まるで俺がヒロインみたいで嫌なんだが!?

「おはよう正義」

「おはよう正義君!」


 俺にとってもっとも弱点となる風邪の日を乗り越えた翌日だ。

 こんな俺でも風邪は引くんだなと、中々に失礼な視線をいくつも受けながら教室へと入り、蒼汰と愛華から挨拶を受けた。


「昨日はしんどかったみたいだけど、やっぱ一日経てば元気だな?」

「あぁ……でも昨日はサンキューな二人とも」

「ううん、全然良いんだよ。でも……桜花ちゃんがお昼から行ってたのは予想外だったよ」


 昨日は……まあまあ凄い一日だった。

 桜花が昼から来てくれたのはもちろん、放課後になった段階で蒼汰と愛華、輝夜と更には会長まで押し寄せたのだから。

 ただ蒼汰が言ったように、昨日の俺はマジでしんどかった……だから軽く会話をした後、俺の回復を祈るようにみんな帰って行った。


『正義……あなたは――』


 ただ、あの状態の俺を初めて見た輝夜だけは何か気になったらしい。

 もしかしたら妖として人とは違う分、俺の中から完全に力が消えたことに気付いたのかもしれないな……ま、輝夜のことだし特に言い触らしたりはしないと思うので心配はしていない。


(でも……流石だったな彼女たちのエロさは)


 桜花が来た時もそうだけど、俺の頭は熱でやられていた。

 それなのにそのしんどさを貫通して俺を興奮させるエロさ……やっぱりあいつらは危険だなと俺に再認識させてくれたぜ。


「おはよう、正義」


 そうしていると輝夜も登校してきた。

 彼女が転入してからそれなりに経ち、妖として生きてきた彼女も随分とクラスに馴染んでいる。

 愛華や桜花、会長なんかを筆頭にこの学校には優れた容姿を持つ女子が集まっているが、その中に居ても目立つ輝夜はもうこの学校において人気者としての立ち位置を確保している。


『輝夜さん、めっちゃ人気だぞ? 先輩はもちろん後輩もだし……一緒に妖狩りの誘いも沢山あるたみたいだ』


 妖である輝夜を妖狩りに誘うなんて何のギャグだと言いたくなるが、それだけ輝夜にお近付きになりたい人間が多いということだ。

 この学校の人間はもちろん他の学校だってそう……更に言えば、そこそこ金を持つ家の人間なんかになると、わざわざ教師を通して勧誘してくる奴さえ居る。


『全く興味ないわ。私はただ、彼の傍に居られれば良いのだから』


 目に見えるところで誘われても、輝夜はそれしか言わない。

 ただそうやって俺の傍に近付くことで、最近は妙に後輩男子から憧れの目線を多くもらうようになった……時には、どうしたら輝夜のような素敵な女性とお近付きになれるんですかなんて質問もされるくらいで……つうかその度に輝夜は一切否定しないし、それどころか笑って彼らを煽るのはどうにかしてほしい。


「もう風邪は大丈夫なの?」

「あぁ……って、そればっかりだな」

「いやいや、それだけみんな心配してんだよ」

「そうだよ? でもたった一日でこんなに良くなるのも不思議だよね。私とか一度風邪引いたら二日は休むもん」

「ま、俺が特別なだけだろうな」


 これに関しては祈や両親も首を傾げるくらいだから。

 俺があの状態になるのは基本的に一日だけで、翌日には絶対に完治して元気になる。

 それこそ本当に前日は風邪だったのかと不思議がられるくらいに、綺麗さっぱり治るんだ。


「まだ朝礼は始まらないわね……ねえ正義、ちょっと良いかしら?」

「あん? おう」


 つうわけで、輝夜に連れられて屋上へ向かった。

 彼女に付いて後ろを歩くだけで、フリフリと揺れる尻とか漂う甘い香りとか気になるものの、真剣な顔で呼び出されたら拒否れないんだよな。

 一歩、また一歩と進むのに比例して集まる多くの視線を受けながらも、輝夜は堂々と歩き続けていく。

 そして屋上に着いてすぐ、輝夜は確信を持つように口を開いた。


「昨日のあなた……ただの風邪じゃないわね?」

「流石だな……やっぱ気付いてたか」


 何となく、この話だろうとは思った。

 予期していたのもあってかすぐに俺は頷き、彼女には誤魔化そうとさえ思わなかった……というのも、見舞いに来てくれた相手でもあるしないくら病人の俺をムラムラさせたとはいえだ。


「そんなに聞きたい?」

「聞きたいわ」

「分かった」

「……やけに素直ね」

「黙ってても仕方ねえし」


 というわけで素直に全て話すことに。


「つっても、あの状態は普段の俺を見ているからこそ不思議に思ったんだろうけど、普通の人がちょい重たい風邪を引いたように見えただろ?」

「そうね……確かに普段のあなたを知っているからこそ、あまりにも普通の人間過ぎたわ」

「そういうことなんだよ。俺は年に数回程度、ああいう日がある……俺は強いんだと自負する強力な力の一切を振るうことが出来ず、あまりにもしんどくて動けなくなる日がさ」

「……そうだったのね」

「ちなみに桜花しかこれは知らない……一度だけ、桜花の前で無茶をしたことがあったから」


 ちなみにこの症状は、少し前に予兆みたいなので分かる。

 桜花の時はその予兆を感じ、とっとと任務を済ませた時に症状が出てきたというある意味ベストタイミングだった。

 ついさっきまで元気だったのに、いきなり顔色を悪くして動けなくなったら俺だってビビるし。


「待ちなさい」

「っ!?」


 その声は、あまりにも圧があった。

 俺をジッと見つめる輝夜は、どこか怒っているようにも見えて少し気後れしてしまう。


「それってつまり、体調が悪い中で戦ったってこと?」

「い、いや……予兆で分かってたからとっとと済ませて……だから大丈夫だった! 桜花に送ってもらったし!」

「体調が悪くなると分かっていたのに、早く済ませれば良いと思って戦ったってことでしょう?」


 一歩、また一歩とこちらへと足を進め……輝夜は俺のすぐ目の前で立ち止まった。

 ふわっと鼻孔をくすぐる甘い香りは先ほどよりも強く、まるで脳に直接暗示を掛けられているかのように彼女から目を逸らせない……この視線の鋭さは、まるで初めて彼女と会った時のよう……けれど敵意はもちろん一切感じない。


「終わったことをグチグチ言う女は嫌でしょうけど、敢えて言わせてもらうわね――もしもあなたに何かあったら、こうして私があなたと過ごす瞬間が無かったかもしれない……あの時、私を助けてくれる人が現れなかっただけでなく、今のような充実した日々を送れなかったかもしれない」

「……それは」

「ないとは言い切れないでしょう? 私はあなたに助けられ、あなたによって変えられたの。酷い言い方をすれば、私はあなたのせいで生きる喜びを与えられたの……あなたは私という女の生き方を変えたのよ?」

「……………」

「これは……そうね。ただの愚痴みたいなものよ――あなたが居なかったら私はこうして存在しなかった可能性がある……だから私にこんな喜びと嬉しさを与えた以上、この日々がもしかしたら失われていたかもしれないだなんて認めないわ」


 輝夜は強くそう言い放った。

 ま、言われていることは分かる……結局のところ、俺が無茶をしていたら死んだかもしれないもしもを彼女は認めないと言っているんだ。

 ここまで言われてしまえば笑い飛ばすことも出来ず、俺はただ勢いに負けた情けない男のようにこう言うしかない。


「……ま、だからこそあれから気を付けてる。あの桜花があそこまで取り乱したのもそうだけど、俺に何かあったら悲しんでくれる仲間が沢山出来ちまったからさ」

「そうね……あなたは本当に多くの人を惹き付けているわ」

「そんなつもりなかったんだけどな。俺はただ、助けたい人を助けて好き勝手に頑張っただけだ」


 まあでも、こんな俺でも体調が悪くなって力がないのに戦場に無理に出ようとかは絶対にないぞ?

 一般人は妖に勝てない……だから力のない俺は一瞬にして殺される。

 けれどそうだな……自分にとって――


「言いなさい」

「え?」

「今口にしようとしたことを言ってみなさい――怒ってあげるわ」


 今口にしようとしたこと……俺はそのまま喋った。


「たとえ力が無くて戦えなくても、俺はお前たちを見捨てないと思う。自分の力がないせいで、そう後悔するくらいならお前たちのために死ぬさ」


 ……ほんと、自分でも不思議なくらいにすんなりと出てきた言葉だ。

 もちろん、こんな考えは許さないと輝夜に叱られてしまい、それで残された側はどんな気持ちになるのかと詰められ……もちろん俺はそれに答えられなかった。


「まだ朝礼まであるわね……よし」

「何が?」

「ふっ!」

「っ!?」


 輝夜の姿が揺らめいたかと思えば、足払いをされて背中から俺は倒れてしまう……マジかよ、全然反応出来なかった。

 俺は強い……でもその強さは敵にのみ向けられる。

 輝夜はもう俺の仲間という認識なので、裏切りでもない限りはその攻撃への反応も若干鈍くなる。


「……って痛くない?」

「当たり前でしょう」

「お、おい……おま」


 背中はコンクリートではなく、輝夜が生み出した触手に受け止められているようだが、それ以上に輝夜は妖としての力を行使したことで、制服姿から着物姿へと変化している。

 久しぶりに見たエロ女完全体の姿に、急激に体の熱が上昇するだけでなく凄まじい興奮が押し寄せる。


「ここは学校だぞ!? そんな恰好をするんじゃ……って近付くな! 前にも言ったよなぁ!? いつもの恰好でもエロ過ぎるってのに、その恰好は反則級なんだよ馬鹿野郎がぁ!」

「今は私のターンよ? ちょっとそのうるさい口を閉じなさい」

「むがっ!?」


 な、何をしてやがる……っ!?

 突然のことに、俺は脳がスパークしそうなほどの衝撃を受け……とにかく、現状を意識しないように心を無にするよう心掛ける。

 でもヤバイ……ムクムクと俺の狼が起き上がりそうなんだけどぉ!?



 ▼▽



 輝夜は真剣な表情で、顔を真っ赤にする正義を至近距離で見つめる。

 密着しているからこそ正義は段々と体を熱くし、彼の興奮度合いが香りと発汗によって伝わってくる。

 どういう体勢なのかを説明すると――輝夜は言葉通りに正義の口を閉じさせるため、豊満な膨らみの片方を正義に顔の下半分に押し付けている。


「正義、やはりあなたは色々と知るべきよ。それを知ることで、あなたの自己犠牲心はある程度緩和されるでしょうし、何よりどんなことがあっても、誰かが居るからとあなたの命をこの世界に縫い付けるはずだから」

「っ~~~!」

「ふふっ、思いっきり口を動かして息を吸ったらどう?  ほら、幼い頃にあった哺乳瓶からミルクを吸うように」


 正直、攻めすぎているとは輝夜も思っているが、やはりこれくらいのことはして意識改革はしなければと再認識した。

 正義は、女という生き物を知るべきだ。

 そうして愛し合うことであったりなど、多くのことを知ることで自分の存在は自分だけのモノではないと理解するはず……結局のところ、彼が拒んでいることそのものが彼を生かすことに繋がる。


「……ぷはぁっ!?」

「ま、今日はこの辺りにしておくわね」


 顔を離した正義は、それはもう真っ赤だ。


「い、いきなり何してんだよお前は!」

「あらあら、随分と反抗的ね? これ……見せちゃおうかしら?」

「っ!? いやいやいや! それはお前がいきなりさぁ!!」


 胸に付いた僅かな歯型を披露してやろうか、そんな輝夜の言葉に正義は鬼でも見たような視線で睨み付ける。


(ねえ正義、あなたは堕ちるべきよ――そうすれば絶対、今よりもあなたは自分が大切になる。自分がどれだけ想われているのか、それを知ってさっきの言葉のような無茶はしなくなるでしょう)


 力を失うことを聞いて弱さとは思わず、それさえも正義の良さだと輝夜は笑った。

 だが、正義は気付いていないだろう。


Q命がけであなたを助けた少年は、時に全ての力を失い無防備になる時がある……それでも、あなたを助けられないのであれば意味はないと、後悔したくないと無力な自分でも盾になると真剣に言われた時……さあ、あなたはどうしますか?


 こんな質問を突き付けられた時、彼女たちが何を言うのか……それはあまりにも簡単な問題であろうか。

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