俺は主人公じゃねえからフラグは立たねえんだよ
「……ふっ、ついに来てしまったか」
今、俺は大人への一歩を踏み出した!
じゃなくて、ちょっと早とちりしたが一歩を踏み出そうとしている。
「胡蝶の夢……何ともお洒落な名前だぜ」
俺が訪れたのは大人のお店であり、店名は胡蝶の夢。
胡蝶の夢――言葉の意味としては現実か夢か判断が出来ない的な意味合いを持っていたはず……なるほど確かに、それだけ夢のようでありながら現実的な快楽をお届けしてくれる店ってか!
「……いやぁテンションぶち上がるぜ」
色々とリサーチをする中で、この店はとにかく評判が良かった。
嬢たちがとにかく上手だとか、どんな要望にも応えてくれるほどに献身的だとか……とにかく素晴らしいとの評判ばかりである。
高校生でこういう店を利用するのは……良くはないが、俺の精神は大人みたいなものなので良しってことにしよう。
「つうか、この辺りに来るのも初めてなんだよなぁ」
こういう風俗店があるということ、それはつまりこの区画はそういう類の店が多いということになるので、今までこんな場所とは縁もゆかりもなかったからこそ色々な発見がありそうだ。
「……ふぅ」
自慢じゃないが、俺は前世でも風俗には来たことがない。
まああれだ……憧れみたいなものは僅かにあれど、ちょい怖かったというのもあったから……だがしかし、この世界の俺は違う。
確かに日々、凄まじいほどのエロ女たちと過ごしながら理性をガリガリに削られているが、それを耐えることの出来る強さを持っている!
だから俺は強い……ついでに妖も倒せるくらい強いんだと、自分に喝を入れていざ入店!
「……なんだ?」
店の自動ドアが開いた瞬間、俺は振り返った――まるでいくつもの視線に晒されているような……それこそ、このまま進んでしまったら色んな意味で終わりを迎えそうなよく分からない感覚がある。
だが足を止めるな正義、俺は今日何のためにここに来た?
日々の疲れを癒してもらい、そして溜まったものを抜いてもらうためにここに来たんだろう? そう、これはある意味体をリラックスさせるために必要なことなんだ。
「いらっしゃいませ~!」
可愛らしくも、違和感を感じさせる店員の声が響き渡り……俺はその瞬間、妖を切るための刀を抜いた。
▼▽
自身にとって、愛おしい男が風俗の建物へ入って行く……それは輝夜の心をこれでもかと掻き乱すだけでなく、何故そんな売女なんぞに頼るのだと黒い感情が胸に飛来した。
学校が終わってすぐ、常に正義の家を監視している使い魔を通して彼がここに向かうのを察知したのだ。
(許せないわねぇ……そんなものに頼るだなんて――さて、どうお仕置きをすれば良いかしら?)
正直、ここまで来たら形振り構わないで良いかとも輝夜は考えた。
妖は女を苗床へと変化させる――これは痛みを伴うものではなく、必ず女にとっての快感を増幅させる処置を取ってから行う。
そうすることで妖の手に掛かった女は自ら股を開き、壊れても良いからもっとしてくれと懇願する……そうさせるのが妖の力だ。
だが、それは何も女だけの作用するものではない。
妖の女である輝夜だからこそ、男の体に自身に対する欲を全て植え付けることも可能で、それこそ輝夜に己の分身を半日は突っ込ませておかないと満足出来ないように調教することだって可能だ。
(そんなことはしたくないけれどねぇ)
それでも、どこぞの顔さえ知らない女に正義の体を好きにさせるくらいであれば、いっそのこと……そう思った彼女だったが、どうやら正義の企みに勘付いた女はまだ居たらしい。
「……あなたたちは」
「輝夜さん……?」
「え? 輝夜?」
正義の妹である祈と、そして愛華だった。
二人とも輝夜が居たことに関しては予想外だったみたいだが、それよりも店の中に消えて行った正義のことが気になるらしい……というか二人とも、目が充血するだけでなく瞳孔が開きまくっているくらいには店を見つめており、目からビームでも放って店を破壊しそうな勢いだ。
「正義君はこんな……はっ?」
「お兄ちゃん……流石にこれは……ないよねぇ?」
これぞ正しく、大きな嫉妬の表れだ。
輝夜は二人を巻き込み、自身の企みを話して正義を襲ってしまおうかと考えたその時だった。
輝夜は、己以外の妖の存在を感じ取る――それは正義が入って行った店から感じた。
「っ!?」
「輝夜さん? 愛華さんも……どうしました?」
一般人である祈と、周りを歩く酔っ払った大人たちは気付けない。
というより輝夜でさえもこれは予想外だった――正義が店に入って少しするまで、この店から妖の気配が全くなかったからだ。
輝夜が感じ取ることさえ難しいレベルの妖が潜んでいた……それが全ての答えであり、すぐに店の中から悲鳴が聞こえた。
「祈ちゃん、私から離れないように」
即座に愛華は祈を庇うような体勢へ……そして、店の二階に位置する壁が吹き飛んだかと思えば、一匹の妖が飛び出した。
「クソがっ!! 何故……何故俺の隠形がバレた!? どんなに強力な人間でも、ましてや同族でさえ気付けないほどだというのにぃ!!」
現れたのはやはり男の妖であり、顔立ちは整っている。
脇には店の従業員と思われる嬢を抱えており、ぐったりとしていて意識はなさそうだ。
「ちぃ……! なんだあの妖狩りは……! 後少し……後少しで俺は今より強力な力を手に入れることが出来る……この女共を使ってようやくここまで来たというのに……っ!!」
輝夜は冷静にあの妖の佇まいから能力を分析した。
おそらくこの店の女たちはあの妖に操られており……言い方を変えれば軽く調教を受けているのだろう。
そうして言うことを聞く人形に仕立て上げた……そうして男から摂取した精力は女の中で妖の好むエネルギーへと変換され、それをあの妖は吸い続けていたのだと。
(隠れることが得意な妖らしい姑息な手を使うわね。ああやって活動すれば確かに妖狩りに補足される可能性は低い……けれど、エネルギーの変換を行うのは一般人の体……こうして妖に何かあれば、すぐにぐったりしてしまうくらいに人間の女性たちは弱っている)
これであれば、いつ原因不明の突然死となってもおかしくはない。
あぁそうかと……だから正義はこの店に入ったんだと、輝夜は彼の正義の心を侮辱してしまったことを悔いた。
「俺たち妖狩りは人々を守る存在だ――であれば、相手がどこに居ようとも駆け付け滅する」
「っ!?」
音もなく、店の中から刀を抜いた正義が現れた。
二人になった時や学校で見せるエロがどうとかなんて表情はなく、ただ目の前の妖を殺すんだという意志を感じさせた。
「て、店長がどうして……いや、店長はどこだ!?」
「……くくっ、騙しやすい人間ってのは便利だったぜ。最後の最後まで俺を人間だと信じて疑ってねえんだからよぉ」
「な……そんな……」
「俺様の力が入ったからこそ、女共はいつも以上に仕事がやれてるってのに……都合の良い人形共だったぜ」
そういう妖はあまりにも醜悪な笑みを浮かべている。
だが目の前に立つ正義から視線を逸らさないのは、妖にとって正義がとてつもない脅威であることを理解しているからだろう。
「それで、言いたいことはそれだけか?」
「……なんだと?」
「言いたいことはそれだけかよカス野郎が――人がせっかく勇気を出して一歩を踏み出したのにそれを台無しにしやがって……」
ゆらりと、正義の背後で憎しみの炎が揺らめく。
それは離れていて且つ、敵と見なされていないのに輝夜に大きな恐怖を感じさせた……正義が抱く憎しみと何かに対する落胆、そしてまたダメだったという諦めに似た何か。
「今日も諦めて真面目に妖狩りしま~~~~~~~す!!! だからクソ妖野郎が死ねやあああああああああああっ!!」
月の光よりも美しい輝きを放つ正義の刀が妖を貫く。
瞬きよりも早く移動した正義によって、妖は苦しみの声を出す間もなく消えて行った。
突然のことに唖然としていた周りも、妖狩りとして活躍する正義が妖を狩ったという事実のみが伝播していく。
「あ、私……は?」
「あの妖が消えたことで正気に戻ったか……やあお姉さん、おはよう」
「……あなたは?」
「名乗るほどの者じゃないさ――ただ俺は、お姉さんを利用した妖を滅しただけのガキだよ。機会があったらいつかお姉さんを指名させてくれ」
ニカッと、相変わらずのガキのような笑みを正義は浮かべた。
どうやらその嬢だけでなく、周りの人々も少し前に正義がテレビに出ていたからなのか顔は知っているようだ。
高校生がそんな発言を……とはならず、妖から解放された嬢に対する優しい気の利いた言葉として認識されたようだ。
ちなみに、この人間社会に紛れていた妖が退治された出来事は、翌日の速報としてニュースになるのだった。
▼▽
「お疲れ様、正義」
「正義君お疲れ様!」
「お兄ちゃん……っ!」
なんでお前らが居るんだよ……そう言った俺は、彼女たちが心配になるくらいに盛大なため息が出た。
(クソが……人がせっかく勇気を出して一発抜いてもらおうと思ったらこれだよ! あの妖め……俺がこうして日々悶々としてる中、あの女性たちを利用して気持ちの良いことしてたってかぁ!? 許せねえ……やっぱり妖は許せねえよ……!!)
妖は妖でも、もちろん輝夜は別だ。
こうして目の前に立つ彼女は俺のことを……うん? というか輝夜だけじゃなく、愛華と祈もなんでこんな申し訳なさそうな顔してるんだ?
「というかお前らがここに居るのはともかく、なんで祈まで?」
「……えっと」
見るからに狼狽えた祈だが、愛華が咄嗟に声を出す。
「わ、私が誘ったの! 夜のお散歩はどうかなって!」
「愛華が……? つうか、夜の散歩でここに……? あ、そうかもしかして輝夜が居るってことは、あの妖の存在に気付けていたのか?」
「え? あ、えっとその……」
「私が会ったのは偶然よ――それよりも正義、私はあなたに謝らないといけないわ」
「え?」
謝る……? 何をだ?
「私は、あなたが欲望を満たすためにこの店に来たと思ったのよ。でもそうじゃなかった……あなたはやっぱり、どんな時でも誰かを助けようと動くのね。私でさえ気付けなかったあの妖にあなたは気付いていた……私は私自身が恥ずかしいわ凄く」
……ごめん、俺はこれになんて言葉を返せば良いんだろうか。
気の利いた返事をすることが出来なかったが、あの輝夜がこんなにも下を向いたままというのが我慢出来ず、咄嗟にこんな言葉を口にした。
「ま、まあ気にすんなよ! 奴を仕留められたのは偶然に近いし、何より妖は妖でも輝夜はやっぱり特別なんだって俺も思ったしな」
「特別……?」
「そうだ――っと、あまり大声で言えないから小さい声で言うわ。輝夜は確かに妖で人間じゃない……けど、輝夜はもう俺たちの仲間だ。お前のことを知れば知るほど、お前っていう妖に出会えて良かったと思えるから」
この場を乗り切るために、とにかくあれやこれやを言葉にした。
ポカンとした輝夜は徐々に顔を赤くし、それじゃあと言って足早に去って行った……ふっ、照れたか。
「正義君……私も謝りたいかも」
「お兄ちゃん……私もかな」
「え? あ、まさかお前らも俺が風俗に行くとか思ってたのか? おいおい、俺は高校生だぞんなわけあるかいな」
今日は……今日は諦めてやる!
でも必ずいつか、俺はスッキリさせてもらいに来るんだ……だから今日は諦めるぜ……はぁ。
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