第8話 迷う
私は伯父たちや伯母やみんなとそのままビールを飲みながら話していた。
伯父はまだ18時頃なのに風呂に入って寝る、と言い出し「いくらなんでも早いね」とみんなで笑う。
事実、伯父はいつもこの時間に眠くなった上に夜中に起きて、真っ暗な中をヘルメット型のライトを着けて散歩したり、畑に行ったりするそうだ。
「迷惑な年寄り」だと揶揄いながら、そこからまた昔の思い出話に花が咲いていった。
私と従兄弟は、伯父たちの話を聞いて相槌を適当に打っていた。
スマホをいじってもいたかもしれない。
そして私は夫へ電話をかけようと思い立った。
祖母の家の玄関前は広くなっているため、そこで話そうと茶の間の引き戸を開けてそちらへ行く。
薄暗い玄関の横、縁側からは国道が見える。いつもほぼ車は通らないが、時折思い出したようにヘッドライトが過ぎていく。
縁側には干し柿のようなものが下がり、小豆も干してあった。
一歩縁側に入る。そこは廊下と同じように板敷きだ。
ひなびたような匂いがする。
雪の降る時期はここにも洗濯物を干していたと思う。
子どもの頃にここをドタドタと通っていった自分の足音を思い出した。
かくれんぼや宝探しなどをして従兄弟たちと遊んでいた。
古い家だから今もギシギシと軋むような音が私の足もとから鳴っている。
そこからは別の座敷にもつながっている。
そこは田舎によくある曾祖父さんやら誰やらの白黒写真が掲げてある部屋だ。
この家はどの戸も引き戸だったし、鍵がかかるようなところはトイレしかない。
この座敷も小さな頃は怖いと思うこともあったが、何度も泊まるうちに慣れてしまった。
母と枕を並べて眠った布団を思い出す。枕にはしゃらしゃらと心地いい音を立てる小豆が入っていた。
ああ疲れたな、と思う。
電気の点いていないその座敷の窓からは、山の黒々とした輪郭と田んぼが見える。
藍色が夕焼けを飲み込んでいく姿は昔と変わらなかった。
窓際にはずっと飾られたままのガラスケースに入った人形がある。沖縄土産なのだろうか。琉装した可愛らしい人形だった。
茶色のずんぐりとした花瓶も置いてある。
花瓶にうっすら積もったホコリをなんとなく指でなぞる。
ふとこの座敷からまた引き戸を開けて祖母の部屋に行こうと思った。
祖母の部屋はトイレのすぐ隣だ。
その時ぎっぎっと軋むような音がトイレの前からしたので、誰かトイレに入るんだなと思い、なんとなく座敷から出るのをやめた。
もう少し窓から外を眺めようと思って振り返ると、昔のままに布団が敷いてある。
さっきは暗くて見えなかったのかな。
今日泊まる予定だったか。
何気なくそう思って布団の中には入らずに上に寝転んだ。
天井の木目を眺める。
しん、と静かだった。
しばらくそうしていて、こんなことをしていたらうっかり眠ってしまうと思い体を起こそうとした。
その時、気づいた。
私はどうしてなんの躊躇いもなく布団に寝ている?
違う。
あれ?
どうしてさっき夕焼けが見えた?
今日はどんよりとした曇りだったはずだ。
ここは?
なんで私はここにいる?
違う。
祖母の家は昨年、従兄弟が建て替えたばかりで新築に近いものだった。
だから数度しか来たことがなくて馴染みが薄い。
あの懐かしい古い家はもうないのか、と身勝手にそう思ったこともある。
新しい家はすっかりモダンになって、明るく日当たりも良かった。
今私がいるこの古い家はもうとっくに取り壊されている。
さっき、母と伯母と着替えた部屋は「新しくなった」祖母の部屋だったはずだ。
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