第3話:この国の歴史と今後の予定

「魔王を討伐する間の路銀、魔王を倒した後の生活についても保証させてもらう。だからどうか、魔王討伐に協力していただけないだろうか。」

 王様は頭を下げたままそう告げた。いろいろ言いたいことはある。この世界なんて知ったこっちゃないとか、そもそも出会ったばかりの僕があなたたちの何を信用すればいいのかとか。でも、そんなことをごねたところで周りには騎士や貴族に囲まれているし、逃げるにしても戦い方も魔法の使い方も知らないから困難だろう。どこまで僕の意見を聞いてくれるかもわからないし、一先ず現状把握をするのが得策だろう。

「勇者になるかどうかは、今の状況では引き受けかねます。先にいろいろ教えていただいてよろしいでしょうか。」

「わかった。これから一週間勇者様にはこの宮廷で国のことを学んでもらう。それから答えを出してもらう。それでいいだろうか。」

「わかりました。ただ、その勇者様っていうのやめてください。僕には羽倉夏希って言う名前があるので。」

「では、これからは夏希殿と呼ばせてもらって大丈夫だろうか?・・・考えてみれば私も名前を名乗るのを忘れていたな。私の名は、グランハッド・リルーヌと言う。グランと呼んでくれればいい。一応この国の現国王だ。」

 グラン様の確認に頷き、その反応を確認したグラン様は、

「では、今回の勇者召喚の儀はこれまでとする。夏希殿が勇者になるかどうか自身で

決定されるまで、この件については他言無用とする。以上。」

 その声とともに貴族たちは謁見の間を後にした。

「さて・・・。」

 グラン様専属の騎士のような人以外が退室したころ。

「夏希殿、改めてこの世界に勝手な事情で呼び出してしまったこと謝罪する。本当に申し訳なかった。」

 椅子から立ち上がり、グラン様は深々と頭を下げた。

「謝罪は、先ほど受け取りましたから。構いません。頭を上げてください。」

「あれは国王としての謝罪だ。それに、あんなに騎士や貴族のいる中で夏希殿には明確な拒否をできるわけないのは分かっていたのだ。卑怯な真似をしたことも含めて謝罪したい。これは、グランハッド個人としての謝罪だ。」

 一応分かっていてやっていたのか。強かだといえばいいのか、それともそれだけこの国が追い詰められているのか。いずれにせよ帰れないのだから、僕の振る舞いは変わらない。

「わかりました。謝罪を受け入れます。」

「感謝する。では、部屋の手配をさせよう。クロナ。頼んだ。」

 グラン様が、入り口のほうにそう声をかけると、メイド服を着た赤髪の女性が一礼してこちらに歩いてきた。

「初めまして、夏希様。フルトラル・クロムイムナと申します。フルトフルトとお呼びください。」

「よろしくお願いします。」

 異世界だから不思議なことではなのだけど、こんなに髪の赤い人は現実で初めて見たかもしれない。挨拶を返しながら、そんなことを僕は考えていた。

「部屋の手配の他に今後の夏希殿の身辺のお世話も頼む。」

 王様の言葉に改めてクロナさんは一礼して部屋を後にした。

「部屋の手配が完了するまでに、なぜ勇者は異世界から召喚しなければならなかったのかについて、改めて説明させてもらおう。長い話になるから少し部屋を移ることにしよう。」

 玉座から立ち上がったグラン様について謁見の間を出た僕らはしばらく歩いて、応接室のようなところにたどり着いた。

「座ってくれ。お茶でも用意しよう。クロナがいないから私が注ぐ茶になってしまうが・・・。」

 果たして、一国の王が用意してくれるお茶を飲むことができる人間というのはどれくらいいるのだろうか。いい体験だと思っておこう。ティーカップに紅茶を注ぎ終わり、グラム様は紅茶を一口飲み味に満足がいったのか、頷いた。

「やはり、クロナの入れた紅茶のほうがうまいな。」

 違ったらしい。まぁ、毎日お茶を注いでもらっている人と注いでくれてもらっている人との紅茶だと大なり小なり味に差は出るのだろう。僕もグラムさんが目の前においてくれた紅茶を一口飲んでみた。うん。普通においしかった。

「では、本題に入るとしよう。君の疑問に答えるためには千年前の勇者様が召喚される前の話にさかのぼる。千年前、この世界を手に入れようとした闇の神ユテルナルノ。後の邪神と呼ばれる神が一匹の魔族の王の体を乗っ取った。ユテルナルノは魔族を掌握し人類領に攻め込んできた。」

「その時は、人類領の人たちは戦えたんですか?」

「そのころはまだ光のクロマキノ様が居られたからな。幸い互角とまではいかなくとも、侵略されることまではなかったのだ。勇者様でなくともクロマキノ様の祝福を受けているものなら魔王に対抗できる光魔法を使えるものもいた。だが・・・。」

 良くない話なのだろう。そう思える沈黙ののちグラム様は、ため息をついて話を続ける。

「魔王の放った魔法の一撃がクロマキノ様に大きな傷を作った。クロマキノ様にはユテルナルノとは逆に闇魔法しか通用しないが、ユテルナルノの放った魔法だ。闇魔法としては、クロマキノ様にダメージを与える一撃としては十分だった。クロマキノ様が怯んだすきに、ユテルナルノはクロマキノ様の首を討ち取ってしまった。神がいてこそ魔法は存在する。魔王に対抗するための光魔法は事実上失われてしまったのだ。」

 話が一区切りして、グラム様は紅茶を口にした。僕もそれに倣ってカップに口を付ける。時間がたったからか少し冷めている。

「さて、ここまでで何か質問はあるかな。一先ず千年前の出来事はここまでだ。」

「この世界には、光魔法と闇魔法の他に別のものもあるんじゃないんですか。その魔法を司る神たちはいったい何をしていたんですか。」

「想像通り土属性・火属性・風属性・水属性の神がいる。しかし、この四人の神はクロマキノ様とユテルナルノによって作られた神なのだ。だからユテルナルノに対しての有効打を持っていないのだ。」

 予想になってしまうが、クロマキノという神様と、ユテルナルノという現在は邪神になってしまっている神の力を分配して創った神ということだろうか。それなら、二神と比べ力が劣ってしまうことも頷けないこともない。

「それで。この世界に光の神がいないことと、勇者召喚がどう繋がるんですか。」

「光の神がいなくなったことにより魔王に対する対抗手段がなくなってしまったよ四柱の神は、別の世界に光の神と同等の力を持つ神を探したのだ。その結果、君たちのいる世界。地球と言われる場所から、光の神の加護を持つ人間、先代勇者様を召喚することに成功したわけだ。」

「その先代勇者はどうなったんですか。」

「ユテルナルノに体を乗っ取られた魔族を倒し、神としての力をかなり衰弱させることができたのだが、逃げてられてしまったようでな。民衆の不安をあおらないために、禁書にある記載以外には倒したと書いていたが、間違いであってほしかったものだ。」

 ほんとに、それが間違いであってくれたのであれば、邪神なんて言う物騒なものとも戦わなくてよかったし・・・。

「魔王を倒した後の記録がないと先ほど言っていたということは、この先のことは聞いても仕方ないんでしょうね。」

「本当に申し訳ない。可能かどうかは分からないが、帰る方法については四神に謁見できる機会を教会に取り計らってみるとしよう。勇者召喚を考案したのも四神だからな。」

「お願いします。・・・それで、僕はこの先どうすればいいんですか。」

「まずは、魔法の適正について調べさせてもらう。光魔法の他に何が使えるのか、また剣技についても鍛えてもらうことになるだろう。まだ魔王が本格的にこちらに攻めてくるまでには時間に余裕はあるだろう。ある程度戦えるようになったら、何人かのものを連れて魔王の軍門に下った者たちとの戦闘に慣れてもらう。人に近いもの、最悪人を殺すことに慣れてもらうことになる。君たちの世界でもあったことだと聞いているが・・・。」

 先代勇者がいつの時代から呼び出された人間なのかは分からないが、順当にいけば平安時代の人間を呼び出したことになるんだろうか。確かにあの時代の日本人なら争いにも慣れている人もいたのかもしれない。しかし、

「今の僕の時代には、人を殺すことは法律として禁止されていますし、戦争なども僕の国ではありませんでした。つまり、その術を僕は知らないと思ってもらった方がありがたいです。」

「それは・・・・。本当に申し訳ない。君が命を落とすことの無いよう戦い方はしっかり教えるように伝えておこう。」

 そう言った、グラン様を見ながら僕はこの先のことを考えて憂鬱な気分になるのだった。戦闘経験もなく、魔法の存在も頭でイメージできない僕がどれほどのことができるようになるのだろうか。と。

 

 

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