てめえがエロいなんて分かってんだ勘弁してくれ!

(人間って愚かだわ)


 なんてことを、俺は終礼中に考えていた。

 俺たち人間と妖が敵対しているのは言うまでもないし、それは今までの歴史と現在が証明している。

 俺たちは、妖を狩るために一致団結しなければならないというのは人類の共通認識だ――ストーリーが終わり、最上級妖が滅んでなおそれは変わらないことのはずなんだ。


「昼に職員室でニュースを見ていたんだが、他県で妖狩り同士の争いが頻発している。戦いの最中で見捨てた者への復讐だとか、協力したことで発生する報奨金の分配など……後は単純に、目立つ妖狩りへの嫉妬なんかで生まれる争いだな。全く、嘆かわしいことだと思うよ」


 先生の言葉を聞き、俺はまた深いため息を零す。

 幸いにこの学校や近辺では妖狩り同士の争いであったり、妖狩りと一般人の争いはないが……最近はそれを良くSNSなんかで目にする。

 俺たちは人同士で争っている場合じゃないってのに、それなのに人同士が争うなんていう本末転倒なことが起きているのだ。


(俺たち妖狩りは妖を狩って力ない人たちを守るために居るのに……そのために力を培ったのに、協力するはずの人間同士で争ってんだから笑えねえ話だよな――そりゃ古今東西、誰しもが分かり合えないわけだ)


 もちろん、俺のこの考えが理想論であることは理解している。

 でも……でもそう思いたいだろ――争うよりも、ただ今を呑気に過ごして平和を謳歌する方が絶対良いだろうに。


「……天気わるっ」


 そんな俺の心を表すかのように、外の天気は最悪だ。

 朝の天気予報だと降水確率は0%だったはず……それなのに学校が終わっていざ帰ろうかって時間にこれだ。

 その後、終礼が終わってすぐに教室を出た……今日は何も用がないのでそのまま帰ろうと思ったのに……それなのにどうしてこんなことになってんだよ!!


「うわぁ……ほんとに凄い雨だねぇ」

「……………」


 学校を出てすぐ、猛烈な土砂降りに俺は見舞われた。

 自慢の脚力を活かして神速を発揮しようかと思ったが、戦い以外ではあまり力を使いたくないのもあって、一般人よろしく屋根付きのバス停で雨宿りをしていたんだ。

 そしたら同じように全身びしょ濡れのエロ女が避難してきやがった。


「ねえ、なんでさっきから黙ってるの?」

「……………」


 こいつ……そんなの黙るに決まってんだろうがよ!

 濡れた金髪をタオルで拭きながら見つめてくるのは愛華で、さっきから何も喋らない俺に不満たらたらの様子。


「言わないと分からないのか?」

「あ、やっと喋ってくれた……分からないよ」

「……はっ!」


 分からない……分からないだと!?

 じゃあ言ってやろうじゃねえかぁ!


「お前さぁ、自分の姿をよく見てみろよ! 大雨に濡れたせいでシャツが透けまくってんだよ!」

「……っ!?」


 そうなのだ。

 これほどの大粒の雨に打たれたらカッターシャツが肌に張り付き、愛華の体がこれでもかと透けて見えてしまう。

 デカい乳を包み込む派手な黒い下着とか、そういうのがモロに見えてるから俺はこうして視線を逸らしてんだよ黙ってんだよ……つうかこいつ俺が指摘するまで絶対に気付いてなかった。


「前に言ったよなぁ!? そのクソエロい体で誘惑するなって! 俺は今も必死に耐えてんだよ……溢れ出そうになるリビドーを、下半身……じゃなくて色々大変そうになるのを頑張って堪えてんだよおおおお!」


 流石の俺も、女の子に対して直接的な表現は我慢した。

 だがしかし、こうして彼女を改めて見たことでそのエロさを遺憾なく脳が認識してしまう。

 大きくて柔らかそうな膨らみもさることながら、雨に濡れて肌に張り付く髪の毛なんかもとてつもなくエロい……今の愛華は間違いなく歩く18禁そのものと言っても過言じゃない……あ、それはいつもか。


「……耐えてどうなるのそれ」

「……うん?」

「そう言うのってさ、耐えても大変なんじゃない? だったら、私で発散するというのも悪くないと思うんだけど」

「何を言ってるんですか?」


 この女、一体何を言っとる?

 顔を赤くしながら、上目遣いで見つめてくる愛華から一歩退く……すると彼女もまた一歩、こちらに歩を進めてくる。

 これ以上は危険だ……危険な香りがする!

 内から這い出そうになる狼を必死に宥めながら、いざバス停から飛び出ようとして手を掴まれた。


「は、離せ!」

「嫌だ! というか今からうちに来なよ正義君! ほら、シャワーとか浴びて体を温めよ? 正義君は凄い丈夫だけど、風邪とか引いちゃったら大変でしょ?」

「何言ってんだよんなもん必要あるか!」

「良いから来なさい!」


 っ……この女、力が強いだと!?

 当たり前だが学力を除き、単純な力において愛華が俺に勝てることは絶対にない……だというのに、俺が抵抗も出来ずに引っ張られるだと!?

 そのままぎゃあぎゃあ言う俺を愛華は引っ張り続け、そのまま家に連れ込まれてしまった。


(近所とは聞いてたけど……まさかこんなことになるとは)


 そしてそのまま風呂場に押し込まれ……そのままシャワーを浴びさせてもらっている。


「……なんつうか、見覚えがある浴室だな」


 それもそうだ……だってここ、愛華がシャワーを浴びるシーンで出てきたところだし。

 着替えは親父さんのを一旦用意してくれるということで、制服が軽く乾くまではここに居るしかなさそうだな……その後、しっかりと体を温めて愛華と入れ替わり、彼女が出てくるまで大人しく待った。


「あ、居たんだ」

「お前が連れてきたんだろ」

「あれだけ嫌がってたからなんだかんだ勝手に帰るものかと」

「……………」


 正直、それも考えた。

 それもそうだろう? だって学校よりもここは危険だ……遠藤愛華というエロ女の家で、風呂から出てきた彼女もそのエロさを遺憾なく発揮して俺の狼を刺激している。

 上級妖よりもある意味で危険な女を前に、逃げなければと思ったさ。

 でも……でも出来なかった。


「お節介とはいえシャワーも貸してくれて、着替えまで手配してくれたんだ。それで礼も言わずに勝手に帰るとか恩知らずにも程がある……だからサンキュー愛華」

「あ……うん!」


 まあ……お礼は大事だからな。

 つうかこの女、何とも可愛い笑顔をしやがる……いや、流石メインヒロインの貫禄って奴か。

 二次創作とかキャラ人気では輝夜が圧倒的だったけど、幼馴染大好きなファンたちからは大人気だったし。


「しかし、しかしだぞ愛華……おま、なんだよその恰好!」

「え? 普通じゃない?」

「普通だと……? お前、俺を舐めてんのか!? バスタオル一枚を体に巻くだけが普通とかどんな教育受けてんだ!」

「だって私の家だもん」

「私の家だもん、じゃねえんだよ馬鹿野郎!」


 そもそもクラスメイトの男の前に出るような恰好じゃねえだろうが。

 こういう姿を晒せる時点で俺のことを異性として認識していないのはあるだろうけど、だとしたらこいつはタチが悪すぎる……普段と変わらないありのままで俺を刺激してるってことだ。


「わ、分かったよ……普通に着替えてくるから」

「最初からそうしてくれぇ?」


 しっかし……見た目だけじゃなく、脳に直接エロスを叩きこんでくるように感じるのはたぶん俺の気のせいじゃない。

 これがエログロ上等世界のヒロインたち……か。

 何も感じない蒼汰は仏の生まれ変わりじゃね……?

 それか俺もまだまだ修行不足ってこと……? やっぱこういうのって風俗に行って経験したらちょっと変わるのか?


「っ!?」


 その時、何とも言えない寒気を感じた……どうやら雨で体が冷えているのかもしれない。

 やっぱりここは大人しく服が乾くのを待つとするか。



 ▼▽



「じゃあ、今日は帰るわ……ありがと」

「うん。またね」


 力なく手を上げて出て行った正義の様子が、自分のせいだと全く気付いていない愛華は笑顔で見送った。


「……正義君」


 急激に訪れた寂しさと共に、愛華は切なげに正義の名を口にした。

 元々、愛華にとって正義はただのクラスメイトでしかなかった……それどころかあまり関わりたくない相手でもあった。


救世きゅうせ正義です。よろしくお願いします』


 まず、何を考えているのか分からない無表情が怖かった。

 幼馴染の蒼汰と違い、あまりに表情が分からないというか……とにかく周りのことなんて何も考えていなさそうで、協力出来るかどうかが分からなかったから。

 だが、それが間違いであったことを愛華はすぐに気付く。


『そ、そんな……これは……っ!?』

『愛華……俺たちは一体』


 それは特に変わりなく妖を狩っていた時のことだ。

 愛華が一年の頃、当時の生徒会三年生から指示された場所に蒼汰と向かった際に……愛華たちは上級妖の罠に嵌った。

 妖の穴と呼ばれるその罠は、捕らえた獲物を絶対に逃さない。

 男は臓物を抜き取られるように殺され、女は体を改造されて苗床にされるという最悪の代物だ。


『なるほど、妖の穴に捕まってしまったか』

『先輩! 俺たちはどうすれば――』

『残念だが、任務は失敗だ。こちらも手を出せない……すまない』


 それは事実上の捨て駒扱いだった。

 だが愛華は気付いた――妖の穴は見つけにくい反面、一度発動すればその穴は二度と使えなくなることを。

 つまり……当時の先輩たちに、愛華と蒼汰は囮にされたのである。

 先輩はすまないと言ったが、そこに謝罪の意がないことなど手に取るように分かり、愛華は全身から力が抜けるようだった。


『場所はどこです? 今から助けに――』


 当時から気に掛けてくれた白雪だけは助けようとしてくれたが、それも先輩たちが無駄だと一蹴した。

 愛華も蒼汰も万事休す……愛華はこの穴の中で想像するだけでも恐ろしい仕打ちを受けるだけでなく、大事な幼馴染が目の前で殺されるのを見るのかと全てを諦めかけたその時だった。


『二人の場所は分かってる――沖田に遠藤も待ってろ』


 そう言ってくれたのは正義だった。

 おそらく高速で移動しているのか木から木へと跳躍する音なんかも激しく聞こえ、間違いなく彼が助けに向かってくれていることを教えてくれたのだが、もちろんそんな正義を先輩たちが止めた。


『勝手なことをするな! こちらの命令が――』

『うるせえんだよ! こちとらなんでこんなイレギュラーがってイライラしてんのに、これ以上俺をイラつかせんじゃねえよ無能野郎が!』

『な、貴様――』

『なあ先輩よぉ、覚えておいてくれねえか。俺はそこに助けられる命がある限り、絶対に諦めるようなことはしねえし、何なら見捨てるような命令は喜んで命令違反してやる』


 正義は静かな口調で続ける……その言葉は生徒会全員が持つ通信機器によって共有されており、誰もが正義の言葉に口を挟めなかった。


『俺が生徒会に入った理由の一つは、アンタらみたいな仲間を何とも思わないカスどもを退かすためだ。自分たちが手柄を立てるために、平気で後輩を死地に向かわせて捨て駒にするようなこと絶対に許さねえ。そういうわけで白雪先輩、明日から会長として頑張ってください。俺、めっちゃ暴れて先生たちにこのゴミ共退かしてくれって言うんで』

『ちょ、ちょっと何を言っているんですか!?』


 通信が騒がしい……まるでコントでもしているかのような騒がしさだ。


『そして、絶対に俺は仲間を見捨てやしねえ。だから――』


 その先に続く言葉は、直接愛華と蒼汰の鼓膜を震わせた。

 絶対に助からないとされた穴に一閃が入り、そこから外の光が差し込んで内部を照らす。


“どんなにピンチになっても、ヤバイ状況になっても諦めるな――俺が居るから。俺が必ず、助けてやるから”


 ニカッと歯を光らせ、クソガキのように笑う正義。

 その時からずっと、正義は愛華にとってヒーローなのだ……それからの日々を過ごし、その憧れがもっと尊いモノへ変化するのも必然だった。


「……あははっ♪」


 だからこそ、己の女を意識してくれる正義の姿が嬉しくて仕方ない。

 彼とずっと一緒に居たい、彼と結ばれたい、彼の唯一に……なれないにしても、特別になりたい。

 そして私の特別になってほしいと、愛華は願う。



 本来居ない存在が転生したことで起こされたイレギュラーも、それを振り払ったことで正義には当然のように祝福のろいが与えられたのだ。



【あとがき】


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