俺も偶には素直に弱くなる

「……はぁ、しんど」


 学校に行かず、ベッドの上で俺はそう呟いた。

 俺は転生者特典として最上級妖を倒すことの出来る力を持っているというのは、何度も言っている強さだが……そんな俺にも、もちろん弱点と呼ばれるものはある。

 それが今日の状態だ。


「ったく……やってらんねえよこのしんどさ」


 俺は強い……今まで何度も奇跡を起こし、本来失われるはずだった命をいくつも救ってきた強大な力を持っている俺ではあるのだが、そんな俺は年に数回高熱に魘される日が訪れる。

 これがただの風邪ではない……この日だけ、俺は一切の力を使うことが出来なくなるからだ。


「……今の俺はただの一般人かぁ……なんつうか、前世の自分の体みたいな感覚だな」


 妖狩りとして本格的に活動を始めてからこの現象に悩まされているが、戦うための力を一切使えないのは中々に不安を煽ってくる。

 幸いに今までは、こうして寝込んだ日に妖は活発に動かなかった。

 もしも近くで妖が暴れたとしたら……今の俺では全く歯が立たないので相手することは出来ないだろう。


「……やれやれだ」


 原作を改変し、奇跡を手繰り寄せる力を持った俺の弱点……たった一日だけ完全に力を失うってマジで漫画みたいだわ。

 まあでも、こうして風邪で休むと俺も人間なんだなって思わせられる。

 ちなみに今の状態の俺について詳しく知っている人は居る……それは家族ではなく、共に任務をしていた時に傍に居た桜花だ。


「あの時はあいつ……くっそ焦ってたな」


 あの頃はまだ、妖に寄生されていたってのに……何だかんだ、あの時が一番殺されてもおかしくなかった時か……?

 ま、既に過ぎ去った過去のことだ……今日は何も考えず、夕方まで大人しく寝るとしよう――なんて、そう思えたのは昼くらいまでだった。


「……うん?」


 ピンポンとインターホンが鳴ったので、俺は重たい体を起こして玄関へと向かう――するとそこに居たのは、まさかの桜花だった。

 いつものニヤニヤした微笑みはなく、どこか緊張しているような……ソワソワしているような表情だ。


「……取り敢えず開けるか」


 扉を開けると、桜花はぱあっと顔を明るくした。


「こんにちは先輩。愛華先輩から軽く聞いたんですけど、やっぱり風邪だったんですね」

「あ、あぁ……」


 いつもの間延びするような喋り方ではなく、どこまでも真剣な声音だ。

 普段の桜花がクソ生意気淫乱ギャルピンクというのは周知の事実だが、俺がこうして体調を悪くした日の彼女は基本的に真面目で、逆にこっちがペースを崩されてしまうくらいだ。


(……………)


 ただまあ、相変わらず谷間は見えてるしスカートも短いしで数日前に発散出来なかった性欲が暴れ散らかりそうになっているが……流石に熱によるしんどさの方が上回っている。


「う~ん……やっぱり先輩、最近のあたしに対するキレがなくなるくらいにしんどいんですね」

「そりゃまあ……頭とかいてえし」

「ご飯食べました?」

「食べてない」

「お粥くらい作りますよ」


 そう言って桜花は入れてくださいと言った。

 学校はどうしたんだと言いたくなるけど、彼女のことだし何かと理由を付けて早退したんだろうなぁ……そのことに申し訳なさもあるし、今から戻れとも言いづらい……それというのも、こんな風に気を利かせてもらって帰れって言うのは鬼畜すぎるだろ。


「なんつうか……俺もそうだけど、こういう時の桜花って良い子だよな」

「その言い方凄くムカつくんですが……なんですかぁ? 今の状態を幸いだと言って襲った方が良いですかぁ?」


 台所に立つ桜花はそう言いつつも、お粥を作ることだけに集中しているので今だけは全て冗談だろう。


(……はぁ、確かにキレもなけりゃいつも以上に感謝の念が尽きない。こうして体調を崩してる中、お粥でも作りに来てくれるのは……あぁちょっと泣きそうかもしれん)


 いやいや、こうだよこういう青春で良いんだよぉ!

 一体何様だって感じだが、やっぱ人間熱が出るとちょっと頭がおかしい方向になっちまうんだ。


「あ、たぶん放課後になったら愛華先輩と蒼汰先輩……輝夜先輩も寄るんじゃないですかね」

「ふ~ん? 愛されてるねぇ俺は」

「……ほんと先輩、この時って素直になりますよね」


 はぁ? 俺はいつだって素直だと思うけどな。

 つうかマジで頭がフワフワしすぎて、桜花の胸と尻にしか視線が向かないんだけど……いやはや、これは重症だぜ。



 ▼▽



「どうでしたか?」

「めっちゃ美味かった。ありがとう桜花」

「っ……はい♪」


 正義の素直なお礼に、桜花は満面の笑みを浮かべた。

 今日も今日とて正義に対しエッチなアプローチを掛けようかと考えていた時に、愛華から全体連絡の一つとして正義が風邪で休むことを伝えられたのだが、桜花はそれを聞いた瞬間に昼に早退することを決めた。

 それを正義が望まざるとも、桜花にとって正義が風邪という状況は特殊な意味合いが大きいからである。


(……ほんと先輩って不思議。先輩がいつも以上に素直なのはもちろん、あたしの方も変に近付いて誘惑とかしちゃダメだって思わせられるし)


 お粥なんて胃に優しいだけで大したものじゃないのに、正義は本当に美味しそうに食べただけでなく、桜花のことを自慢の後輩だとも言うようにべた褒めしてくれた。

 桜花にとってそれが嬉しかったのはもちろんだが、こういう時の正義は自分が守らなくては……なんて気持ちにもさせられるのである。


(先輩は凄く強い……正に不可能を可能にする存在……そんな先輩が唯一力を失う日……それを知っているのはあたしだけだもんね)


 正義に対する心配と、自分しか知らない秘密への優越感……そのことに桜花はにんまりと笑ってしまう。

 少しでもお腹が膨れたことで、正義は気持ち良さそうに眠っている。

 小さな子供のように……それこそ妖と戦う力なんて一切持ち得ない少年のような正義の顔を桜花はジッと見つめた。


「……先輩」


 桜花は基本的に、正義とのエッチな妄想を考えるのが好きだ。

 正しく淫乱ギャルピンクという名がピッタリでしかないが、そんなものは好きなんだから仕方ないと桜花は逆に胸を張る。


「あ~あ、あたしがもっと雑な性格してたらなぁ……この状態の先輩にすぐ襲い掛かって既成事実作っちゃうのにぃ」

「……ぐへへぇ」


 桜花の呟きに、何やら幸せな夢でも見てるのか正義の顔はデレデレだ。


「……………」


 二度目になるが、桜花は正義との妄想が大好きだ。

 そのせいなのか女性としての魅力がフェロモンとして溢れるのか、外に出れば多くの視線を集めるだけでなく、確かな変化として体にも表れる。


「ねえ先輩? 先輩に会った時より更に成長したんですよ? 毎晩毎晩、先輩のことを想って慰めてるんだからそりゃそうなりますよね」


 正義との妄想をするだけで時間が過ぎ去る……そして、もう一つ桜花が好きなのは正義が助けてくれた時のことだ。

 妖に寄生されていた……その事実を隠すことは出来ず、両親に話さなければならなかった……基本的に妖に寄生された場合、元に戻ることは出来ないとされていたので、助かったと喜んでいた両親が桜花に対し一瞬とはいえ拒絶するような表情を見せた。

 だが、それは仕方がないこと……だってそれが、人間としての本能だからだ――だが、そこで口を挟んだのが何を隠そう正義だった。


【桜花のお父さんにお母さん、その先は言っちゃいけねえ――親が子供に絶対に言っちゃならない言葉だ】


 それは強くも優しい声音だった。

 両親の顔を見て絶望しかけた桜花の心を守るように、正義は優しく桜花の頭を撫でながら言葉を続けたのだ。


【桜花は……この子はずっと妖に寄生されていた。それでもこの子が人のために妖狩りとして戦っていたのは確かだし、何よりずっと妖を抑え込んでいたんだ。たとえ気付かなくても、自分の中に何かがあるっていう恐怖心はあったはず……それでも桜花はずっと頑張っていたんだ】


 正義の言葉に、両親の顔色が変化した。

 自分たちは何をしようとしたのかと後悔するような……両親のそんな表情は見たくなかったが、それでも自分はまた両親の娘に戻れるんだという安心が確かにあった。


【俺が……俺たちが妖を狩る中で、桜花の力はとても助かってる。あなたたちの娘はもう、俺たちにとって必要な存在なんですよ――お二人も耳に挟んでると思うんですが、今の俺たち生徒会は歴代最強って言われてるくらいに強く、人々を守る希望であると自負しています。あなたたちの娘はそんな俺たちの一員であり、仲間なんです。妖に寄生されてしまったことに恐れるよりも、それをずっと抑え続けたこの子を褒めてあげてくれませんか? 助かったばかりで心が弱っているこの子を、誰よりも分かってあげられるのはあなたたちご両親でしょう?】


 どうして……どうしてこの人はこんなにまで優しいのだろうと、桜花が強く思った瞬間だ。

 その言葉のおかげもあって、桜花は今もなお両親との尊い日々を送り続けている……もちろんその言葉がなかったとしても、桜花は優しく強いので自力で両親との時間を守ることも出来たはずだ。

 だがやはり、正義の言葉があまりにも心に刺さり続けている。


「先輩……早く、良くなってくださいね?」


 弱い正義も可愛いが、やはり馬鹿みたいに強く……馬鹿みたいにエロがどうとか言っている正義の方が桜花は好きなのだから。


「ぐぅ……これは……」

「先輩?」


 何やら正義が魘されている……桜花は心配になり、咄嗟に手を握ろうとした正義はこう寝言を続けた。


「これが……女性のアレ……か。輝夜……最高」

「……はっ?」


 どうやら正義は夢で輝夜としちゃってるらしい。

 しかも最高とか言ってしまっている……一瞬にして無表情になった桜花は改めて決心した――必ず、正義の全てを奪ってみせると。

 絶対に逃がさない……そう桜花はニヤリと嗤った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る