第11話 もう一つ

伯父が早くに眠くなる話をして、ひとしきり笑った後、私は夫へ電話をかけようとして茶の間を出た。


この時私は外へ出た。

そして、10メートルほど先の古い家の方へ向かうともなく歩いて行った。

その時に古い家はあった。

少なくとも私の目には見えていた。

取り壊されたことを知っていたはずなのに、まったく不思議に思わずそちらへ向かって行った。

私にとっては古い家の方が馴染み深かったし、当たり前の風景だった時間の方が長いから、というだけなのかもしれない。


夕暮れの時間もほとんど終わる。街灯もないこの家の周りは、すでにかなり暗い。


夫は電話には出なかった。

忙しいのかもしれない。娘と車で夕食にでも出かけているのかもしれない、と思った。


古い家の前に立つ。

物干し竿を立てるために使っていた、穴の空いた大きなブロックが残されている。

なんとなくそこへ腰掛けた。

ちょうど縁側の正面に座る格好になる。

縁側の外にあるガラス戸は割合にきれいで、中がよく見えた。


もうこの家はないんだなぁ、と思った。

目の前に見えているのに、だ。

夫は電話に出なかったし、風も冷たく感じられた。

そろそろ戻ろう、と思った。電話は後でかかってくるだろう。


ふと気づく。

玄関の戸が開いていた。

田舎だから常に鍵はかけていなかったことが思い出されたが、さすがに空き家が開いているだろうか。

そう思ってるいる間に、するすると戸はしまっていく。ひとりでに。

引き戸特有の、ガラガラとした音がした。ような気がする。


私はそのままブロックの上に座っていた。

玄関の戸を見ていたが、また縁側に目をやる。


祖母が縁側に座っていた。

小豆だろうか、手で触って何か確かめているような格好だ。

ああ、ばあちゃんだ。

その時も私は思った。ここに祖母がいることになんら不思議はない。

ここは、ばあちゃんち、だから。


祖母をそのまま外から見ていた。祖母は若干俯き加減だった。

小豆か何かを見る目は真剣だったが、手つきは慣れていて優しい。


不意に祖母がこちらを見て何かを言った。

真っ直ぐに私を見ている。

ガラス戸がはまっている縁側だから声がくぐもっていて、私には何も聞こえなかった。

「ばあちゃん、何?」

向こうにもきっと聞こえないはずのに、私は思わず大きな声を出した。


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晩秋の葬儀 ヨシナカユカコ @y-chai

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