いつから妹が狙ってないと錯覚していた?
ふ~ん、狩るか。
なんて前世で見たアニメキャラみたいな台詞を考えたが、祈のこととなるとそれも仕方ないってもんだ。
(……ふ~ん?)
祈が走ってきた背後に意識を集中させると、確かに何者かの気配が僅かにあった。
これは……妖でもなく妖狩りでもなく、どちらかと言えばただの一般人のもので、脅威らしき脅威は全く感じない。
「危ない感じはなさそうだね?」
「あぁ……でも狩る」
「あはは……」
「お兄ちゃん……ありがと」
礼なんて要らないよ。
ただ、俺の妹ということで祈もそれなりに場数は踏んでいる……戦う力を持っていなくても、妖に囚われたりしたことが……良くはないけど祈の心を強くしているみたいだな。
「何となく……学校を出てからなの」
「つうことは祈の学校の人間か、或いはそこから尾行してる外部の奴か」
「……ストーカーかな?」
ストーカー……?
はっ、ますます許せねえ……つうわけで、まだ気配はあるので祈と愛華にはこの場に居てもらい、俺は背後から近付くように移動する。
そこに居たのはやはり一般人の男子中学生……制服から見るに祈と同じ学校の生徒だし、おそらく同級生ではない……年下か?
「おい」
「っ!?」
ほんの少し圧があったのは申し訳ないが、妹のこととなると俺も鬼になるしかねえんだ……ハート形のズリ穴パジャマを着るような大確変が起こっちまったわけだが、それでも祈は可愛い妹なんだよ……はぁ。
心の中でため息をしたのは気のせいだ……気のせいったらそうだ。
「あ、アンタは……」
「人んちの妹をつけ回して何のつもりだ?」
「っ……関係ないだろ」
「あるに決まってんだろ」
祈の後をつけていることは否定しないのか……しっかし、この様子だと俺が祈の兄というのは分かっているはずだ。
俺がこうして相手を突き止めてすぐ、祈と愛華もやってきた。
「救世先輩……」
「……誰?」
「お、覚えてないんですか? 一昨日、俺のハンカチを拾ってくれたじゃないですか!」
え? そんなことで……?
眼鏡の奥にあるその瞳は落胆の色を見せており、どうして覚えていないんだと言いたげだが……何となくこういうタイプの人間だと、少しの優しさに勘違いするタイプだ。
(え、えぇ……あぁでもちょっと不思議かもしれん。この過酷な世界でもこういう人が居るんだなぁ)
まあ、許せんが。
こういう輩は変なことを言って逆上するかも分からないし、俺の見ていないところで祈に何かしないとも限らない……とはいえ、ガツンと言うべきなのは確かだろう。
ただ、妖狩りとしての力を誇示はしない……現段階では。
「おい、お前――」
というわけで、まずはやんわりと言おうとしたのだが……俺はこの世界における妹のことを見くびっていたらしい。
「君が私に優しさを感じてそういうことをするならやめてほしい。正直、そういうことには一切興味がない」
「そ、そんな……でも僕は!」
「一切興味がないし、そもそも私はあなたのことを覚えてない。だから私にとってその程度なの」
その程度なのだと、祈はキッチリと告げた。
隣に立つ愛華もわ~おと驚いているくらいで、おそらく大人しい見た目の祈からそのような言葉が吐き出るとは思わなかったんだろう。
というかそれは俺も同じで……まあでも、これくらい言った方が良い感じに諦めも付くのかな?
「僕は……っ」
「お兄ちゃん」
「うん?」
祈が手招きをしたので、俺は咄嗟に顔を寄せる。
「私、気付いたの――こういう場合、変に拗らせるよりドン引きしてもらった方が良いかなって。だからちょっと大げさに伝えるね」
「うん? うん……うん?」
……あれ? なんか急激に嫌な予感がしてきたんだが。
ニコッと笑った祈は、それはもう弾けた――最大級に、内に秘めた爆弾を爆発させるかのように。
「私、毎日お兄ちゃんのことを考えて一人エッチしちゃってるの」
「……え?」
「っ!?」
「っ!?!?」
ポカンとする後輩君。
何を言ってるんだと肩を震わせる俺。
目ん玉飛び出るんじゃないかと言わんばかりに目を見開く愛華。
「私、同級生の人もそうだけど後輩のことは何も考えてなくて、常にお兄ちゃんのことしか考えてない。お兄ちゃんのことを考えるだけで体が熱くなって、体も凄く敏感になるの」
「お、おい……祈さん?」
「黙って」
「はい」
今まで祈から向けられたことがないほどの視線を受け、俺は黙った。
「だ、だだだだ大丈夫なの?」
「……分からん」
もうお兄ちゃん分かんないよ。
でもこれが相手をドン引きさせる祈の戦略……とはいえ、俺に対する風評被害は……いやいや、これで祈の学生生活が保障されるなら甘んじて受け入れるべきでは……。
だがしかし、当然まだまだ祈は止まらなかった。
「もう私、お兄ちゃんじゃないと満足出来ない。だから諦めて? 押し倒されるのも何もかも、お兄ちゃんじゃなきゃ嫌だ。お兄ちゃんしか興味ないから……更に具体的に言うなら、お兄ちゃんのお兄ちゃんしか私は受け入れたくない」
「もうそこまでにしてくれ~!?」
「うわあああああああああああっ!?」
妖との戦いで培った心もこれ以上は無理だって!
流石に耐えられなくなって祈を止めようとしたが、それより先に耐えられなくなった後輩君が大きな声を上げて逃げていく。
通行人に当たりながらも、決して謝らないその姿は相当なもので……それだけ祈に抱いた感情がぐちゃぐちゃになったんだろうなぁ。
「……ふっ、他愛もないね」
そんな中、我が妹様はしたり顔だ。
「な、なあ愛華」
「な、なに?」
「あんな風に言われたら……やっぱりドン引きしちゃう?」
「う、うん……だって実の兄妹なんだよ? でも祈ちゃんだし……あまり私からすると不思議には思わないしドン引きもしないけど」
「怖いことを言うんじゃねえよ」
それじゃあお前、まるで祈が本当に今口にしたことをしてるみたいじゃないか勘弁してくれ。
色々とあったが、その後は祈と一緒に家に帰った。
変なことに付き合わせてしまい申し訳ないと愛華に伝えると、彼女的にはなんだかんだ面白かったらしい……女子の感覚は分からん。
「お兄ちゃんも付き合わせてごめんね」
「いや……全然大丈夫だ」
なわけねえよ……色んな意味で疲れたって。
でもまさか祈があそこまで言うなんて、それだけ早めにこれは対処しておきたかったんだろう。
(まあでも、相手があれでマシだったかもしれないな。正直、これで相手が妖狩りとかなら面倒だったし)
この地域では妖狩り同士の争いはない……でも、俺が影響して辞めさせた前の生徒会三年生には随分恨まれてるからな俺は。
彼らは既に卒業したけど、卒業式に向けられたお前が邪魔だったという目はずっと覚えている。
「祈、これからも何かあったらすぐに言うんだぞ?」
「分かってる。何も言わずに何かがあって、それで心配をさせてしまうのがダメだもんね」
「おう」
それが分かってるなら良いんだよと、祈の頭を撫でた。
両親に少し遅かったじゃないかと言われ、祈が事情を説明していたので俺はそのまま風呂へ向かったのだが……まさかの事態に見舞われた。
「お兄ちゃん、入るよ」
「なんでぇ!?」
いきなり脱衣所の扉が開いたかと思えば、祈が突撃してきた。
そしてそのまま服を脱ぐ動作さえせずに浴室へと入ってきた彼女だったが、直前でバスタオルを取る仕草だけ見えていたのでしっかりと体に巻いている。
「な、何してんだ!?」
「一緒にお風呂入ろうよ。昔は良く入ってたじゃん」
「昔は昔で今は今だろ!? こんなの父さんと母さんに知られたら……」
いや、それは本当の理由じゃない。
バスタオルによって包まれてはいるが、その膨らみの谷間は一切隠せていない……というかこのバスタオルの装備の仕方エロ過ぎるだろ!?
「二人は知ってるよ。体が冷えないように、仲良く温まってきなさいって言われた」
「あぁもう! あの二人ならそう言うよな何となく分かってたよ!」
つうか、こうやって祈と風呂に入るのも久しぶりだ。
こういうことがしょっちゅうあってたまるかって話だけど、流石にこれはマズいぞ……まあでも、祈は妹なんだ意識をするな俺!
「体、洗ってあげるよ。いつも守ってくれるお兄ちゃん……大好きなお兄ちゃんにお礼がしたいから」
「い、祈ぃ……」
あ、そういうことを言われるとお兄ちゃん弱いんだわ。
エロいとかダメだろとか、そういう不純な気持ちを一切洗い流すかのような感動が胸に押し寄せ、今にも泣きそうだった。
「じゃあ頼むわ祈」
「うん、任せて」
じゃあ頼むよ祈……って、俺はそう思えたのに!!
「ぅん……どう?」
「……………」
俺の背中を祈は洗ってくれている……だが、その洗い方を俺は認めたくなかった……考えたくなかった。
確かに背中には石鹸で泡立つ感触がある……だがそれ以上に、ふんわりとした柔らかいものが俺の意識を嫌でも集中させる。
「うんしょ……うんしょ……初めてだけど疲れる。でも、こうやって体を動かすのは運動になるかも。機会があれば、お兄ちゃんは私の運動に付き合うべきだよ」
これは……これは妹の姿をした何者かなんだ。
そう思わないとダメになりそうというか、妹なのに意識して体が大変なことになっちまう。
妹はモブだ……モブなんだ。
それなのにどうしてこんな風に……ぐおおおおおおおっ!!
「お、お兄ちゃん大丈夫……?」
「大丈夫だぁ」
風呂を出た俺は、随分とげっそりしたようだと母さんと父さんは言っていた。
なんつうか……妖狩りの中で培った精神力をこれでもかと振り絞った気がするぜ……。
(昔はこんなことなかったんだけどなぁ……俺も初めて出来た妹だから一緒に風呂に入るのが楽しくて、嬉しくて……それが今はもうこんなにも疲れちまうなんて)
これが成長か……恐ろしいもんだぜ。
「距離感的には私が誰よりも近い……ふふ……アハハッ♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます