第9話 声

そうだ。

新しい家はこの家と同じ敷地内に建てられたのだ。

田舎特有の土地の広さで、新築を隣に建てていた。

隣、と言っても10mほどの余裕はあると思う。


全く体が起こせなかった。

金縛りとも違うような気がする。

透明の箱に入ったような感覚で、起き上がると頭がぶつかってしまうから動けないというのに近いかもしれない。

とにかくじっとしているのが良いと思った。


ぎっぎっと廊下がまた軋む。もちろん私の足音ではなかった。


その音はこの座敷をゆっくり囲むように廊下を動いて、縁側でとまった。

私は目だけでその音を追っていく。

しん、と静かなこの空間だとことのほかスローに聞こえてくる。


不思議と恐ろしくはなかった。

もうないとはいえ馴染みの場所だからだろうか。

そうだ、今の家よりよっぽどここの方が知っている。


この座敷の縁側の方の引き戸は、上が障子で下がすりガラスになっている。

すりガラスにじんわりと映ってきたシルエットは縁側に座って何かをしている祖母のそれだった。

さっきまで足音がしていたはずなのに、今見ているのは祖母が座っている懐かしい姿だ。

ああ、ばあちゃんなのか。

じゃあ別にいい。そう思った。


「ばあちゃん」

反射的に呼びかける声が出た。自分でも意識せず、祖母を呼んだ。

「うん?」

祖母の声がする。

「そこでなにしてんの?」


もう一度祖母が何か応えた声がした。

しかし、なんと言っていたのかは聞き取れない。

そのまま祖母のシルエットがそこにいるのを布団からしばらく見つめていたと思う。


何もかもが知っている祖母の家のままだった。

大好きだった祖母もそこにいる。

もう存在しない家にいると気づいた時は、驚いたしやはり少しだけ恐ろしかった。

しかし今はしん、と静かで心地よさすらあった。

祖母が何か手作業をしているような、静かに動いているようなシルエットは安心を与えてくれる。

カサカサとした僅かな音も不思議と落ち着きを与えてくれる。


不意に耳元で祖母の声がした。

「ここで寝てはだめだ」

あの声はどう考えても祖母、だったと思う。



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