学科の先輩
二限の植物細胞学の講義が終わった。大教室から大半の学生が出ていくのを、いつものように講義で使った資料をのろのろとファイリングしながら待ってから出た。人混みが嫌いだからである。
昼飯を買いに大学の購買に行こうと思い、教室を出てすぐの階段を降りようとした時、上の方から僕の名前を呼ぶ声がした。
「お〜い」
振り返ると、オーバーサイズの黒いパーカーを着た、金髪ショートヘアの小柄な女性がひらひらと手を振っていたのが見えた。
僕はこの派手な格好の女性を知っている。透子さんのサークル仲間で、僕の学科の先輩でもある京香さんだ。
彼女は一緒にいた二人の女子大生に何か言って別れたあと、踊り場で立ち止まっていた僕の方へと歩いてきた。黒いパーカーの下から覗く白い足はすらりと細く、美しかった。
「偶然だね〜。 これから透子といつもの店でランチ食べるんだけど、一緒にどう?」
京香さんは幼く可愛らしい顔に、少し意地の悪い笑みを浮かべた。僕が透子さんの名前を聞いてどんな反応を示すかを楽しんでいるかのようだった。
「……行きます」
僕はそんな彼女の笑みに思うところがあったが、誘いに乗ることにした。
「だよね〜 君、透子のこと好きだもんね〜」
僕はそれには何も答えず、京香さんに黙ってついていった。
昼休みに入ったキャンパスは校舎から出てきた学生でごったがえしていた。
この大学の周りはこれといって栄えているわけでもないため、昼食を取れるような店はそう多くない。そのため、大体の学生はキャンパス内で昼食を済ませようとするので、中央にある購買か食堂館に向かおうとする。
そんな学生たちに逆行するような形で僕らは大学の外へ繋がる階段へと向かった。
「二限が空きコマだった透子が先に店入って待ってくれてるから、そんな急がずにいこ」
「そこは待っててくれてるから急ぐんじゃないんですか」
「ん~、そうかな~」
京香さんは太陽の光を受けてきらきらと輝く金髪を手先で弄りながら、僕の言ったことを適当に受け流した。
このキャンパスは高台にあるため、登校路の階段はかなり急で段数も多い。下りだからといっても多少は疲れるものだが、京香さんは全然平気そうだった。
階段を下りきったあと、京香さんは唐突にこんなことを言い出した。
「てかさ、なんで君は透子なんて好きになったの? わたしの方がおっぱいおっきいよ? 透子がCでわたしはEだし」
「いつも言ってると思うんですが、反応に困ることを突然言うのはやめてくれませんか」
努めて冷静に対応したつもりだったが、ダボダボのパーカーの上からも存在を主張してくる彼女の胸に、一瞬だが視線が吸い寄せられてしまった。なるほど、透子さんはCなのか。
「君の反応が面白いから言うんじゃん、だから君のせいだよ」
京香さんはいたずらっぽく笑った。
僕らは校門を通り抜け、上り専用の登校用エスカレーターの横を通ってすぐの所にある踏切に向かった。目的の店は線路の向こうにある。踏切を渡ろうとしたが、着いた時には耳障りな警報音と共に遮断機のバーが閉まりかけようとしていた。
「でもさ」
カンカン、とけたたましく鳴る音にかき消されないよう、声を張って京香さんは何かを言おうとした。
「透子は――」
僕らの目の前を、電車が通り過ぎた。
轟音と風を残して、あっという間に列車は走り去っていった。
「ごめん、やっぱ何でもない」
風で乱れた金髪のボブヘアを細い指で整えながら、彼女は曖昧に微笑んだ。
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