯は絶えなかったが、これで取りあえずはひと段落した。


 そのあと、それらは形を変えて、現在存在するのは第一異能教育高等学校、第四異能教育高等学校、第六異能教育高等学校となってる。

 これらに含まれないものは、対象とする子供たちの成長や新規で入ってくる需要にあわせて幼稚舎に変わったり、初等部、中等部に変わったりしている。

 ただし、高等学校以外のそれらの名称に第何というものはついていない。

 そのため、異能学校と言えば高等部であるその三校指すのである。


 ただ、現在2024年時点では、異能学校以外でなくとも異能に関する教育は行われている。

 そのため、歴史的背景や学校としてのブランドくらいしか存在しなく、他の全国に存在する高等学校と比べても特に特別なところも特にない。

 

 そんな学校だが、それなりに学力は必要とされるため、受験時につらい思いをして入った俺──浅野業平にとってはぞんざいに扱うこともできなかった。


 まあ、とにかく、そんな俺が入学したのは三校あるうちの一番数が大きい学校、第六異能教育高等学校であった。

 世間的にはそれなりに知名度のある学校で最初こそテンションが上がったような上がらなかったような気もするが、入学から一か月近くたった昨今では流石に意気揚々と学校に登校するのは難しくあった。

 

「……一限目は数学か」


 めんどくせぇなと思いながら、そんなことを呟いた。

 文系教科が得意とは口が裂けても言えないが、理系教科を受けるなら文系を選ぶ。

 そんな俺は、重くなった足を学校へ一歩、また一歩と、前に進めた。







「お!業平、おはよ!」


 昇降口で上履きを履き替え、階段を上がって自身の教室まで向かった俺を迎えたのはそんな声だった。

 高身長イケメンを体現したかのようなその男は、俺が教室に入るなり挨拶をしてきた。


「おはよう。朝から元気だな、じん


 無視するわけにもいかないので、無難に俺は挨拶をする。

 俺と話している間もクラスの女子の視線を独り占めするこの男は、南方仁みなみかたじん

 見た目も良いが文武両道を体現し、更には異能という面においても相当な実力を誇る男だ。


「ああ!天気もいいし。それに、業平にも会えたしな」

「キモイこと言うなよ」


 思わず背筋が凍りそうになる。

 それに俺がこんな様子なのに、一部の女子が異様な盛り上がり方をみせるのも勘弁してほしい。

 俺にそっちの気はない。


「まあ、そう言うなって!同じ『魔眼』と言う異能同士仲良くしようぜ」

「俺とお前は違うだろ?普通科の俺のそれと異能科でも随一の実力者のお前のそれを比べるなよ」


 仁の言葉に、俺は反論する。

 客観的に見て、これは紛れもない事実だ。

 異能に特化した異能科に在籍するこいつと、普通科にすらギリギリで受かった俺とは違う。


「それに、そろそろHRの時間だ。そこに紛れているお前の彼女もつれてさっさと教室に帰れ」

「確かに、結構ギリギリだ。じゃあ、またな。……おーい、蓮花 れんか。帰るぞ」


 仁は頷いて別れを言った後、向こうに向けて声を発した。


「うん!……じゃあね。みんな!」


 声を掛けられた蓮花と呼ばれた少女は話していたであろう女子に対して挨拶をすると仁に寄って来た。

 西方仁の彼女である雫蓮花しずくれんかは、仁に抱き着くと、不意にこちらに顔を向けて口を開いた。


「浅野くんも、じゃあね!」

「ああ」


 ついでとばかりにそう言った彼女に俺は短くそう返した。

 そして、教室から出て行った二人から目を離した俺は自身の席へと座った。

 窓側後方の角の席。

 そこが俺の席だった。

 席替えをするまでの間、出席番号順で一番前だったのを考えると相当良い位置に改善されていた。


「おはよ。浅野」

「おはよ」

 

 机の横に鞄を掛けた俺に向かってされた挨拶に俺は反応する。

 悲しいことに声の主は可愛い女の子とかではなく、歴とした男である。

 だが、それでも、この教室内で一番親しい奴と言ったらこいつなので無視はできない。


「毎朝、あのイケメンに絡まれてるけど、やっぱ、デキてんの?」

「デキてねぇよ。あと、毎朝同じことを聞いて来るな」


 毎朝、毎朝、仁が教室に入り浸り、終わったと思ったらこいつが同じことを訊いてくる。

 そもそも、アイツには彼女がいるじゃねぇか。

 そんなことを、思っていると再び口を開いた。


「そうそう、知ってるか?」

「やめろ」

「何だよ?」

「何だよ、じゃねぇよ。石原、お前がその出だしで喋り始めるときは大抵──」

「まあ、落ち着けよ。浅野」


 俺の言葉に石原は諭すように言葉を重ねた。


「最近とある噂があってな。出るんだとよ」

「何が?」

「幽霊」


 石原は悪い笑みを浮かべて言った。

 本当なら笑い飛ばしたいところだ。

 だが、残念ながら、三十二年前に常識は変わっている。

 異能が現れる前兆として魔物や妖怪、怪異の類は実際にこの世界に現れていた。

 この三十二年の間に、急増したそれらは人里に限り駆逐されたも同然だが、新しく生まれないとも言えない。

 だから、その手の話はある一定の信憑性を帯びてしまう。

 

 そして、さらに言えば、この石原と言う男の話す噂の類は立派な情報と言えるほどに正確であり、今回の様なこいつの口から出る噂とやらは外れることはない。


「なんだよ浅野、ビビんねぇのか?」

「ビビらないんじゃなくて、お前から告げられて心底面倒くさく感じたんだ」


 俺は、そう言って前をむいた。

 すでに担任は教室に入ってきている。

 席に着くように促されるクラスメートを見ながら、俺はため息を吐いた。

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