第5話 火葬

火葬場は山の中にある。

車から降りると雨で湿ったような緑の匂いと、枯れ葉の匂いがした。

もうすぐ冬本番が来る時の匂い。濃い山のにおいだ。

ここ何年も盆と正月にしか帰省していなかったので、これには不意をつかれたような気がした。

これは晩秋の匂いだった。この季節の学校帰りや遊んでいる時にはずっとこんな匂いがしていた。

もうすぐ雪が降りそうで、でもまだ秋。

ぐっと冷え込んでくる季節だ。

久しぶりの感覚すぎて火葬場に入らずに周囲を歩きたくなった。

長らくこんな匂いを嗅いでいなかった。

しかし、早く来いと言わんばかりの母の視線を感じる。

仕方ない気持ちで黒いヒールで土と砂利の上を歩いて火葬場の中へ入った。


中にはすでに石油ストーブが焚かれていて、この土地の冬が早いことや厳しい寒さをあらためて思う。

新幹線で実家へ着いた時も、葬祭場についていた時もきっとこの晩秋の匂いはしていたはずだ。やはり山の中だとより濃く感じるのだろう。あらためてそのことを考える。

葬儀の時よりもずっとずっと泣きたいような気持ちになった。

火葬場というものは全体的に無機質なものだと思うが、この町にあるここは無機質さゆえにちょっとモダンな感じがして可笑しかった。

現代アートの美術館のような雰囲気があるのだ。

歩くたびにコツコツと鳴る床も美術館を思わせる。天井も高い。

ちょっとしたオブジェも置かれている。



祖父の時もそうだったが、母はいざ祖母が焼かれるという時に、そこそこの取り乱し方を見せた。

周りも気にせず嗚咽していて、父ではなく私のそばにいたので私が背中をさすることになった。

さすりながらああ確かにな、と思う。実体があるのとないのでは全く違う感じがするから。

焼かれて仕舞えば祖母は一気に過去の人であり、れっきとした故人になる。

たとえその人が動かなくても、触れられる、と言うのは大きいのだと思う。

骨になってしまうと最終駅に着いたようなものだ。

もうこれ以上はない。本当におしまい、ということを突きつけられるというか。

母はそのまましばらく泣いていて、他の親戚も静かに見守っていた。

私はあまりに母が泣くものだから、居た堪れない気持ちで自分のハンカチを握りしめつつ、こういう人なんだよなぁーと母の事を見つめる。

自分の大事な人にとっての1番は自分だと信じて疑わないような、そんな泣き方をする人だ。

なんの思惑もなく泣ける母は、ある意味とても素直なんだと思う。

そしてここはそれが許される、母にとっての究極のホームのような環境であり、それを許してくれる人ばかりが集まっている。



祖母が骨になるまでの時間、遅い昼食を座敷になっているスペースでとった。

ここの地域はお葬式でもお赤飯を食べるのだった、と思いながら皿に盛られた赤飯にごま塩をふる。

他には野菜の煮しめたものや漬物が並ぶ。どれも赤飯によく合って美味しかった。

子どもの頃は好きではなかったメニューも40になった今ではやたらに美味しく感じる。

大勢で食べている今はゆっくり味わうという感じでもなかったので、そこそこでやめてあとはお茶を飲んでいた。

関東から祖母宅へ帰省してくる従兄弟たちは、近くに住む私よりずっと郷土料理的なものが大好きだった。

私が祖母に焼いてもらったポークソテーやハンバーグを食べる横で、従兄弟たちはナスやキュウリの漬物やぜんまいなどの煮物でご飯をモリモリ食べていた事を思い出し、それを皆に話すと笑っていた。




話が長いでしょうか。まあ、長いですよね。

でもどうしても些細なことまで話しておきたいような気がするんです。

何があの体験につながっているか全くわからないから。

小さなヒントも見逃さない名探偵のように、誰かにこのトリックを暴いてほしい。

これだけ色々な細工が容易なこの時代に、説明のつかないことなんてない。

そう思っているから私は細々と話してしまっています。

続けても大丈夫でしょうか。

ありがとうございます。


このあたりまでは、特に鮮明に記憶があるのだ。あの日を再現ドラマのように自分の頭に浮かべて話せていると思うんです。

辻褄が合わないところはない、と思うのですが。

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