エロが俺を攻め立て、エロが俺を俺でなくす

「今日も妖狩りの特集やってたよなぁ」

「かっこいいよなぁ……あ~あ、俺もあんな風に強かったらお金とか稼ぎまくってモテモテなんだろうなぁ」


 聞こえてくる声に、祈は一切反応することはない。

 昨今……というより昔からだが、この世界における妖狩りというのはやはり憧れの対象でもある。

 命がけの戦いをする妖狩りだからこそ、強さに憧れ……そしてお金を稼ぐ能力も高いからだ。


(そういえば、お兄ちゃんは全然お金使わないよね)


 最上級妖を狩る戦闘に立った兄の正義だが、もちろんその強さに見合った給金をもらっている。

 間違いなく若手の妖狩りの中では断トツと言えるだろう。

 だがそんな大金をもらっているからといって、正義が何か特別な買い物をしたりはしないし、祈や両親の生活環境も特に変化はない。


『俺が持ってても仕方ないし、何か必要な時に使ってよ』


 正義はこう言って常にお金は家族に預けている。

 彼は本当にお金に使い道がないというか興味がないのもあるだろうし何より、何かあった時のために自分よりも家族のためにという気持ちが強かったのだ。


『俺は刀で妖を狩るだけが取り柄だからな。祈が何かやりたいことがあったならそのために金は使ってくれよ。もちろん父さんも母さんも家のことで必要があったら遠慮なくな』


 そうは言われても、中々そのお金に手を付けられないのも仕方ない。

 それもあって正義は家の家電なんかに関して、無理にでも両親を外に連れ出して買わせたりしているし、祈にも洋服など一緒に買いに行こうと言ってくれる。


『祈は良いよねぇ。あんなかっこいいお兄ちゃんが居てさぁ』

『なんでも買ってもらえるじゃん』

『ねえ、あたしたちに紹介してよ~!』


 誰が紹介するかタコと言って、若干関係が終わってしまったものも少なくないが……やはり祈と彼女たちからすれば感覚が違うのだ。

 祈にとっても正義はかっこいい……というか愛している。

 しかしながら彼に何もないんだと信じていても、もしも何かあったらと怖くもなる……それが命を懸けているということだから。


(それにしても……良い感じに男子から声を掛けられなくなったな)


 少し前までは、中学生離れしたスタイルと美貌を持つ祈に多くの男子が声を掛けてきていたが、最近はそれも鳴りを潜めた。

 というのも以前のストーカー未遂があってからか、祈が兄に対して異常なほどの想いを向けているというのが知れ渡ってしまったから……まあ本人は至って気にしていないし、仲の良い友人たちや他の人たちからしてもあんな兄が居ればそりゃそうなると思われているのもある。


「い~のり!」

「わっ」


 背中に抱き着いてきた友人に驚き、祈は手を止めた。


「何してるの……えっ」

「何でもない」


 サッと祈はノートを閉じた。

 ちなみにノートには端から端まで祈が考える正義の良い部分だけが書かれており、さながら不気味な異界の呪文のようにも見えるだろうか。

 もちろんこのノートは授業用の物ではなく、ちゃんとしたお兄ちゃん愛してるノートなので何も問題ない。


「あいつらさぁ、さっきから妖狩りが羨ましいとか言ってるけど浅い考えだよね。命の危険があること分かってんのかな?」

「さあ、分かってないから言ってるんじゃない?」


 さっきも言ったが、一般人が憧れを抱くのも無理はない。

 それだけ以前に比べて平和になり、この街は妖の脅威があまりにも低いと認定されるくらいになった……それだけ、兄を始めとした妖狩りの活躍が凄まじいからだろう。


(……最初、人間たちは妖に狩り尽くされるなんて言われてたのにね)


 ニュースでは常に妖の脅威が特集され、妖の手によって人が死んだという話は日常茶飯事だった。

 だから祈は考えたことがある――もしも兄の存在がなければ、自分を含めて人間は終わったんじゃないかと。


(そんなこと……まさかって思うけど考えちゃうんだよね)


 祈は意外と……いや、かなり勘が鋭い。

 確かに正義が居なかったら人類は敗北し、今この瞬間にはもう人間という存在は狩り尽くされていた……だからこそ、最上級妖を討伐したという実績は大きいのである。


「ねえ祈、放課後どうするの?」

「今日はお兄ちゃんたちと買い物なの」

「へぇ、何を買うの?」

「水着」



 ▼▽



「俺、居る必要ある?」

「あるわよ」

「あるでしょ」

「あるよ」


 元々約束というか、声を掛けられてはいたけど実際にこうして駆り出される日が来ようとは……。

 先日プール掃除があったわけだが、夏本番を前にして女性陣たちに付き合う形で水着売り場に来ていた……ふぅ。


(女性物の水着売り場に男の俺が居るって……嫌だわなんか)


 同級生の輝夜と愛華、そして妹の祈に連れられてだけど……まあある意味この人数で良かったと思うべきか。

 会長も桜花も家の用事があってこの場には居ない。

 三人でもマズそうな雰囲気なのに、五人も居たら多勢に無勢だ……蒼汰の奴は楽しんでこいよと言って手を振ってやがったし……つうか最近思うんだけど、あいつは愛華のことが特に気になってなさそう……?


「……ふむ」

「どうしたのよ」

「い、いや何でもない」


 輝夜に声を掛けられ、俺は何でもないと首を振った。

 それから三人とも、まずは思い思いの水着を手に取り……そして輝夜が俺の手を引いて試着ボックスの中へ……え?


「……え?」

「確保したわよ」

「いらっしゃい正義君」

「うん。お兄ちゃんは私たちの着替えを見守る義務がある」

「……ごめん。俺は君たちが何を言ってるのか分からないんだけど」


 突然のことに、いつものキレと勢いのある言葉が出てこない。

 試着ボックスというのは文字通り、気になる服なんかを試しに着てみるための小さいスペースで、この中に四人も入るとそこそこ……いやかなりキツイ。


「……っておま――」


 お前ら何してるぅ!?

 そういつものように大きな声のツッコミを入れようとして、輝夜ががばっと俺の口を抑えた。


「良いの? この状況で大声を出して、この中にあなたが居ると店員たちに知られるのは」

「は、はいぃ!?」

「まあ店員さん面白がるみたいにこっち見てたから大丈夫そうだけど」

「え、えぇ!?」

「男一人と女三人が試着ボックスに……むしろ何もないのが失礼」

「……………」


 いやいや、何が失礼なのか全くわからないんだが!?

 というかこの空間に四人はマズいって思ったばかりだけど、急激に俺の中の何かが産声を上げようとしている……なんだこれ?


「ふふっ、男心を刺激する香りを増幅させているのよ。妖だからこそ出来る芸当とも言えるわね。本来は捕まえた女用なのだけど……ま、こういう使い方もありね」

「そんなのがあるんだ」

「凄い」


 何をお前ら二人は感心してんだよ!

 外に居る店員だけでなく、他にもお客さんの姿はあった……中には小さな子供も居たし、そんな子たちに変態なんて言われたら俺は悲しみに包まれてしばらく泣くぞ!?

 輝夜が言ったようにあまりにも良い匂いが充満しすぎて、俺の体の色んな部分が彼女たちに反応している……くそっ!? どうやったらここから逃げられると言うんだ!


「さ、着替えましょうか」

「そうだね!」

「うん」


 ただでさえ狭いのに、それでもなお着替えをしようとするお前たちに俺は絶望だよ!

 声が出せないのと可能な限り匂いを嗅がないように口と鼻を抑え、視界からも彼女たちを排除するように背中を向ける……だが、そこで俺は気付いてしまったのだ――背中を向けたとしても、俺の目の前にあるのは大きな鏡……つまり、三人のお着替えがバッチリ生中継状態ということに!


「っ!?!?!?!?!?!?」


 鏡に映る肌色と、チラッと見えた桃色の……ええい心頭滅却!

 最初からそうしていれば良かったと後悔するのも遅いが、咄嗟に目を閉じて暗闇の世界へ俺は旅立つ。


(くそっ……これはもしや、俺の考えはやっぱり正しかったのか!?)


 元々人の命が軽いエログロ満載の世界……そこからグロという言葉が失われたら、残るのはエロの二文字だけ!

 とにかくこちらの理性を削り取るような行いが最近は特に目立つようになってきたが、まるで世界そのものが俺に対してはよ楽になれよ抱いてしまえビュビュッと一発かましていけと言ってるかに思えてしまう!


「……って輝夜!?」

「あら♪ なあに?」


 好奇心に突き動かされ、目を少し開けて飛び込んだのは三人の水着姿。

 ビキニという形状で布面積は少ないが、大体オーソドックスな水着の愛華と祈はまだ良い……はちきれんばかりで零れそうだしぽろんとしそうだがまだ良い!

 問題は輝夜だ!


「なんつう水着だそれは!」


 輝夜の水着は……何だろうこれ。

 ちゃんと大事な部分を守っているのは確かだが、胸に至っては大事な部分をほっそい布が隠しているだけ……こんな水着があってたまるかと言わんばかりの物だ。


「そんなん着てどうするつもりだ! 仮にも高校生を名乗るならもう少しちゃんとした物をだなぁ! つうかエロ過ぎる輝夜に悔しいけど似合ってるとはいえ、もっとお前の魅力を最大限に発揮出来る水着があるだろうがよ! こんなエロに頼りっぱなしの水着じゃなくて、もう少し良い感じの奴を選べっての!」


 ふぅ……息継ぎなしに喋るのはやっぱりしんどいぜ。

 頭に血が昇り過ぎて大変なことになっているが、とにかくもっとちゃんとした物を着てくれ頼むから!」


「そ、そう……なら考え直すわね」


 だからなんで俺じゃなくてお前が照れるんだよ! 俺何も相手を照れさせるようなこと言ってないだろ!?

 ふぅふぅと鼻息荒くなった俺だが、出て行った輝夜だけでなく愛華と祈が居ることも思い出す……一人減ったところで脅威は残り続けており、俺は頭の中で心頭滅却という言葉をとにかく連呼するのだった。


(クソが……なんでこうも俺の理性をガリガリに削りやがるんだ……耐えろよ俺……たとえこの世界を救ったことに一役買ったとしても、俺みたいな本来居ないはずの人間がこの世界の人に手を出すなんてあっちゃならねえ……俺が汚したら絶対にダメなんだよだから耐えろおおおおおお!!)


 もはや、自分の中で必死に理由を探すだけでも疲れる……どうせ風俗に行こうとしてもダメなら……いっそのこと、妖であり性に奔放な輝夜に頼むのも悪くないとか……あっちゃいけないけど考えちまうくらいだから本当にマズい所まで来た気がする。




【あとがき】


元々一話だけで書いて満足していましたけど、何だかんだめっちゃ続いてしまったなぁということで、このドタバタ劇もそろそろ終幕を迎える頃だと思います。

偶には勢いのままに書くのも良いなぁということで、もうちょいで終わりますので最後までお付き合いくださればと思います。

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